『最後のマタギ〜秋田・阿仁比立内の四季〜』(BS朝日)〜なぜか桜庭和志論
今日は秋田デーでした。仕事が忙しいはずだったんですが、はっきり言ってそれらが手に付かないほどいろいろありまして。中でも土方巽に関する信じられないような事実が発覚しました。これはもう少ししっかり調べてから報告しますが、とにかくあまりに身近な情報だったので頭がクラクラしてしまったのですよ。まあ、とにかくそれについては後日。
で、今日はその前に観て感動した番組について。BS朝日の「最後のマタギ〜秋田・阿仁比立内の四季〜」です。昨日録画したものを今朝観ました。秋田県阿仁の第14代マタギのシカリ(頭領)松橋時幸さんに密着したドキュメントです。
2003年に制作されたものですから、5年ほど前の作品。近代化の波の中で消え行くマタギ文化。松橋さんの生活を1年間追うことで、彼らの狩猟技術だけでなく、その精神性や世界観をも紹介する作品でした。
これがなかなか良かった。ぐっと来ましたね。いろいろと考えさせられました。本当は録画したものを1.5倍速で観ようと思ってたんですけど、なにしろ秋田弁にテロップが付かないところが多く、私は最近かなり秋田弁リスニングができるようになったとはいえ、さすがにきつい。というわけで、カミさんを通訳にしてじっくり観ることにしました。
いやはや、秋田の山奥出身のカミさんでさえも、松橋さんの素晴らしい山での生活ぶりに相当感動してましたね。そんなんですから、都会育ちの私なんてもう彼が神にしか見えません。
冬の熊狩りやウサギ狩りはもちろん、春の山菜採り、夏のイワナ釣り、秋のキノコ狩り。全てがあまりに高度でして、ああこれは人間の進化した姿だなと思いました。五感のみならず第六感まで含めて、どう考えても私たちより数倍優れていますよ。それは全て経験に基づくものでして、理屈とかではない、まさに神懸かり的な技術と智恵です。なんというか、彼は決して古くさくなく、逆に最も進んだ人間、未来の人間に見えてしまいました。
彼はとにかく遠くを見るんですね。空間的にも時間的にも。遠くを見通して、そして「今、ここ」で行動する。
もろちん、遠くの山の獲物を見通す力というのもあります。音や空気から見えないものを見るということもあります。しかし、それだけではない。たとえば、動物にしろ植物にしろ、とにかく全部とってしまわない。来年のため、いや後世のために全てを自分のものにはしない。これは昔であれば当たり前のことでしょうね。縄文からの智恵でしょう。しかし、強いもの勝ち、早いもの勝ちの現代においては、それはとてもカッコいい姿に映ります。
見えないものやまだ訪れていない時というのは、ワタクシ流に言えば「モノ」の世界です。現前し明確である「コト」よりも、「モノ」を重視する。これは次のような彼の生き方にも感じられました。たとえば獲物を逃した時、あるいは予想がはずれた時、彼はいとも簡単にあきらめます。悔しがるわけでもない。不随意を実に自然に受け入れています。それはやはり「モノ」への畏敬の念があるからではないか。
もともと、彼らにとって獲物や収穫物は山の神様からの授かり物です。そう、番組にも出てきましたが、大山祇命やいわゆる醜女からの贈り物なのです。だから、彼らはそうした山神への祈りと獲物への供養は絶対に怠りません。テレビでは紹介できないでしょうが、いろいろと性的な秘儀もあるんですよね、たしか。
そうそう、番組の中で、松橋さんが秘伝の古文書を取り出してきましたっけ。「山達由来記」と書いてあるようでしたから、いわゆる阿仁マタギによくある日光系ではなく、高野系なのでしょうか。ちょっと意外でした。
さてさて、そんな感じで大変感激してしまったんですが、カミさんとちょっと違った視点から話したことがありました。それは秋田出身の格闘家(プロレスラー)桜庭和志についてです。彼の格闘技に関する技術や考え方には、マタギに通じるところがあるのではないかと。
桜庭選手には総合格闘技に関する特別な師匠はいないはずです。経験の中から理屈ではなく、いろいろな技の感覚や流れをつかんでいった。彼の試合には何か近代的でない「モノ」を感じるんです。だから、彼は今道場を開く準備をしているんですが、たぶんそこでも近代的な指導というのはなされないような気がするんですね。マタギのシカリ松橋さんもそうでした。教えるというよりも、真似しろと。誰も真似ができないんだったら、別にここでマタギの歴史と伝統が途絶えてもいいとさえ考えています。無理に何かを継承しようとして中途半端になるんだったら、継承しない方がいいと。
松橋さんの神業的な手づかみイワナ漁は、じわじわと相手を追い込み、自分の有利な状況に持っていく桜庭の戦い方にものすごく似ていました。また、先ほど書きました、失敗した時、相手の智恵と技術に負けた時の潔さみたいなものも似ているなと。相手に対する敬意がそこにあるような気がしました。動物や植物相手でも、松橋さんは決して相手を下に見ることなく、あくまで対等につきあおうとしている…それも桜庭の姿勢に似ている。
そう考えると、秋田のそうした縄文的文化が、桜庭の格闘技にも表れているのかなという気もしてくるわけです。秋田の男に共通する、寡黙で辛抱強く、決して威張らない性格というのには、あるいはそうした下地があるのかもしれない。そんなことを考えちゃいましたね。
いずれにせよ、もしかすると阿仁マタギの伝統はもうすぐ途絶えてしまうのかもしれません。それも時代の流れとしてしかたないのかもしれませんが、その技術は継承できなくとも、「モノ」を見る、そして「モノ」への畏敬の念を忘れない、そういう精神性だけは、ちゃんと継承していかねばならない。今度、旅館松橋に泊まりに行こうと思います。秋田内陸縦貫鉄道にも乗りたいしね。
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コメント
阿仁縦貫鉄道でぜひとも訪ねましょう!!
そういえば桜庭の入場、そしてリングまで歩く間の姿が、
山に(熊をしとめに?!)入っていくマタギのそれと重なって
見えます。ビートたけしさんはそれを本で、田んぼのあぜ道
をとぼとぼ歩く農民と例えてましたが。
投稿: 庵主セコンド | 2008.01.14 10:56
なるほど〜。
でも、マタギさんはなるべく目立たないようにしてたような…w
桜庭のあれはやっぱり照れ隠しでしょ。
もちろんプロレスラーとしてのサービス精神もありますけど。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.01.14 11:59