無事帰国…日豪しごと事情
昨夜11時頃にパースを飛び立ち、すっかり寒くなった日本に帰ってきました。久々に富士山を間近に見て、なんだか妙にホッとしました。
しかし、ホッとしたのも束の間、学校到着30分後には、来年度へ向けての進学説明会が始まりました。私はプレゼンテーションをせねばなりません。それが終わったら明日受験の生徒のために面接練習。ものすごい強行スケジュールですが、そんな自分がちょっとカッコいいと思ったりして(笑)。最先端のビジネスマンなんて、毎週こんな感じでしょ?
さて、そこで思い出したのが、オーストラリア人の仕事の作法です。彼らは本当に日本とは対照的な仕事観を持っていますね。
夕方5時になればみんな会社を出て一杯飲みにいきます。残業なんてしません。あちらではビール一杯くらいなら運転してもかまわないということで、車で帰宅がてら居酒屋に立ち寄るんですね。いいですねえ。今年はサマータイムを導入していることもあって、仕事が終わってから3時間くらいは「昼間」っていう感じです。ひと遊びできるんですね。日本の感覚ですと、いくら夏とは言っても多少薄暗くならないと飲む雰囲気にならないんですが。
また彼らは、一つの仕事を一生続けようなどとは考えていません。そういう点でも日本と対照的です。かなりの頻度で転職をしていきます。一生職を変えないということはほとんどないと言っていいようです。日本のような終身雇用、年功序列なんていうのは考えられないでしょうね。
でも、私はどうもこういう欧米式というか、オーストラリア式の仕事観にはなじめないような気がします。私だけでなく、日本人の多くはプライベートよりも仕事によって自己実現を目指すようです。多少の困難、苦痛があっても、それを我慢したり、工夫したりしてなんとか乗りきって、そして20年30年一つのことを続けてそれである境地に達するという、いわば修行的な仕事のあり方ですね、そういうのが美徳のような気さえする。なんとも哀しいサガでもあるわけですが、最近私はそういう独特の境地こそ日本人の、あるいは日本の歴史を支えてきたものである気がするんです。
どっちがいいということではない。ただ、日本人はそういう自己の願望に反するものとか、不条理なこととかに対する抵抗力、忍耐力に優れていると思うんですね。これはおそらく世界的にも異常なほど特殊な能力だと思います。今の日本は、それを捨てようとしている、つまりある種のグローバル・スタンダードに合わせようとしているように思えます。それは、たとえばオーストラリア人が日本の仕事の風習に合わせるのと同じくらい不自然なことだと思うんですが。ま、とは言っても根底の部分は変らないのでしょうが。私なんかも変に余暇ができると、それをどう消化していいか分かりませんし、転職する勇気もないし、実力主義や成果主義のストレスにも耐えられそうにありません。
こういう対照的な国に来ますと、自分のどうにも動かしがたい性格というものを再確認しますね。これこそが異文化との遭遇の価値でしょう。
それにしても妙に疲れました。とりあえず寝ます。昨夜機内でほとんど寝てませんので。
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