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2007.10.21

『北斎と広重 ふたりの冨嶽三十六景』 (山梨県立博物館)

8733hh 今日は数ヶ月ぶりの何もない日曜日。笛吹市御坂の山梨県立博物館に行きまして、富士山をたくさん観てきました。
 途中すっかり秋めいた河口湖畔を走りながらふと目をやると、ホンモノの富士山もいつのまにか雪化粧していてびっくり。富士山に住んでいながら、富士山を見ない日が案外多いんですよ。こういうのも灯台下暗しって言うんでしょうか。近すぎると見えなくなるというコトやモノ、本当にたくさんありますね。
 さてさて、私にとってはそれほどに身近な存在である富士山、いよいよ世界文化遺産になりそうな雰囲気ですね。自然遺産ではないところが、なんとも哀しいところですが、考えようによって「自然」より「文化」の方が人間臭くていいかもしれません。私の富士山への興味も、どちらかというと「自然」より「文化」に偏っていますし。
 さて、そんな文化遺産への気運の高まりの中で、県立博物館が企画した特別展が「北斎と広重 ふたりの冨嶽三十六景」であります。両者の富士山はそれぞれ何度も観てきましたが、こうして並べて観る機会というのは案外少ない。これは面白そうだと出かけたわけです。年間パスポート持ってるし。
 結論から申しますと、予想通りたいへん面白かった。二人の天才の名作を一挙に観ることができたと同時に、それこそ富士山の文化的価値、江戸の人々にとっての富士山というものを改めて考える機会にもなりました。そして、なんといっても、二人の違いが鮮明に分かったのが楽しかった。これは予想を上回る体験でしたね。
 私、絵画や写真を観る時、必ずやることがあるんです。そう、これです。独眼流立体視。写真については単に楽しむためにやるんですが、絵画の場合はそれによって、作者の空間認知がどの程度正確か、あるいは作者が正確さを期していたか、空間の写実性にどれほど価値を置いていたかを知ることができるんです。
 画家の方って実景を片目で見ながら写生しますよね。私もちょっと絵をたしなんでいたんで分かるんですけど、あれって3次元の2次元化には非常に有効ですよね。理屈の上からも分かると思います。で、その作業の逆をやるんです。2次元の3次元化。これは意外に皆さんやらない。美術館に行っても、片目で観ている人はほんの少ししかいません。
 で、そういう変なことをしますとね、北斎と広重、実に対照的だということが分かるんです。つまり空間の認知の違い、いや空間の表現の違いが際立つんです。さっそくやってみましょうか。わかりやすいところで、まず北斎から。
Hokusai066 別に片目で観なくとも彼の空間表現が歪んでいることは明白ですね。実は今日観た全ての北斎がこうだったんです。両目だと一見不自然でない絵も、片目で観ますとね、こちらの脳が混乱を引き起こすんです。本当か?と思われる方は、北斎でイメージ検索して片っ端からやってみてください。かなりおかしなことになってますよ。これはたぶん北斎の意図によるものだと思います。彼の空間認知がおかしかったのではなくて。
 そうした空間の写実性を重んじない傾向は日本絵画の一つの特徴であり、別に彼だけが変だとか、ましてや下手だとか言うべきものでないことは当たり前です。しかし、時代性ということを考えますと、ちょっと異質なような気もしますし、それがまた大変にポピュラーな存在になったというのも、興味があるところですね。
18 一方の広重は、北斎とは本当に対照的でした。ほぼ全て完璧です。脳は全く混乱を起こしません。これも彼の意図だと思われます。今回の企画展でも紹介されていましたけれど、広重が北斎の構図を「恣意的に過ぎる」というような言い方で非難しているのは有名な話です。ある意味アンチ北斎から、あのような正確な空間表現が生まれたのだとも言えそうです。もちろん西洋画の影響、具体的には秋田蘭画の影響でしょうかね、そういうものを指摘することもできるのですが、なんかムキになってるような気さえする正確さです。
 しかし、これは単純に遠近法とかリアリズムとかいうくくりで考えるべきものではありません。広重でさえ、様々なデフォルメや強調を行なっているのは言うまでもありません。
 私が今回感じたのは、彼らは二人ともそれぞれのやり方で3次元の2次元化という絶対的な矛盾を克服したのだということです。すなわち、矛盾を自由ととらえて感性で勝負した北斎と、矛盾に対して理論的に挑戦した広重ということですね。
 いや、本当は私、そんな難しいこと考えてたんじゃありません。広重って私みたいに片目で自分の作品を観て、空間チェックしてたんじゃないかなあ…。あるいは片目で観ることを前提に作ったとか。そう考えると、広重は江戸のステレオ写真だと言った赤瀬川原平さんは、やっぱり鋭いなあ。たしかに、近景にドカンと何かを配する構図は完全にステレオ写真のセンスですね。つまり、広重の絵の面白さは、片目で体験するまさに「独眼流立体視」の面白さであったのかもしれません。
 ほかにもいろいろと書きたいことはありますが(縄文の大豆の話とか…)、今日はここまで。
 とにかく私が今日書いたことに興味を持たれた方は、山梨県立博物館に行きましょう。来月の18日までこの企画展やってます。

山梨県立博物館

Amazon 江戸切絵図・富士見十三州輿地全図で辿る北斎・広重の冨岳三十六景筆くらべ

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