吉井和哉 『Hummingbird in Forest of Space』
My friend(?)吉井和哉さんのニューアルバム、ひと通り聴きこんでみましたので、感想など。
昨年末のライヴでの実にパワフルでエロティック、完成度の高いパフォーマンスから、これは何か吹っ切れたなと感じさせた吉井さん。もちろんイエモンの楽曲をバシッと決めてくれたというのもありますね。とにかく2007年の吉井和哉に期待しててくれ!とでも言いそうな雰囲気に、私も多いに期待していました。その期待通り、前作から1年足らずで届けられたニューアルバムは、なかなかの名盤でありました。が…。
ご本人も雑誌のインタビューなどで「SICKS」のことを引き合いに出しておりました。「SICKS」は言うまでもなくイエモン時代の最高傑作。私が彼らにはまった原因になったアルバムでもあります。大いにポップで、かっこいいけどどこか大衆歌謡的なその世界に、かな〜り深くのめりこんだのを思い出しました。もうあれから10年ですか。私もこの間、あまりにいろいろな変化を体験しましたけれど、吉井さんはもっといろいろあったろうなあ。
で、その名盤の時の「イケイケ」な感じが、このアルバムのレコーディングの時にあったと。産みの苦しみではなくて、産みの喜びですね。そういう勢いというか、推進力のようなものを確かに感じる出来です。
吉井さんのこれまでのソロアルバムは、それこそ産みの苦しみという感じでした。それはそれで共感できる部分もありましたし、いろいろな先入観やらわがままな期待やらを抜きにして考えれば、やはり彼の音楽は唯一無二の価値があります。しかし、その苦しみがより多くの人に理解されていたかといいますと、これは正直そうではなかったと言わざるを得ない。単純にそういう意味で、ご本人も周囲も辛かった時期が長かったのだと思います。
私も不惑を迎えた時から、たしかに惑いが少なくなった。どこか開き直ったところがあったのでしょう。かなり考え方、生き方が前向きになりました。彼もそんな境地になったんでしょうか、40過ぎて。もちろん私とはレベルもステージも違いますけど気になります。
今回のアルバムが一般に「吹っ切れた」「突き抜けた」というような表現をされるのは、そうしたストーリーが背景になっているのとともに、単にメジャー(長調)の曲が増えたためだと思われます。それは明るく聞こえますからね。非常に単純なことです。一方、マイナー(短調)の曲もイエモン時代を彷彿とさせるキャッチーなフレーズにあふれていますね。そういう意味では突き抜けたと言う、そのベクトルの方向はたしかに10年前に向かったものなのかもしれません。表面上はね。
しかし、私は彼のそうした変化を単純に復活だとか回顧だとか考えたくないですね。今回の作品の歌詞における、言葉遊び(言語遊戯)によるナンセンスなセンスや、エロチックな表現から感じられる幼児性などに、なんとも不思議な矛盾といいますか、心地よい「彼岸性(あの世性)」を感じるんです。これはたしかに「SICKS」的大まじめなおふざけ(?)に近い世界かもしれません。しかし、それが本当に自然なものなのか、彼らしいナイーヴさは健在と言えど、そのナイーヴさに肉体がついていっているのか、そんな不安を少し感じてしまいました。ちょっと危険なにおいをかぎつけてしまったんですよ。
太宰がそうであったように、ナイーヴであり続けることには多大なエネルギーを要します。太宰は40になろうかという時に命を絶ってしまいました。それが本気だったのかどうかは微妙ですが。ナイーヴな人間にとって40という、まあさすがにモラトリアムも終わりだという(社会的)年齢は、大きな人生の壁なんですね。吉井さんはそこんとこを「ある形」で乗り切ろうとしていることはたしかです。
でも、その「形」は実はまだ「形」をなしていないような気もします。今でも健在のベテラン・ミュージシャン、特に欧米の重鎮たちの境地に、果たして彼は到達できるのか。ちょっと厳しい言い方かもしれませんが、今回のアルバムではその道のりはまだまだ遠いような気がしました。本当にクオリティーの高いアルバムなんですが、まだまだ頑張ってもらいたいし、もっともっとできる、そんな期待をこめまして、こんなことを書かせていただきました。
あと最後に一言。「形」は自分で決めるべきだと多くの人は考えるでしょうが、実はそうではなくて、他者が決めるんです。それは別に芸人さんに限ったことではありません。
Amazon Hummingbird in Forest of Space(初回盤) Hummingbird in Forest of Space(通常盤)
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コメント
実は、庵主さんがこのテーマを取り上げてくださるのを、首を長くして待っていました。(笑)
『39108』から吉井さんの曲を聴くようになった私は、『SICKS』の頃の感じが戻ってきたというより、新しい吉井さんを見たという感じです。
大胆で繊細で、善と悪、生と死、自分と他人、対称的なものが詰まっていて・・・不思議なアルバムでした。
難点は、シャッフルしてしまうと、その魅力が半減してしまうとこなんですが。
このまま、めくるめく吉井ワールドへ連れて行ってくれるのか、それとも大どんでん返しがあるのか・・・
これが危険なにおいなんでしょうかね。(笑)
投稿: mio | 2007.09.30 02:01
mioさん、コメントありがとうございました!
そう、なんだか私がこのアルバムについて書くのを待ってる方がかなりいたようです。
なんででしょうね(笑)
たしかに不思議なコントラストや矛盾に満ちたアルバムですよね。
とにかく、このアルバムは聞き込めば聞き込むほどその魅力が倍増しますよ。
万華鏡みたいにそのたびに違ういろいろな世界を見せてくれます。
だから、やっぱり名盤なんでしょうね。
気が早くて申し訳ないのですが、
次のアルバムはもっとすごいことになりますよ。
たぶん。
なぜそんなことが言えるのか…それはナイショです。
なんて、単に私の勝手な予想です。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.09.30 08:38
“心地よい彼岸性”
“聞き込むほどその魅力が倍増”
“万華鏡みたいにそのたびに違ういろいろな世界を見せてくれる”
↑先生、うまい!!
曲に、まるで麻薬作用があるようです。
そして喉が渇くような禁断症状が、普通のよりきついと感じました。
では!^^
投稿: カズ | 2007.09.30 22:06
カズさん、おはようございます。
私も麻薬作用を感じますね。
この記事を書いてからまた聞き直してみたんですが、
またまた全然違って聞こえました。
名盤って大概こういうものなんですよね。
これからの吉井さんに大いに期待しましょう。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.10.01 08:29