『爆笑問題のニッポンの教養 「コトバから逃げれられないワタクシ〜社会言語学 田中克彦」』(NHK)
昨日の続き的に言えば、今日もまたワタクシは自らの欠如を埋めてくれる「物語」を求めてこの番組を観る…ということになりますかな。
そして、今日の物語もまた面白かった。中心となる言語に関する内容は、田中克彦さんの著書をたくさん読んでいる関係もあり、目新しい「もの」はありませんでした。しかし、今回もまた太田が引き出した田中センセイの意外な側面に救われましたね。つまり、それが欠如を埋めてくれた。
私の田中センセイに対する気持ちというのは微妙だったのですよ。ずいぶん前ですけど、氏の著書についてこんなことを書いています。なんとなく違和感を抱きつつ後書きでジーンとしている私…後書きに何が書いてあったか正直覚えていませんけど、なんとなくその時の私の気持ちと、今日の番組内の田中先生を見る私の気持ちがうまくつながった。それは太田のおかげです。太田の物語に田中先生が巻き込まれた結果です。
言葉に対するコンプレックス、憎しみ。その裏返しとしてのユーモア。急に田中さんが身近に感じられました。巨乳問題とかね(笑)。
私、田中先生の書いた言葉には何度もつきあってきましたが、こうして録画とは言え、実際に口から発せられる言葉に接したのは初めてです。顔も初めて知った。表情も。話し方も。
それなんですよね。書き言葉の危険って。こうして私もまた書いていますけど、直接私を知らないでこれを読む方も多いわけですよ。逆に例えば生徒とか、私をイヤと言うほどよく知っているけど、これを全く読まない人もたくさんいる。そう、たいがい生徒たちは読まないんですよ。いつもと違う先生がそこにいるから。ブログの私は彼らにはあんまり面白くないらしい。もっとライヴかつ下世話な、教室での私の方がいいらしい。私、このブログに書いていることはほとんど教室では話しません。ネタがかぶらないようにあえてしている部分がある。
田中先生の本なんか、ほとんど論文ですからね。一般書だってどうしても堅苦しい一面だけを提示することになる。つまり、そういう文章って、その人の性格よりも思想を伝えることが目的になっているわけで、ものすごく偏ったものにならざるをえないわけですよね。しかし、それだけを受け取った人は、その人の人となりに関しては、たとえば私の田中先生に対する先入観のように勝手に想像してしまうんです。学問的な指向が違うからと言って、性格も合わないとは限らないのにね。
そんな具合に、言葉だけで判断して、あの人は嫌いだとか、なんとなくイヤな奴だなとか、そういうふうに思ってしまう。もちろんその逆のパターンもありますよね。そのへんが、田中先生の言う「言葉が社会をつくる。言葉に現実が縛られている。言葉は疑わしい。言葉は照れ臭い」ということそのものなのでしょう。そして、一方では「嘘がつけるから人間は進歩した。現実から離れることができる。言葉は創造。言葉のジレンマは人間のジレンマ。でもだからこそ詩が生まれる」…こういう発言にもなる。
だからこそ、言葉は憎しみの対象であり、愛情の対象になるんでしょうね。言葉は生き物だと言いますが、それはこうして、私たちの欠落部分を埋めてくれたり、あるいは逆に欠落を生んでくれたりするからでしょうね。
私はソシュール的な「言葉があって初めて概念が生まれる」という発想には、生理的に(本能的に…決して理論的にではありません)賛成できない立場の人間です。そういう意味で田中先生のみならず、多くの言語学者さんとは仲良くなれないなって勝手に考えていましたけれど、それは間違いだったとよくわかりました。まさに、言葉が作った壁を言葉が崩壊させてくれたというわけです。いつもながら太田くんGJ!
太田はいつもの通り悩ましい存在です。悩める人。彼もそうとう欠如感を持っている。で、それを埋めるのが、彼にとってはこういう「学問」の世界のようです。それはすなわち彼が疑っている「言葉」で構成されている世界であって、ここでもまた言葉は悪魔と天使のようにふるまっているのでした。面白いですね。
太田が指摘し田中先生も「面白い」と言った、言語以外のメディアのあり方についても、いろいろと考えましたが、それについてはまた今度。とにかく我々はいろんな「物語」に取り囲まれ、それに救われたり、翻弄されたりしながら生きているのですね。人生は何もかも面白いなあ。
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