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2007.12.16

『鳥獣戯画がやってきた!』(サントリー美術館)

国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌
Giga1 昨夜、両国国技館でのライヴ終了後、上北沢にて車中泊。ふとんを積み込んで行ったんで、けっこうぬくぬく暖かかったっす。ちょっと呑み過ぎて、朝はやや二日酔いぎみ。
 午後から新宿でバロック・バンドの練習がありまして、さてそれまでどうしようかな、どっか美術館でも行ってくるかなと思い、コンビニで情報誌を見たら、あららなんと今日までじゃないですか!鳥獣戯画。これは行かねば…ということで行ってきました。
 鳥獣戯画については、今までも『鳥獣人物戯画』と『無伴奏チェロ組曲』『十二世紀のアニメーション 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』という記事の中で書いてきましたね。その実物に会える。これは一つの夢の実現であります。
 六本木のサントリー美術館に着くと、さすが最終日、入場に30分近くかかりました。人気ありますね。中も大変な混雑で、最初から順に全部見ていくとこれは何時間もかかってしまう。いや、全体的な時間よりも何より、止まって観たいところも自動的に流れていかねばなりません。それはいやです。行列に従って自分がベルトコンベアみたいになって順に見ていくというのは、もちろん本来の絵巻物の観賞法ではないわけですね。
 そこで、私は列の後ろからのぞき見ですませました。これが案外面白い。で、私は自分を固定して、目の前の前の人垣のスリットから絵巻物をちらっと観るわけです。普通ならけっこういらいらする状況かもしれませんね。じっくり観られませんから。
 ところがですね、ものは考えようでして、瞬間的に見える絵は、それこそまるでアニメのセル画みたいなもので、脳内でその前後を補って案外ダイナミックな動きを感じさせるんです。行列に参加していたら、きっと単なる静止画にしか見えなかったでしょうね。もちろん、こんなのぞき見も本来の絵巻物観賞法ではありませんけど。ま、本物を前にこんな実験的なことできるのも、ぜいたくな話ですよね。
9882 ちなみに本物の上には写真版が掲示されていて、それは常に見えるわけですよ。でも、やっぱり複製はだめですね。全然躍動感が違う。ちょうど音楽のライヴと録音の違いみたいなもので、筆致の生命感があまりにも違う。これは予想以上でした。この作品の作者の天才性はもう分かりきったことですが、1本1本の線がここまで生々しいメッセージを持っているとは…。
 運筆のリズム感、これはもうほとんど舞踏のようでした。それがスリットからぐいぐい伝わってくる。ウサギやカエルがどうのということではなく、線自体が擬人化している。うん、そうだ。これは動物の擬人化なんかではない。逆なんじゃないかな。いや逆以上に、人間や動物が「線化」してるのかもしれない。
 今までは、それが芸術であれ記録であれ報道であれ、人間が表現するものは全て「モノ」の「コト」化だとしてきましたが、最近どうも違う気がしてきました。芸術に関しては「モノ」の「モノ」化じゃないのか。コト=情報はスルメと同じで死んでいます。変化しません。しかし、芸術は御存知のとおり、非常に生き生きして生々しいものです。作者の意図(コト)以上に、受け取り手の側でどんどん成長していってしまう。どうにも抑えられないモノです。
 すなわち、芸術家たる作者はあくまで作者(クリエイター)であって、記録者ではない。自らと世界との接点に生まれるいかんともしがたい「モノ」を「物」を通じて表現し、そこに新たな「モノ」を生み出していく。縁が縁を生み、どんどんいろいろな「コト」や「モノ」を吐き出していく。優れた作品はそれをほとんど無限に続ける。時間軸も空間軸も超えて、気味が悪いほどにその根を広げ、そこに新たな幹や葉を増やしていく。
 上に掲げられた写真版は、いわば記録であって、それは「モノ」の「コト」化されたものです。それなりの意味はありますが、やはり本家の繁殖力(生殖力)にはかないません。昨日のライヴもカメラクルーが入って記録されていました。いつかテレビで放映されるようですね。しかし、それもやはり所詮は「コト」であって、生(ライヴ)の生命感(ライヴ)はないわけです。
 やはりそうしますと、お釈迦さまの悟られた「コト(不動の真実)」である「無常(もののあはれ)」というのは世の中のどうしようもない本質であり、それは決して空虚なものではなく、逆に豊かなものであることが、自然と首肯されるのでありました。
 …と、また私の頭の中がもののけ状態になってきましたので、このへんにしておきます。ところで、このブログの文章というのは「コト(記録・情報)」なんでしょうか、それとも「モノ(芸術)」なんでしょうか。なんかどっちでもないなあ(笑)。ちょっと不安だ。
(今日ホントは戯画の中の猫に関して書こうと思ったんですけど、話が勝手にそれてしまいました)

サントリー美術館

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コメント

えぇぇぇ・・・漫画ですね。笑
落語家「林家木久扇」(木久蔵)様も
漫画家でした。(落語関係ばかりでスミマセン)
「清水崑」様の御弟子であられました。
NHK「日本の話芸」の表紙も描いておられます。
芸風とは反対に・・・何事にも造詣の深い
博識なる落語家様です。
えぇぇぇ・・・それから・・・
誰しも・・・好みがありますが・・・
本当に「手塚治虫」様には憧れました。
まさに「神様」のような存在でした。
映画監督では「川島雄三」様・・・が神様です。笑
青森の徳玄寺まで墓参に参りました。
コラムニストでは「ナンシー関」様が神様です。
やはり青森出身です。
分泌× 文筆家では 「今 東光」様が神様です。
たしか青森出身です。
歌手では・・やはり「大瀧詠一」様が神様です。
たぶん・・・青森か岩手のどっちかです。笑
奥州文化・・・本当に素晴らしい。
当地・・・福岡では「松田聖子」様。拍手(かしわで)
城主「蒲池家」の御子孫に当たられ 御先祖様には
尊い御住職様方もおられます。   合掌
まさに「神様・・・仏様」であられます。感謝
これ以上 駄文を打ちますと・・・山ノ神に・・・
怒られます。本日打ち止め。笑 合唱おじさん


投稿: 合唱おじさん | 2007.12.17 19:14

お名前が挙がっている神様、みんな私も大好きです。

幕末太陽傳を観た時にも、やはり縄文的なものを感じましたね。
太宰にせよ、寺山にせよ、棟方にせよ、青森はすごいところです。

以前、九州に半島文化の痕跡を探しに行ったことがありますが、
その時はやはり弥生的なものを感じました。
蒲池法子さまはシャーマンです。

そう言えば、大瀧詠一さまは松田聖子さまに何曲か書いてます。
まさに縄文と弥生のコラボレーションでしょう。
素晴らしいですね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.12.18 17:09

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