村山浅間神社(富士宮市)
今日は上の娘と富士山一周。もちろん車でですよ。学生時代は自転車で回ったりしてましたが、今はそんな根性も体力もありません。ちょうど100キロくらい走ることになりますか。途中いろいろと寄るところもあるし、一日自然と文化を満喫しつつ遊ぶにはなかなかいいコースです。
今回は右回り、すなわち、富士北麓を東進、籠坂から御殿場方面に抜けて、愛鷹山の北側を西進、白糸の滝付近から北上して鳴沢に帰るというコースです。メインは南麓の富士こどもの国で遊ぶことだったんですけど、入場料を払ったらお金がなくなってしまった(いや、二人でたった千円なんですけど…つまり、お金忘れたってこと)。私と娘の財布の小銭をかき集めて、そばを一杯、パンを一つ注文し、それを二人で分けあう…乗り物類はもちろん、一回百円の押し花体験すらできない…orz。
で、早々にそこを引き上げ、次に向かったのが村山浅間神社です。渋すぎる。しかし、神社マニアの私と娘にとっては、とっても有意義な時間を過ごすことができました。ちなみにお賽銭は車内で見つけた120円と財布に残っていた1円玉。本当にすっからかんになってしまいました(笑)。
私たちが神社に到着した時、なぜか拝殿や本殿に消防団の方々が放水していました。境内では古老二人が護摩木を切っていたりしたので、もしかして今日護摩を焚くのかと思い、彼らに尋ねてみますと、いや違う、山開きの7月1日だ、ということでした。
そう、ここ村山浅間は、明治の廃仏毀釈以前は、村山修験道のメッカとしてたいへん栄えていたんです。もともと山の神を祀る浅間神社は、修験道や密教と結びつきやすく、いわゆる神仏混淆傾向の強い神社です。富士吉田の北口本宮浅間神社にも、月江寺持だった護摩壇の跡が残っています。月江寺は臨済宗の寺ですから事態はさらに複雑ですよね。今の私たちが考える以上に、昔は宗教宗派の壁がうすかったようです。というか、商売が絡むとそういうことになるんでしょうが。
これが村山浅間の護摩壇です。7月1日には京都聖護院から山伏の皆さんがいらして、盛大に柴燈護摩供が行われます。一度観に行きたいですね。今年はダメそうですが。
さて、役行者、末代上人、富士講、大日如来、富士浅間大菩薩、真言密教に道祖神…この神社の縁起やら何やらを書き出すとキリがないので、それは別のサイトを参照していだくとします。今日は、私の大好きな「字」を紹介して終わります。
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これは拝殿に掲げられている扁額です。いつの時代のものか分かりませんが、非常に珍しい字体で彫られています。神代文字マニアの娘(ってどういう趣味しとんのや!)はかなり萌えてました。ま、これは右から「富士根本宮」と読めますから、神代文字ではないんですけれど、このフォントデザインはなかなか妖しく、また実にシャレてます。
富士講が盛んだった頃、西日本から来る登山者、修験者を多く迎えたという村山浅間。まさに富士の根本の館だったのでしょうね。
もう一つ、「浅間」の話。これは「せんげん」とも読みますが、「あさま」とも読みます。和語としては当然後者ですね。そこで思い出されるのが、「あさまし」という形容詞、あるいは「あさむ」という動詞です。古語辞典をひくと、「驚きあきれる」と書いてあるんですが、もう少し分かり易く説明しますと、「人知を超えた事態に人間の無力さを感じる」というニュアンスです(あくまで私の説ですけどね)。まさに火山の噴火は「あさましきもの」でした。だから火山は皆「あさま山」だったんです。形容詞や動詞が先か、あるいは火山に対する呼称が先か、どちらか分かりませんが、両者は密接に結びついていると思います。
自らの思い通りになる「コト」化を押し進めた私たち人類ですが、そうした「あさましき」「モノ」を祭る気持ちも忘れてはなりませんね。そんなことも思い出させてくれる、霊気溢れる村山浅間でありました。
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コメント
こんにちは。
村山浅間神社、なんだか懐かしいです。十数年前に一度行ったっきりですけど。
京都聖護院とは別の山伏たちが、柴燈護摩を焚いたので、お参りに行ったのですが、道に迷い、ようやく到着したときには修法が終わりに近づいていて、ちょっとがっかりした思い出があります。
やたらに写真を撮って、帰りにも少し道に迷ったような記憶もあります。でも、なんだか楽しかったです。
投稿: kobayashi | 2007.06.19 22:30
kobayashiさん、おはようございます。
そうでしたね。そのお話うかがったことがありましたっけ。
あそこの神社はなかなか面白いですねえ。
奥の山にある高根社は新しくなってました。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.06.20 08:44