『倫理という力』 前田英樹 (講談社現代新書)
名著。久々に本当にいい本を読みました。
「なぜ人を殺してはいけないのか」…こういうアホくさく、しかし神聖な、無邪気で、しかし邪鬼に満ちた中学生の質問に、インテリがこれまたどうでもいいが、しかしなんとなく知的な答えをた〜くさん用意した、そんな妙な事件がありましたね。この本もそんなところから始まっています。
私のこの質問への答えは、前田さんのそれにとっても近いものです。今までもどうでもいいと思いつつ、いろいろ読んだり聞いたりしてきましたが、やっぱりこれが一番しっくり来ました。
もうそれだけでも、私にとっては名著と言えます。なんで今までこういうことをちゃんと言う大人がいなかったんだろう。不思議です。
「倫理の原液」と筆者が呼ぶ「モノ」。それはたしかにあると、私も思います。「してはいけないこと」は私たちの脳ミソが決めることではありません。もうそれは「神」とも「宇宙」とも「自然」とも何とでも言えるわけですが、結局私たちの外にあるものであることはたしかです。
そういう出発点に、自意識の強い人間はいろいろと難癖をつけるのかもしれませんが、私から見ますと、そういう人の「言葉」さえ、本人の外からやってくるもののように感じられるんです。
最近とみに感じるようになったこと。それは「モノ」の存在です。もちろん、私の「モノ・コト論」での「モノ」です。それはまさに外部であって、自分のコントロール下にはないものです。しかし、ではそれに私たちが統御されているかと言いますと、単純にそうとは言えないような気もします。なにかネットワークのようなものが存在し、そこと私たちは自然に交信してるみたいなんですね。そういう意味で、自分の方がネットワークに対して開いてきた、また開いてきたらいろいろなものごとが動き出した。
それを「他力」とも「縁起」とも「行雲流水」とも「無我」とも「もののあはれ」とも言うのかもしれません。ただ、そういうネーミングとか定義づけはどうでもよくて、そんなののずっと上空や地中深くに「何か」が張り巡らされている、そして、自分もそことつながっているような気がしてきたんです。
つながっているからでしょうかね、単なる他者とも言い切れないような気もするんです。もう一人の自分であるような気もする。たしかに、自分に命令したり、自分をさげすんだり、自分を励ましたり、自分と対話したりする動物は人間だけです(たぶん…)。そのたとえば命令する自分の外に「何か」があるんです。あるいは命令する自分だと思っているのは、実は自分とつながっているが自分自身ではない「何か」なのかもしれない。いずれにせよ、そういう自己の二重性みたいなものの中に、世の中の、人間の、自分の、倫理の本質があるのかもしれませんね。
そういうことも含めて、この本で最もエキサイティングだったのは、第五章「ものの役に立つこと」です。前田さんは、私たちの知性や知恵を磨くのは「外部の抵抗物」だと述べます。釘を打つという一つの動作にしても、いろいろな「物」の性質…すなわち無限の連続変化を、経験を通じて読み取り、それに自分を合わせていかねばならない。そういう経験こそ学習であり、そういう経験の場こそ教育だというのでしょう。なるほどと思いました。
前田さんは、その感覚の説明のために、宣長の「…事の心をしる也、物の心をしる也、物の哀れをしる也」という名言(?)を引用していますね。宣長の「もののあはれ」論には、今までも何回か述べたように正直違和感を持つ私ですが、基本的に「モノ」という言葉を「外部の抵抗物」「無限の連続変化」ととらえる前田さんの姿勢には、おっ私と同じだ!とひさびさに心強く思いました。
さて、この本の良さは、内容のみならず、文章の上手さにも負う部分が大きい。過不足ない、正しい、整った日本語は読んでいて心地よい。美しい文章だと思いました。一読後、もう一度読んでみようかなと思わせるいい本でした。
Amazon 倫理という力
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コメント
こんにちは
いきなりですが
「してはいけないこと」をしたらどうなるのか?
そちらの本には、そういったことも書かれているのでしょうか?
投稿: まっこ | 2007.08.17 18:56
まっこさん、おひさしぶり。
ああ、そう言えば、そういうこと書いてないですねえ。
ただ、倫理の本ですから、「してはいけないこと」をすると、
社会的に不利な立場になるということは書いてあります。
怒られたり、捕まったり、いじめられたりってことでしょうね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.08.18 07:03