さようなら阿久悠さん
今日、阿久悠さんを送る会が行われました。
おそらく彼は全ての人の悪友でありたかったのでしょう。そして悪友は私たちに手紙を送り続けた。彼が亡くなってその手紙はもう届かないのかと思いましたが、いえいえそんなことはない。悲しい8月1日のあとも私たちは彼の手紙を受け取り続けています。
何度も読み返す手紙というのがあるじゃないですか。彼の書いた膨大な詞は、みなそういう手紙なんです。彼は本当にいろいろな人たちに向けていろいろな詞を書きました。アイドルポップスから演歌、CMソングから校歌まで。その数5000以上。
悪友からの手紙ですから、その言葉に気取りやてらいはありません。私たちの心に直接響く言葉たちです。だから、私たちは何度も何度も同じ手紙を読み返すのです。そしてそこには、あの頃の世の中が、あの頃の自分がしっかりと息づいています。
阿久さんは、いわゆる流行歌の作詞家でした。その時代の空気をたっぷり吸い込み、その時代のエネルギーを腹いっぱいに満たして、そしてモンスターになっていく歌たち。それを生み出すことに、彼は一種の快感を覚えていたようです。
毎夜徹夜の放送作家の仕事よりも、原稿用紙2枚書く方がお金になる、というのももちろん魅力だったと言います。しかし、それ以上に、やはり歌は歌い継がれるという性質こそが、彼にやりがいを感じさせたんじゃないでしょうか。テレビ番組の言葉は一過性のものですからね。
ところで、実は私、彼の仕事ぶりや、彼の残した詞から、自分の「モノ・コト論」のヒントをたくさん得ていたんです。
言葉が「コト(不変・公理)の端(葉)」であって、本当の「コト」ではない。実は変化する社会や人の心という「モノ(変化・無常)」を写すモノであって、完全なる記号でもなんでもない。それぞれの人のココロの中で凝結して、その人にとっては「コト」的な性質も帯びるけれども、人の成長・成熟とともにココロも変化して、結局は変化していくモノ。もちろん個人の死によって、そのモノ自体にも終わりが訪れます。しかし、それが語り継がれ、歌い継がれていくことによって、私たちは「コト(ミコト・マコト)」に疑似的にではあっても近づくことができる。それこそが「物語(モノガタリ)」であり、「命(いのち)」の本質なんだと。
阿久さんは「歌は心。時代を超えていく」という言い方がお好きではなかったようです。歌は時代そのものであり、時代によってコロコロ変わる心を写すものであると。彼の基本的な姿勢はそこにありました。変化していく心。
これはまさに「もののあはれ」であります。自己というモノが他者によって変化させられ、翻弄され、そうしてようやく形を成していく。そこに「あはれ(ああ)」と言うわけです。そこで言葉にできないことを、それでも言葉にしないではいられないという人のサガ。これは例えば伝統的な和歌の世界ですね。そういうものの現代形を彼は聞かせてくれた。
彼は言います。「私は不幸の一歩手前の切なさを表現したい」…これもまた「もののあはれ」そのものですね。日本人は、不幸の一歩手前、まったく不随意な運命というものに美学を感じてきました。これは人間として非常に高度な状態だと、私は思います。人類の進化形だと思います。
世界の先進諸国が、科学やら工業技術やらお金やら政治やら軍事やらで「コト化(随意化)」へ向けて邁進し、皮肉にもその中でますます不満・不安を募らせている中で、不幸の一歩手前に実は魅力を感じている日本人はすごいですよ。そのレベルである種の満足を得るわけですから。当然、たまに訪れる幸福への幸福感は増大しますし、不幸への耐性もつきます。
そんな日本の伝統的な空気を読みつつ、それをその時代の視点でとらえ、生命力あふれる言葉で表現したのが我らが悪友だったわけです。だから、彼の歌(詞)は、私たちに元気を与えてくれるといった性質のものではありませんでした。そういうひたすら前向きという応援ソングではなく、さっき述べたような本当の意味での「生きる力」、知足の心や不幸への耐性を育ててくれる、まさにお釈迦さまの言葉だったのかもしれません。
私も国語の教師として、また歌謡曲バンドのメンバーとして、これからも彼からの手紙を何度も何度も読み返していきたいと思っています。阿久悠さん、本当にありがとうございました。お疲れさまでした。つきなみな言い方ですけれど、あなたの言葉はたしかに生き続けるでしょう。あなたの言葉そのものに、ものすごい生命力があるからです。私たちはそれらを語り継ぎ、歌い継がずにはいられないからです。
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