ロックンロール最高!(韻文的音楽の魅力)
今日はウチのバンドのギタリストが所属する別バンドのライヴがあり、家族で行ってきました。いわゆるロックンロールやロカビリー、カントリーと言ったジャンルの音楽にどっぷり浸かってすっかりいい気分で帰宅。酒がうまい。
ギタリストの彼は私の教え子であり、例のもえたんのデザイン担当者であり、またマッペリのベーシストの兄貴であります。いろんな意味で気が合うのでウチのバンドにもスカウトしたんですけど、音楽的な本職はなんなんでしょうね。スカとかもやってたし。ま、私と同様なんでもありタイプなんでしょう。二人いっしょに聴くのは圧倒的にジャズなんですけどね。
さて、とってもノリノリないいライヴだったんですけど、なんかいろいろと考えさせられましたね。それこそマッペリのライヴもそうでしたっけ。とにかくシンプルな音楽の面白さ、楽しさ、そして深さを感じました。特にライヴはこれが一番なのかもなあ。印象的だったのは小さな子どもたちがノリノリだったことです。まさに赤ちゃんから老人まで楽しむといった感じでした。
その曲を知らなくても安心して楽しむことができる。お約束どおりの連発と言えば連発ですよね。子どもでもよくわかる。でも大人的な聴き方をすれば、それぞれいろいろな微妙な差異や個性があるわけで、そこを楽しむこともできる。これは音楽として強いですよ。昨日のヤマハとはある意味対照的なライヴな(生きた)音楽体験でしたね。
基本的に3コードしかない世界。テンポやリズムの変化も、あるいは歌詞の面でも大きな変化のない世界。音楽にはいろいろな要素や効用や楽しみ方があるので、優劣などもちろん付けられませんが、こういう基本がダンス・ミュージックであるものは、ある種の単純さと形式・様式というものが重要であると思います。いわば韻文的な音楽ですね。じっくり落ち着いて、腰を据えて味わう散文的な音楽とは全く違うわけです。
楽譜や録音といった記録の技術が進むにつれて、音楽は散文的な方向に進化してきました。それは個人レベル、すなわち作り手においても、また聴き手においても顕著な傾向です。西洋音楽史や、あるいは個別にビートルズなんかの例を挙げるまでもなく、そのことは皆さんよくお分かりと思います。そしてまた、どこかで彼らや我々が韻文に回帰する可能性が高いことも経験的にお分かりになるでしょう。
実はこういったことは、音楽や文学のみならず、いろいろな文化に表れる傾向であると思うのですが、ここのところあまりに記録技術が進歩しすぎ(デジタル技術のおかげですね)、世の中の散文化が進みすぎているような気がします。もちろん韻文的文化も消えることはありません。しかし、どうしてもライヴ感が薄らいでしまいます。ある種の完成度を期待される結果、硬直化した韻文、アドリブよりも繰り返しの使用に耐えられることを目的とした韻文になりがちではないでしょうか。
ま、こんな小難しいことを考えながらノリノリになってたんじゃないんですけどね。ああ、シンプルは楽しいなって。単純だからこそお互いシンクロしあい、独特の一体感、独特の高揚感が得られる。やっぱり音楽の根源的な魅力はそこにあるんじゃないかなあ。いつかも書いたとおり、私は基本的に音楽に「陶酔」を求めます。そして「陶酔」は「興奮」と「瞑想」に分けることができます。そのどちらにも韻文的なシンプルさやライヴ感がとっても大切だと思います。私もそろそろそういう境地に回帰するのかもしれません。
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