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2007.06.20

『中能島欣一の至芸』(箏・三弦多元独演の重ね録音による)

Shigei 告知にありますように、今度久々に邦楽の舞台に乗ります。邦楽の演奏会に邦楽器ではなく洋楽器で乗るのは、それこそ20年ぶりくらいかもしれません。洋楽の舞台に邦楽器で乗るのは、毎年やってますけど…たとえばこちら(笑)。
 さて、それで、この前この演奏会のリハがあったのですが、久々に邦楽のプロの方々の演奏に触れ、本当に心震えるものがあったんです。私が山田流の箏曲をやっていたのは大学時代なんですが、どうもあの頃はちっとも分かってなかったようなんですね。分からずやっていた。実は洋楽が好きなのに、無理やり邦楽をやっていたらしい。たぶん、その理由は…女性に囲まれていたかったからでしょう(笑)。
 で、ここのところ面白いことに邦楽の良さが分かってきたんです。良さがわかるというか、聴き方、聴きどころが分かってきたんでしょうかね。話せば長いのですが、つまりは歌謡曲や演歌を演奏するようになって、そしてちょっとそうしたものの音楽的勉強もやってみて、ああ、これは完全に邦楽の伝統に遡るな、ということがたくさん出てきたわけですね。それで、洋楽的なものからだんだん遡って、ちゃんと道を順に戻っていったら、そこに自然に邦楽の世界が開けていたと。
 近いうちに…明日かもしれませんが…紹介しようと思っている小泉文夫さんの著書なんかを読んでいると納得するんですが、こうして歳をとらなくては分からない音楽こそ、まさに成熟した音楽なのだということなんですね。いつかも書きましたが、たとえばモーツァルトは子どもにも分かるどころか、ニワトリにも牛にも酵母にも分かる(笑)。ま、自分もちゃんと歳をとっているんだなあってことですよ。
 それで、話を戻しますが、この前のリハで、三味線の、箏の、笛の、鼓の音が、そして人の声が、ぐっと心に迫ってきた。ヴァイオリン弾いてる自分が妙にカッコ悪く感じたんですね(実際何も出来ずカッコ悪かったんですけど)。普段、いかに簡単なこと、薄っぺらなことをやっているのか、痛感させられちゃったわけです。いやいや、もちろんある意味で、ですよ。違う難しさや、共通した難しさはほかにあります。
 その日、ウチに帰ってきて、何か「すごい邦楽」を聴きたくなった。そこでそれこそ20年ぶりに引っ張り出してきたのが、このレコードでした。あの頃の衝撃もすごかったけれど、きっと今聴いたら、どんなにぶっ飛ぶだろう。そんな期待がありました。そして…
 ぐわぁぁぁぁ…これはなんなんだ?邦楽なのか?いや、音楽なのか?これは一つの塊である。なんだかわからんが、とんでもない塊がドーンとこっちに飛んでくる。感動する以上に、ちょっと恐くなった。あり得ないとしか思えないんで。これはなんなんだ?
 ちょっと冷静になって解説しましょう。これは人間国宝・故中能島欣一さんによる、「新ざらし」「六段調」「乱輪舌」の録音です。昭和57年のデジタル録音(!)です。しかし、ただのデジタル録音ではありません。なんと、一人二役あるいは一人三役の多重録音なんです。具体的には「新ざらし」では歌・箏・三弦を、「六段調」では箏(本手・替手)・三弦を、「乱輪舌」では箏(本手・替手)を一人で担当しています。
 この企画だけでも、もうかなりぶっ飛びなわけですが、ちょっとそれを知った上で、ジャケットを見てくださいよ。ほら、恐いでしょ(笑)。シュールすぎる。
 ある意味、この企画は反則ですよね。特に邦楽の世界においては。独特の間や空気を大切にする邦楽において、重ね録りというのはアンチテーゼです。録音という行為自体に違和感を抱く演奏家も多くいます。しかし、そんな理屈やらなんやらを完全に超えて、これは確かに「至芸」に違いありません。完璧すぎて気持ち悪いくらいです。
 このレコードには、中能島さんと平野健次さん、柴田南雄さんによる充実した鼎談が付いているんですけど、その内容がまた興味深い。中能島さんがこの企画にいかに臨んだか、いかに苦労したかを知るだけでも、「至芸」「人間国宝」の領域を垣間見ることができます。ジャンルとか、テクノロジーとか、評論とか、流派とか、オリジナル楽器がどうとか(実際、中能島さんは迷いなくナイロン弦を使っています)、そういうことを完全に超越したところの「もの」があるんですね。そう、本当の芸術家って、「コト」化ではなく、新しい「モノ」の創造をするんですね。なんだこりゃあ、っていう「もののけ」を。自然とか世界とか自分とかいう得体のしれないモノの上にあるモノ。それを示されたらこちらはどうしようもありませんね。
 「六段」も「乱」も、それはそれはすごいんですけど、やっぱり「新ざらし」でしょうか。「さらし」ものはいろいろなヴァージョンがあるんですが、ここでは中能島さん自身が編曲(作曲)をしています。特に箏と三絃のカデンツァのすさまじさは、これはもう狂っています。どこまで続くのか…このアイデアと、テクニックの泉は絶えることがないのか…。
 前の記事にも書きましたが、中能島欣一さん、箏は当然ですが、三弦と歌も超一流ですね。鼎談の中で、ピッチが正確だということが繰り返されていますが、それはもちろん西洋音楽的なピッチとは違います。それしかあり得ない瞬間瞬間のピッチであり、ピッチの揺れやずれであるわけです。まさに至芸。
 この、世界の音楽史、録音史の宝は、長いことCD化されませんでしたが、今は「中能島欣一全集」で聴くことができます。でも、高いんだよなあ。単品でCD化されないかなあ。アナログレコードで聴くのも一興ではありますが、やっぱり余計な揺れのない「デジタル」な「もののけ」も聴いてみたいですね。しっかし、すごいわ。買っておいてよかった。若かりし自分よ!GJ!

Amazon 中能島欣一全集

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コメント

今度お邪魔したとき、ぜひ聴かせて下さい。
レコードの揺れ大歓迎ですので。

投稿: 渡辺敏晴 | 2007.06.21 09:02

敏晴さん、どうもです。
当日よろしくお願いします。
うまくCD化できましたら、お持ちします。
五英治さんにもさしあげようかな。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.06.21 13:22

庵主さん、こんばんは★
今日は驚かせちゃいました;実は予想外の動きでして。
“WELLCOME”キャンペーン終わったらぜひ欲しいです(笑)

中能島先生、母も何枚かレコードを持っていましたが、
残念ながら数年前、焼失してしまいました。
太田市での演奏会、母も行けたらいいのに・・と残念がっていました。
明日、頑張ってくださいね!
都内などでもありましたらまたお知らせください。

投稿: くぅた | 2007.06.23 23:31

くぅたさん、びっくりしましたよ。
WELLCOMEは一本仕入れときます。
このレコードぜひお母様にも聴いて頂きたいです。
昨日CD化しましたので、今度差し上げます。
今日は勉強してまいります。
では、また。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.06.24 05:50

初めまして。私、岡山に住む一音楽ファンです。
CD『箏曲 中能島欣一の至芸』を入手したいと思い検索していて、貴ブログに出会いました。当該CDは現在は市販されていないようです。是非聴いてみたいのですが、富士山蘊恥庵庵主さん、お聞かせいただくことは可能でしょうか。

投稿: 岡山の若冲 | 2008.07.26 09:53

岡山の若冲さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
CDの件、のちほどメールでお答えします。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.07.26 10:09

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