『おはなし迷路ポスター 赤ずきんちゃん』 作 杉山亮 絵 中川大輔
これは面白い!
今日カミさんと子どもが、近くの図書館で行われた杉山亮さんの講演会に行ってきまして、これをお土産に買ってきました。
私、不勉強で杉山亮さんのこと知らなかった。肩書きはおもちゃ作家さんでよろしいのでしょうか。最近は児童書の執筆も多いようですが。小淵沢にお住まいなんですね。「本っておもしろい」という講演の内容も、読書と教養とか、教養と笑いとか、江戸の文化や教育に関することだったようで興味を持ったんですけど、このお土産もまた実に面白かった。たしかに江戸のセンスだな、こりゃ。おもちゃ絵ですね。
とにかく彼女たちが買ってきたお土産を紹介しましょうか。←こんな感じです。
とは言っても、この画像じゃ何がなんだかわかりませんね。
これは迷路になってるんですけど、正しい道をたどっていくと、そこには正しい赤ずきんちゃんのお話が展開していくわけですね。それで、間違った道に行きますと、別の物語になっていってしまいまして、で、普通の迷路と同じで途中で行き止まりになっちゃうんですね。つまりお話が変な方向に行ってしまって、突然終わってしまうわけです。
そのお話のはずれ具合、終わり方がなんとも面白い。絶妙なセンスなんですよ。これははまりますね。最初の部分だけ見ていただきましょうか。
ちょっと小さく見にくいと思いますが、冒頭部分なんか、「むかし、あるところに…」と行くべきところ、「むか…」の分岐点で道を間違うと「むかでだぁ!」でお話が終わってしまいます。「あるところに…」のところには「赤ずきんという名の女の子がいました」と「赤ずぼんという男の子がいました」と「キンという名の女の子がいました」の三つの分岐がありますね。ちなみに「キン」の方に行きますと、彼女は「赤津(あかづ)さん」と結婚して「あかづきん」という名前になってお話が終わりです(笑)。
まあ、こんな感じで無数の分岐点から無数のメチャクチャなお話生まれ、そして突然終わってしまうわけですね。そのはずし具合がホント絶妙なんです。違う昔話になったり、現代日本の光景になってしまったり、おばあさんがおしりに花火をつっこまれてロケットにされたり(笑)、とにかく正しい道なんかどうでもよくて、全ての間違った道を歩みたくなるわけです。
こういうセンスの中にナンセンスを生んでいくというのは、まさに江戸の笑いの文化であります。パロディーですね。オリジナルを知っていなければ楽しめないという意味では、まさに教養を必要とする笑いです。そして、このたった1枚の紙の中に、本当に無数の笑いがあり、この1枚の紙で何時間も何日も楽しめるわけです。こういうことは、今の子どもの文化にはなかなかないですね。その場の刺激だけ。はい次、はい次って感じで。
講演の中にもそういう話があったようですが、とにかく今の子どもを見ていますと、一つの物を繰り返し楽しんだり、味わったりすることが少ない。なんでも二度目だと「知ってる〜」「つまんない〜」「新しいのがいい〜」ということになってしまいます。高校生でもそうだよなあ。これはいかんでしょ。
つまりよく言われるように、彼らは自分から何かを発見することがないんですよね。与えられたもの、情報をただ受け取るだけ。飽きたらおしまい。
昔は飽きてからが勝負でしたよね。そこにいかにオリジナルな意味や価値を見出すか。つまり何もないところに「物語」をつくるということです。私の「モノ・コト論」でいいますと、なんだかわからない外部の「モノ」を「カタル」ことによって「コト」化していくわけです。今の子どもたちは「モノ」を感じることすらできない。だから「カタル」こともないし、新しい「コト」も生まれない。ただ、大人がお金もうけのために作った「コト(いわゆる物もほとんどがコトに属します)」を受け取るだけ。ちっとも創造的じゃない。
で、このおはなし迷路、とっても面白いので、これは生徒やウチの子どもにも作らせてみようかなと思ったのです。パロディーというのは、元があるだけに、何もないところから何かを生み出すよりもとっつきやすい。もちろん、そこにはパロディーならではの特別なセンスが必要ですから、本当は難しいんですけどね。
とにかく言葉遊びとしても、物語づくりとしても、実際のゲームとしても実に面白いと思います。高校生くらいなら昔話じゃなくて、短編小説なんがでもいいかもしれないし、古文でやったりしたらかなり高度な勉強ができますね。
まずは自分でやってみようかな。杉山亮さんのアイデアをちょっと拝借させていただきます。
ps とりあえず全部のストーリーを追ってみようと思って床にポスターを広げていましたら、ウチのバカ猫がこんなふうにドカンと…。なんで、猫って人が見たり読んだりしてるものの上にドカンと来るんでしょうね。新聞なんか絶対読めませんよね(笑)。大事なものにソソウをしたりするのも得意ですし、どうも人の視線とか、愛情線みたいなものを感じるようですね。なんなんでしょう、いつも不思議に思います。
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ミルキーファンの皆様、大変お待たせしいたしました!
あなたも探偵シリーズ第10巻が完成いたしました。
「よーいどんで名探偵」
作:杉山 亮
絵:中川大輔
偕成社:刊
店頭発売は9月中旬になります。
... [続きを読む]
受信: 2007.10.16 11:32

コメント
庵主さん、こんばんは!
コレ楽しいですね。文字を読む楽しさって
こういう形で学んでいくのもいいですよね。
ステキだなぁ。
先日ある会に参加し、アメリカ人と日本人の
ストーリーテラーお二人の、日英両語交えて
の語りを拝聴しました。
胸に抱えて弾くハープ(名称を聞き忘れました)
で時折やさしい調べを奏でながら、
楽しく、情景が鮮やかに目に浮かぶような
お話でした。子どもたちも目が輝いていたし、
英語でずっと語られていたのに、質問すると
結末はわかっていて驚きました。
言葉を越えて豊かな想像力が育まれるのを感じました。
沢山こういう経験ができるといいですね。
投稿: くぅた | 2007.10.07 23:21
くぅたさん、おはようございます。
いいですねえ!言葉を越えた想像力。
なんでも受け身な子どもが増えていく中で、言葉に関わる仕事をする者として、いろいろ考えることが多い今日この頃です。
言葉は最も身近な「モノガタリ」の手段ですので。
そういう意味で、世のアーティストと呼ばれる人たちが、どんどん新しい何かを生み出していってくれるといいですね。
子ども純粋に憧れますから、そういう人たちに。
「先生」も頑張らなければいけませんね(笑)
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.10.08 09:46