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2007.06.21

『歌謡曲の構造』 小泉文夫 (平凡社ライブラリー)

Kouzou 歴史的、画期的名著です。本当に面白くて面白くて、二度繰り返して読みました。
 西洋音楽一辺倒の日本の音楽研究、音楽教育界に疑問を持ち、世界各国の民族音楽をベースに、日本古来の旋律や音楽的技法、さらにはそれらの影響下にある現代の(当時の)歌謡曲をも研究対象にしてしまった小泉文夫さん。今でこそ、東京芸大に「小泉文夫記念資料室」なんかができていますが、当初周囲の嘲笑や反発はものすごかったようです。それはそうでしょう。たとえばこんなこと言い出したんですから。本書の冒頭にあるインタビューから抜粋します。

(小泉)…音の数で五音、七音というと何となく五の方が数が足りないから未発達で、七の方が数が多いから発達した音楽だと、非常に大勢の日本人が漠然と考えていますけど、これは大間違いなんです。
−すると日本は音楽の先進国ということになりますね。自信が湧いてきました。
(小泉)歴史的にはそうなんです。
−では西洋は対位法やハーモニーがまだ残っている、音楽の野蛮国という理屈になるわけですか。
(小泉)それは西洋が急激に数百年で高度成長した民族だからですね。ヨーロッパのゲルマン民族は、ついせんだってまで確かに未開人だった。

 日本の音楽教育、音楽研究は、周知の通りゲルマン流に行われてきたわけですから、まあ、いきなりバッハやブラームスが野蛮で、演歌が高等だと言われたら、そりゃあ普通の人はびっくりするか呆れるか怒るかするでしょう。しかし、たとえばこの本を読むと、小泉さんのこうした発言にも一理ある…どころか、ほとんど正しいと思えるにちがいありません。
 昨日も書きましたが、私もようやく成熟してまいりまして(笑)、そうしたハーモニーに頼らない音楽的な表現、すなわち心の機微を音で表現するということに、理解と共感が及ぶようになりました。思えばずいぶん時間がかかったなあ…。
 テトラコルド(4度音程)の中を、西洋音楽ではほとんど固定した二つの音で埋めるのに対し、ほとんど無限の選択肢を持った一つの音で埋めるのが、日本をはじめとする多くの民族音楽の特徴です。その一つの音をどうコントロールするかというのが、そうした音楽の面白さなんですね。
 小泉さんは、テトラコルドを「民謡のテトラコルド」「都節のテトラコルド」「律のテトラコルド」「琉球のテトラコルド」という四種に分類し、さらにそれらを組み合わせることによって、日本古来の旋律や響き、さらには軍歌や演歌、歌謡曲を分析していきます。さらにそこにディナーミックや発声法、アクセント、ヘミオラ、ヴィブラートやメリスマ(こぶし)と言った観点も加えられて、いかに日本の大衆音楽が高度な表現力を持っているかが明らかになっていくのですが、私はその過程に、はっきり言って興奮してしまいました。それにしても、俎上に乗っている名曲たち(コテコテの演歌からピンクレディーまで)の濃いこと濃いこと。あらためて、すごい時代でしたなあ。
 小泉さんの著書の中でこの本は比較的読みやすいものでしょう。インタビューや講演録が中心だからです。私にも実に分かりやすかった。繁下和雄さんの解説もたいへん勉強になりますし、巻末の岡田真紀さん編の「年表・戦後ヒットソング小史 音階分類にみる時代の流れ」も圧巻です。歌謡曲やJ-POPに興味ある方は必携でしょう。そして、クラシックファンにもぜひ読んでいただきたい。勉強になります。
 小泉さんは1983年に56歳という若さでお亡くなりになってしまいました。西洋音楽をたっぷり研究した末に、53歳で突如演歌に目覚めたという小泉さん。ある意味、歌謡曲の全盛期での引退あったわけですが、ちょうどその後に現れたJ-POPという世界を、小泉さんはあちらでどのような感慨を持って聴いていらっしゃるのでしょうか。小泉さんの有名な予言があります。「四七抜き(日本の音楽と西洋の音楽のせめぎ合いから生まれた折衷的な音階)から二六抜き(日本の伝統的音階)へ」…これは、恐ろしいほどに的中しています。今のJ-POPの実に多くが西洋的ハーモニーの上に二六抜き音階を展開しています。小泉さんが待望した長調の二六抜きも、「島唄」や「涙そうそう」を挙げるまでもなく、今やヒットチャートの主流になっていますね。
 ただ、小泉さんが想定しなかったのはラップでしょうか。基本的に音階のないリズムだけの歌、いや、歌ではなくそれは語りなのでしょうか。それははたして音階を超越したものなのか、それとも、音階的アイデアの枯渇の結果なのか、それとも「読経」や「声明」、「地口」といった伝統文化の発展形なのか、それは私にはまだわかりません。

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