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2007.07.25

『レッスルする世界』 ロラン・バルト (「神話作用」所収)

Barthes さて、昨日の迷いの続きになりますか。「上手にだまされる」話など…。
 こちらの記事のコメントでも友人が紹介してくれていましたこの古典的名エッセイを、本当に遅ればせながらですけど、読んでみました。めっちゃ面白かった。感心どころ、ツッコミどころ満載でした。
 私が手に入れたのは、例の篠沢教授が珍訳した(?)古典的な方(1967年版)でして、「プロレスする世界」ではなく「レッスルする世界」というタイトルになっております。内容的には、たしか「プロレスする世界」の方がいいかな、とも思いましたが、いや、もしかすると、篠沢教授のトンデモぶりこそ、バルトらしさを見事に表現しているのかもしれない…。
 もともとバルト自身がレッスルな存在とも言えます。彼はエクリチュールに注目することによって、結果としてパロールへの復讐心を表現していると感じるからです。彼が言うレッスルとは、表面的には記述された神話であり、いい意味での見世物であるわけですが、このエッセイの内奥に描かれているのは、反神話的世界、近代的世界への憎悪です。
 今や、この古典的エッセイ、総合格闘技からプロレスを守るための、それこそ古典的な(アナクロな)決め技になってしまった感がありますね。でも、バルトがプロレスが好きでガチンコに興味ないと表明しているからと言って、それがすなわち日本のプロレスが総合より優れているという論拠にはなりえませんよね。その辺に関しては、私は多少冷静でありたいと思っています。
 バルトが今から50年くらい前に強く嫌悪した非神話的世界は、たしかに今も存在していますが、いわゆる神話時代や古典時代よりも、それらが優勢になっているとは言えないと、最近の私は思うんです。温暖化などと同じで、大きな振幅の中の、もしかすると端っこの方にいるのかもしれませんが、かならず揺り戻しがあって、均衡を保つようになっていくのだと思います。実際、昨年あたりから総合格闘技の勢いが明らかになくなってきている。そして、プロレス的世界に人々は帰りつつあるような気もします。
 バルトの愛した50年代フランスのプロレスがどういうものだったか、私は直接的には全く知り得ませんが、このエッセイを読む限り、たしかに演劇性の濃いアメプロ的世界のようですね。バロック的な善悪の配役と、象徴的(記号的)外見、大袈裟な動作、そして観客の望むものを提供するプロフェッショナルな芸。そんな中でバルトが、特に敗者(主に悪玉)の屈辱的な姿に注目しているのは面白いですね。きっとバルト自身も、そうしたみじめな記号を見て、さまざまな意味で溜飲を下げたことでしょう。
 しかし、他の記号論者や構造主義者たちが陥ったように、バルトも結果として大きな錯誤を犯しているようにも思えます。彼らはそうした神話的な、物語的な総体をとらえようとして、記号の世界、数学の世界、言語の世界に近づきすぎてしまった。いつかも書きましたが、ミクロ的、オタク的になりすぎてしまったような気がします。あまりのこだわりのために、結果として敵(たとえば、非神話的世界、近代、パロール)に対する復讐心をあらわにしすぎてしまった。そこに私は、屈折した精神を感じずにはいられません。
 結局のところ、敵への羨望や嫉妬のようなものが見え隠れするようになってしまったということです。劣等感→羨望→嫉妬→憎悪→復讐というシナリオ、それはどの時代でも、どの国でもかなりカッコ悪いことです。
 別に現代フランス思想をどうこう言いたいのではなく、単にこの頃の自分の迷いもそこにあるような気がしてるんですよ。例えば、昨日も書きましたが、「原理主義はいけない」と言うと、誰かも言っているようにそれも結局原理主義になってしまう。いくらいろいろなものを理解し受け入れているフリをしても、それは究極的には、いろいろなものを理解しない受け入れない人を糾弾しているとも言える。そんな感じで、結局相対的にしか(あるいは敵を作るしか)自分の存在は安定しないということなんですね。
 それが当たり前だと言えばそれまでなんですが、わかっているけれどなんとなくそんな自分にガッカリもしたりするんですね。まだお子ちゃまだってことでしょうか。
 「レッスルする世界」に仕組まれたバルトのこの言葉が全てを象徴しているのかもしれません。やっぱりバルトは大人だったのか。
 『正義は故に、有り得べき違反の総体である』
 そう言えば、「wrestle」って「動物がじゃれ合う」って意味でしたね。

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