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2007.12.12

『浮草』 小津安二郎監督作品

Ukikusa 今日は小津安二郎監督の誕生日にして命日。毎年この日は小津にちなんだ話題を書いております(昨年はちょっと無理があったけど)。
 ところで、ニコニコ動画も今日が誕生日なんですね。こっちは1歳です。で、思ったんですけど、小津の映画ってツッコミどころ満載じゃないですか。だからニコ動にもあっておかしくないかなって。ところが小津の作品は一つもアップされてませんでした。オタクの中には小津を語れる人、けっこういると思うんですが。不思議です。
 さて、今日は私の好きな小津作品の一つを紹介しましょう。この作品なんかもニコ動で人気出そうだよなあ。なにしろ変わり種なので。
 小津マニアの方はよくご存知でしょうし、ある意味この作品は好きではないという方もいらっしゃるかもしれませんね。なにしろ異例づくめなんですよね。
 まあ昨日の記事的に言えばですねえ、ジャンボ鶴田が谷津と組んで新日本の大会に乗り込み、木村・木戸組と戦ったというくらい、いや全然それ以上だな、馬場と組んで猪木・藤波組とやるって感じかな…まあとにかくそれくらい「不思議」かつ「興奮する」作品なんですね。つまり微妙に異種格闘技っぽいところがある。
 こういうことなんです。小津はもちろん松竹の人ですよね。で、松竹で「彼岸花」を撮った時、大映から看板女優の山本富士子を借りてきた。その見返りとして大映で一本撮りましょうと。つまり、小津はいつものタッグパートナー脚本家の野田高梧と一緒にライバル団体のリングに乗り込んだということです。セコンドに杉村春子と笠智衆を連れてね(笑)。
 ということはキャメラはもちろん厚田雄春じゃなくて宮川一夫。もうこれだけで映画マニアにはドキドキワクワクですよねえ。これは小津と宮川の越境タッグではありません。作品を観るとわかりますが、これは敵として戦ってますよ。プロレス的にね。ものすごい化学反応が生じて、とんでもない名作が生まれています。いわゆる「小津調」に宮川は合わせつつ、しかしものすごい自己主張をしている。大映スタイル、宮川スタイルを貫いている(ま、それしかできなかったのかもしれませんけど、化学反応は化学反応ですね)。
 全体としては小津の文法で撮られているわけですが、やはりそれへの迷いや緊張が画面から伝わってくる。そうそういわゆる「赤いヤカン事件」は有名ですね。この映画のあるシーンで赤いヤカンをキャメラの前にドンと置いた小津監督に対して、宮川は「この赤は出ない」と拒否します。小津は「いいですよ」とあっさりヤカンを下げます。あまりの素直さに宮川が驚いていると、夜になって小津が宮川を訪ね、「ライトの角度で色が変わることを初めて知ったよ」と言いいました。宮川は、神のような巨匠の思わぬ謙虚さに触れて、いたく感動したそうです。う〜ん、いい話だなあ。
 そして、化学反応、戦う、といった意味では、なんといっても小津の演出と大映の俳優・女優陣との奇跡的な出会いを忘れるわけにはいきません。中村鴈治郎(人間国宝…もちろん中村玉緒のお父さんです)と京マチ子のすさまじい存在感、そして両者の見事なアンサンブル(特に有名な土砂降りの中の言い合いのシーン…ありえません、なんですかあの「間」は…)。若々しく新鮮な川口浩と若尾文子(特に小津には珍しい二人のキスシーンは何度観てもドキドキする…なんでもないキスなんだけどね、小津映画の中だからでしょう)。う〜ん、いいなあ。
 こんな感じですから、ついつい1年に一度は観てしまう作品なんです。いちおう小津調も大映調(溝口とか黒澤とか)もある程度わかってるつもりですので、より楽しめますね。そういう意味ではちょっとマニアックなのかもしれませんが、しかし、ある意味化学反応のおかげで純正小津調が薄まって、演出も絵も濃くなってるんで、初心者には比較的とっつきやすいのかも。
 小津が大映で撮ったのはこれが最初で最後でした。それで良かったのかもしれませんね。たった一回の他団体との交流戦。異種格闘技戦。ちょっとした浮気(厚田は嫉妬したでしょうなあ)。そこに奇跡、伝説が生まれたのです。必見。
ps もちろん、この作品は小津自身の旧作「浮草物語」のリメイクです。そういう意味での比較も楽しめますよ。

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コメント

「笠智衆」様も・・・「植木等」様も・・・
浄土真宗の御寺院の御子息様であられました。
美しく・・・御人柄の磨かれた御姿でした。
スクリーンに御人柄の滲み出る数少ない名優で
あられます。
御仏様の御加護があったのでしょうね。笑
抑える映像・・・抑える言葉・・・抑える表情
この頃の「日本映画」に一番欠けている部分だと
考えています。
うぅぅぅぅん。最近では・・・・
爆発や暴言や暴力的表現にたよる映画が炸裂
いたしております。苦笑
最近観た日本映画では・・・「ゆれる」という
タイトルの女性監督作品に感動いたしました。
「日本映画」を愛している「映画人」が大切・大事に
撮影した想いがスクリーンに滲み出ておりました。
淡々とした・・・抑えた表現内容が秀逸でした。
感情を消した・・・美しさなのでしょうか。
「笠智衆」様も「男が泣く」シーンには否定的でした。
単調なリズムの美学とでも・・・いうのでしょうか。
同じ製品の「白シャツ」と「白い帽子」を多数
購入され いつも着用されておられた「小津安次郎」
様・・・まさに単調の美学です。笑

投稿: 合唱おじさん | 2007.12.13 14:15

合唱おじさん様、こんにちは。
なるほどそうですね、植木さんも笠さんも生き仏のような方でした。
滲み出るもの…滲み出る時は、どんなものも「静か」ですね。
まさに今、そういうものがなくなりつつあります。
一見単調な営みの中にこそ、本当の変化の妙があるのだと思うのですが。
残念ですね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.12.13 19:04

今 読み返すと「小津安次郎」×
「小津安二郎」◎ 謹んで訂正いたします。
「単調な映画」と酷評された時代もあり・・・
「映画の神様」とも評されてもいます。
どちらの一面も「正論」ですね。笑
でも 小津監督の基本は「ユーモア」ですね。
山中貞雄監督も・・川島雄三監督も・・・
「ユーモア」「笑い」が共通項ですね。
「ユーモア」のセンスというのは・・・
「人間」にとって もっとも大切な「コト」
です。
薀恥庵先生の「ユーモア」のセンスは一流です。
「そこ」が愚僧を一番 惹きつけた「モノ」
だと革新× 確信いたしております。

投稿: 合唱おじさん | 2007.12.27 00:09

私も小津先生の基本はユーモアだと思います。
それも静かなユーモア。
私のは単なるハッタリですから…笑
私も清潔なユーモアを身につけたいと思います。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.12.27 09:10

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