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2007.10.16

「心より物の時代」(自己より他者)

08118804 忙しいということは楽しいことですね。外部からいろいろやってくるわけですから、自分が自分でなくなる。「忙」は「心が亡くなると書く」と誰かが言ってましたけど、それは私にとっては悪いことではなくて、いいことなんです。つまり、外からの強制力がかかるということは、今までの自分に「何か」が加味されることであって、それすなわち成長です。自分がやりたいことだけやっている時というのは、実はなんのメリットもない。どちらかというと不快なことがある時の方がチャンスなんです。いやいややっている時の方が案外得をしたりするものです。
 というわけで、相変わらず前向きな私ですが、実はその外部からやってくる「何か」が多すぎまして、完全に自分の処理能力を超えてしまっています。しかし、私が得をしているのはたしかでして、損をしているのはたいがいその「何か」を持ってくる人なんですよね。ごめんなさい。ま、頑張って処理しますのでお待ちください。そうすればお互い得をするはずです。
 なんてこと考えているさきから、どんどん「何か」が押し寄せてきます。えっと、えっと、これはなんだっけ…頭を切り替えるのが大変。実際頭が切り替わらないために妙なことを言ってしまうこともしばしば。しかし、また、頭が切り替わらない、すなわち「何か」と「何か」が結びついて新しい確信が生まれるのも事実です。今日もそんなことが数回ありました。やっぱり得してるな。
 それは、いつも私が標榜している「これからは心より物の時代」ということについてです。ある大学の小論文の課題文に「これからは物より心の時代」というありがちな文言が載っていました。「自分の心に素直に生きる」ともあって、ついつい笑ってしまったんですね。生徒ももちろん筆者に賛成するっていう文章を書いてきました。当然、私は「おいおい、逆だろ」って言ってやりましたよ。
 「自分の心に素直」…これってよく言われますが、私は絶対に反対です。気持ち悪いし腹が立つ。だって、私たち近代人はまさにこれをやってきて、「物(物質・生産物・消費物)の時代」を作ってしまったんですよね。「自分の心に素直」って冷静に考えてみてください。たとえば私の「心」に素直になると、「楽したい、金持ちになりたい、自分さえよければいい、あれしたい、これしたい…」って感じですよ。それをみんながみんなやったと考えたら、これは恐ろしいことになります。弱肉強食。大量消費はもちろん、戦争やいじめも当然起きます。というか、私たちは今そうして生きているんですよ。だから、こういう世の中になったんじゃないですか。それを「これからは心の時代だ」って…笑うより悲しくなりますよね。
 「心(ココロ)」というのは「凝る」が語源とも言われています。外部の「何か」が自分の内部で処理されて、そして固成したものです。つまり、私の「モノ・コト論」で言うところの「コト」の現場です。そして外部からやってくる「何か」こそが「モノ」です。だから、私は自己の内部を重視するよりも、外部である「何か」、すなわち「物(モノ)」を重視せよ、と言っているのです。「心(コト)より物(モノ)の時代」。
 なんてことを生徒には詳しくは言いませんが(たぶんこう書いたら受かるところもあるだろうけど、落ちるところもあるだろう。分かる大学の先生はどれくらいいるだろうか)、前半部分についてはちょっと伝えました。納得してました。
 さあて、その次の生徒は東大の2005年の現代文です。毎度毎度東大の問題は良問です。感心します。さすがだと思います。それにくらべて某大学の問題は…(笑)。まあいいや、それをなんとかするのも仕事です。で、で、東大ですが、この年の第1問は三木清の文章でした。一見難解ですが、よく読むと納得でき、また設問自体が読解を助けるという良質なものなので、やっていて心地よい。解答を導いた時の快感は最高ですね。これこそ外部からの「何か」が与えてくれる「得」です。
 三木清の文、「得」ではなくて「徳」の話です。「徳」は「行為」であり「技術」であるというような話なんですが、そこでやはり「心より物」という話が出てくるんですね。心の技術は自己完結するが、物の技術は社会的だと。つまり、私がさっき書いたことですよ。心に素直になっても「徳」にならないんです。物に素直になって初めて「徳」。そういう書き方はされてませんが、たぶんそういうことを言いたいのだと思いました。
 というわけで、忙しいということは「何か(モノ)」がやってくることで、そのためにこうして「得」をしていく。うまく「何か(モノ)」を処理すればラッキーなことに「徳」までついてくるかもしれない。やっぱり「ココロよりモノ」だな。なんだか分からん未知なる「物の怪(モノノケ)」万歳です。こういう時、つまり忙しい時、すなわち想定外の出会いがある時こそ、自分が拡張する思いがするものなのです。
 (…「〜するものなのです」の「もの」もそういう意味なんですよ。想定外のいいこと、悪いことを表すのです。「〜なんだもん」なんていう「もん」もそういう終助詞です。)

Amazon 東大の現代文25カ年(名文良問ぞろいです)

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