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2007.06.03

『富士霊異記 五湖・山頂・樹海の神秘』 泉昌彦 (白金書房)

Fujiryouiki 幻の名著をようやく手に入れました。これはホントほしかったんです。そして、読みました。う〜ん、これはたしかに素晴らしい。非常に貴重な民俗的資料であり、本当の「物語」です。
 昨日はみちのくの縄文人について書きました(予想通りしょっぱい負け方しちゃいましたね、桜庭)。この本に記されているのは、ここ富士北麓の縄文人(山人・山の民・富士アイヌ)たちの生活と風俗です。この本が書かれたのが昭和49年、今から33年ほど前ですね。その頃にはまだまだ縄文人が縄文的な生活をしていたということです。いや、これは冗談ではなく、その頃まで実際に縄文時代が続いていたということなんです。逆に言えば、この30年の間にここ富士北麓にも、近代化の波が押し寄せ、今ではすっかり縄文の面影がなくなってしまった、ということ。
 泉さんは「まえがき」で次のように述べています。全文引用します。

 私は、〝富士山に慈悲を〟ということをつねづね口にしている。過去において信仰と崇拝の対象であった富士山が、いまや荒れるにまかせ、たんなる砂礫の山となんら変わることがなくなってしまった。
 この富士山と、私はかれこれ三十年近くつき合って来たか。岳麓の住民たちから聞いた話も千や二千ではきかないほどだ。しかし、そのすべてが、いまや過去のこととなり富士は日一日とむしばまれ、滅びようとしている。そして、もはや個人の力では、その崩壊をとどむべくもなく絶望的無力感に襲われるばかりだ。とすれば、せめて私の富士山体験と採集した貴重な話の数々を記録して残せないだろうか。富士が、もはや過去の物語でしかないとすれば、そうすることによってしか富士山は慰められないだろうし、ひいてはそれが富士への慈悲ということになるのではないか。そんな観点から、私は52話を精選して本書に収めた。
 これは、ある意味では富士山への挽歌である。しかし、山にも命脈があるとすれば、それが尽きるのも、また致し方のないことなのかもしれない。

 この「まえがき」から分かるように、この本では、山梨出身で僧侶でもあった山岳地誌研究家の泉昌彦さん(彼自身が完全なる山人=縄文人キャラです)が、富士北麓、特に樹海に隣接した鳴沢や精進、本栖などの古老らから聞き取った、実に興味深いエピソードが多数紹介されています。
 その内容は、今こうして鳴沢村の別荘地内に居を構え、安穏とした生活を送っている私からすると、いろいろな意味でかなり衝撃的です。富士山を神と考え、自然から大いなる恵みを得て生活する山人。そして恵みとともにやってくる災害や病気。樹海の神秘的な動物や植物。さまざまな超常現象。豊かな言い伝えや風習。
 私は富士北麓の歴史、特に裏の歴史にはかなり詳しい方だと自負していますが、それはあくまで一般に出版されている書籍から得た知識や、自分で古文書や何やらを解釈して得た予感であり、泉さんのように実際に地元の方々にインタビューして得た「事実」ではありません。数年前に一度だけ村のお年寄りから、「お山」での生活や仕事についてお聴きしたことはありますけれども、それ以来なかなかそういう機会を得られません。この本を読んだら、なんだか自分が知ったかぶっていろいろ語っているのが、とっても恥ずかしくなってしまいましたね。
 古老たち(実名も紹介されています)の口から語られる物語は、まさに「モノガタリ」です。実際オロチやムジナ、狐火、しまいにはUFOまで、「物の怪」はいくらでも登場しますし、現代の常識や科学的な見地からすると、一笑に付されかねない話ばかりです。
 「モノ」がかくも生き生きと、そしておどろおどろしく息づいていた時代が、ほんのそこまであった。いや、実際、今でも樹海にはそうした「モノ」が封印されているのかもしれませんね。そういう意味では、私は「モノ」の世界と隣接する、近代的な「コト」の世界に生きているとも言えます。そう考えたら、得体のしれない何かがそこにいるような気がして、一気に全身に鳥肌が立ちました。私たちの住むこの現代日本は、何かの上の薄皮に過ぎないのではないか…。
 近代とは、こうした説明不可(コト化不可)な「モノ」を排除すること、そのものでした。結果として「物語」は、実生活から遊離した単なるフィクションになってしまったのです。今、さまざまなメディア上に濫造されている多数の「物語」よりも、この「富士霊異記」という絶版になって久しい「物語」の方が、断然私の心を動かす力を持っていると感じました。私も泉さんみたいな「語り部」になりたいような…でも、難しいかなあ…私、泉さんが「山賊」と称してはばからない、富士山を我が物顔で破壊する都会人そのものですから。
 いずれにせよ、この本は私にとってのバイブルとなるでしょう。そこに住む者としては、たとえば柳田国男の遠野物語よりも、ずっとずっと物恐ろしかった。すごい本です。地元の皆さん、なんとしても手に入れましょう。

Amazon 富士霊異記

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