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2007.11.12

『タッチ』(実写版映画) 犬童一心監督作品

Touch 本日からオーストラリアへの修学旅行。引率者として出張というわけです。かなり気が重い…。夜便で旅立ちますので、今日は国内で移動ということになります。
 さて、そんなわけで、今日のネタはこれ。ほかには特に印象に残ったことはありませんので。
 成田空港に着くまでのバスの中で、この映画が流れていまして、ちょっと怖いもの見たさ的な好奇心も手伝いまして、ついつい最後まで観てしまいました。
 この作品が実写化されるというニュースを聞いたとき、ほとんどの人が「やめときゃいいのに」と思ったことでしょう。これほどの名作マンガを実写化するのはほとんど無謀なことであり、まず成功することはないからです。そんな勝ち目のない闘いに挑んだ監督はじめスタッフの方々には、ある意味敬意を表したいと思います。
 私はもちろん公開当時もテレビ放映時もこの作品を観なかったし、まあ一生観ることがないだろうと思っていたんですけど、こういう形でしっかり鑑賞するハメになりました。
 今の高校生は「タッチ」を知っているかといいますと、けっこうよく知っています。私の学校のマンガ文庫(?)にもしっかり全巻あって、生徒たちもよく読んでいます。たしかに名作ですから、ぜひ読んでもらいたいですし。それで反応はどうかといいますと、それなりに感動するらしい。身近な高校生ネタですし、野球が好きな生徒も多いですしね。あと、再放送でアニメもみんな観ている。私よりもそのあたりは詳しかったりします。
 そう、私はもろに「タッチ」世代なわけです。少年サンデーで連載が始まったのが1981年でしょうか。私が高校2年生の時ですね(うわっ四半世紀前なんだ!)。私は中学まではバリバリの野球部でしたし、まあ高校に入ってからはさすがに全国レベルの野球部に入るほどの勇気はなかったので、すっかり文化部人間になってしまいましたけど、3年生の時には、つまり1982年には、クラスメートに甲子園に連れていってもらいました。そんな感じで野球熱はかなりあった方でしょう。
 「タッチ」はまあ人並みには読んでいた記憶があります。しかし、どうも自分の暗くじめじめした高校生活とのギャップを感じたからでしょうかね、人ほどのめりこまなかったような気がします。あるいは自分の恋愛に精一杯だったのかもしれませんね(笑)。
 で、こうして平成を舞台とした新タッチを観てみまして、どういう感想を持ったかと申しますと、「まあどうなんだろう」でした。最初は少し意地悪に、原作との違いにツッコミを入れながら観始めました。途中からはあんまりそういうことにこだわらずストーリーに入っていけましたが、もう少していねいに描いてほしいところが、あまりにあっさりとした演出だったりして、あれっ?あれっ?という間にストーリーが進んでいってしまいます。監督さんの思い入れと私の思い入れのポイントが微妙に違うということでしょう。
 こういう原作もの映画化は、めちゃくちゃ原作に忠実にして感心させるか、かなり原作から外して別物をつくるか、どっちかになりますよね。その点、この映画は非常に中途半端だったような気がします。どうしてここはこういう風に変えたのだろうという、なにか必然性が感じられない部分が多すぎたよう気がします。私はそれほどではありませんが、まあ腹を立てる人も多いことでしょう。思い入れが深ければ深いほど不快だったのでは。なんとなく聖域を侵されるような…。じゃあ観るなよ、と言いたい部分もありますが。
 役者陣もそれなりに好演していましたし、野球のシーンもそこそこ自然だったと思います。いかにも今風にスライダーが登場したりしてましたね。あっそうそう、最近スライダー、スライダーって言われる、あの球種は、私は「早いカーブ」だと思うんですが。空振り狙うんじゃなくて芯を外すのがスライダーでしょ?この映画でも新田が思いっきり空振ってました。なんか違和感あるなあ。
 ということで、なんだか微妙な感じの映画でしたが、生徒たちはそれなりに興奮・感動していたようです。ぜひ、原作を読んでほしい。そして、この映画とは全く違うテーマがあるということを知ってもらいたいですね。
 うん、それにしても、なんで南(長澤まさみ)の新体操(レオタード)シーンがないのだ!?そこが気に入らん(笑)…と、ちょうど映画が終わった時、私たちのバスは成田空港のゲートをくぐったのでありました。

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コメント

 ご出張お疲れ様でした。

 さて...。
 この映画では南ちゃんのレオタード姿を拝むことが出来ないのですね?

「そんなもの“タッチ”ではないわい!」

 さておき。
“タッチ”で一番印象的だったのは、やはり和也の死んだ回(前後を含む)でした。画期的だったことが二つ。

1)主役級をあれだけあっけなく殺してしまう描写は、それまでの漫画にはなかった(多分)。
2)子供を失った両親の、受け止めようのない衝撃の大きさを表現した。

死は日常であるということ。そして子供の死が、いかに残酷な出来事であるかということ。それらが思春期の自分の心底にしみいりました。そして、“タッチ”というタイトルに、和也の死が暗示されていたと気が付いた時、とてもやりきれない思いがしました。

 私にとってこの物語は、青春ストーリーと言うより、ホラーに近いのです。

投稿: LUKE | 2007.11.19 00:30

LUKEさん、ただいまです。
タッチはホラー…よくわかります。
夏目さんも指摘していた通り、死者による呪縛がテーマですね。
それってとっても古くさいテーマとも言えます。
だから古典になりえたとも言えそうですね。
親になってみますと、LUKEさんご指摘のシーンは本当に辛い限りです。
この映画では比較的あっさり通り過ぎてしまった感がありました。
てか、全体にあっさりでした。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.11.19 18:00

>てか、全体にあっさりでした。

 そりゃレオタード姿が拝めないようでは、あっさりでしょうねぇ。
 ところでホラー映画って、劇中必ずといって良いほど、エロティックなシーンが一つ二つ挿入されていますよね。(最近の邦画の方はちょっと違う傾向ですが。)生と死の対比が重要なのだと自分なりに思っています。ですから、庵主様がわざと冗談めかしたレオタードの件は、私にとって非常に共感できる部分なんですよ。

投稿: LUKE | 2007.11.21 01:19

生と死の対比…なるほどねえ。
私もそういう意味でレオタードをあえて取り上げたんでしょうね(笑)。
言われてみればそうかも、です。
生と死のコントラストが不足で、それで「切なさ」が足りなかったのかも。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.11.21 17:53

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