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2007.05.28

『うるさい日本の私』 中島義道 (新潮文庫)

Urusai  『〈対話〉のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの』 で私の心をさんざん乱した中島センセイの代表作を読むはめになりました。ちょっと事情があって生徒と日本の音環境(騒音文化…中島センセイは文化騒音と言いますが…やサウンドスケープ)について勉強することになりまして、その重要参考人、じゃなく重要参考書として登場願ったわけであります。
 そして再び心千々に乱れちゃったのでありまして、う〜全く中島センセイは罪な人です。
 「対話のない社会」でもかなり暴走してましたけど、こちらはもっとすごかった。あらゆる所に出向いて改善要求をします。
 自治体、鉄道会社、デパートから、幼稚園、宗教団体、さおだけ屋…。内容は、海水浴場での注意放送、美術館でのメガホンによる誘導、エスカレーターや動く歩道の注意放送、駅の構内放送、電車やバスの車内放送、デパートやスーパーなどの宣伝放送、銀行のATMや駐車場のテープ音、商店街や行楽地のBGMや有線放送などをなくせ!あるいは大幅に削減せよ!ということです。
 ふぅ…、で、中島センセイ孤軍奮闘するんですが、なかなか要求が受けいれられない。そりゃあそうでしょ。でも、一部では「改善」がなされ、鬼の首を獲ったかのように自慢気に報告する…。
 これじゃあ、単なるクレーマーではないか、『悲鳴をあげる学校』に出てくるイチャモン野郎たちや、あるいは『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』のあの狂った親子みたいなもんだ、と片づけられればある意味こちらは救われるんですけどね。そうならないから、腹を立てたり自分に災厄がふりかからないようにと祈ったりするだけではすまされないから、心乱れる。
 ものすごい違和感があって、ものすごい不快感があるのに関わらず、考えれば考えるほど相手が正しくなってしまい、こちらの実感に自信が持てなくなってしまう。理論武装して闘おうとしても、相手の武装の完璧さばかり見せつけられてしまい、じゃあとばかりにゲリラ戦に持ち込もうと思うと、それはすなわち相手の術中にはまることになり、自ら負けを認めざるをえなくなる。辛いっす。
 私はこの日本の「文化騒音」は「騒音文化」だと思っていますし、それを生む日本文化の土壌も基本的に自分に合っているので、なんの不快感も持たず、場合によっては「面白いな」と観察対象にしてしまうほどなので、とにかく中島センセイとは議論がかみ合うわけありませんね。で、センセイはそういう無頓着な加害者であるワタクシたちを言葉を極めて糾弾するので、それは腹が立ってくるんですよ。お前こそうるさい!と。
 しかし、どこか「カワイイ」ところもある中島センセイ。そこがまた憎いんですよね。自らをドン・キホーテと称していますし、実は辛いんだと弱音を吐くときもある。花粉症が辛いように音アレルギーも辛いだろうな、と同情したくなる部分も多々あります。
 でもなあ、でも、やっぱり何かが違う。その何かとはなんなのか。センセイは最終的には「察する」文化よりも「語る」文化を!といういつもの結論に至るんですが、そう、私にはとっての「語る」は「モノ」の「コト」化そのものですからね、なんでも「語る」というのにはやっぱり私は反対です。自己中心的なガチンコは嫌いですので。
 な〜んて、こんなふうに、悩み、考え、思いを馳せ、自分の実感、他者の実感と闘い、なんとなくを論理的に説明しようとしすること、それがすなわち「哲学」でありまして、それこそまんまと中島センセイの術中にはまって、みんな哲学者しちゃってるわけでしょ。哲学が根付かないこの日本に、こうして哲学の種を分かり易い形で蒔こうとしているドン・キホーテは、なかなかの巧者でありますな。
 私が中島センセイを心から嫌いになれない理由は、まあそんなところに存するのでありますが、別の意味でそのことを確認できたのも、この本の収穫でした。そう、文中に私の敬愛する方が「お仲間」として登場していたからです。
 それは、まず鈴木孝夫大明神様。なにしろ大明神様ですからね、実際じっくりお話しさせていただきましたが、彼も偉大なドン・キホーテでいらっしゃいましたよ。ただ、ものすごくユーモアに溢れていて、正直「カワイイ」。はっきり申して「超萌え〜」でした。そんな経験がありますから、もしかすると中島センセイも一緒に呑めば、自分にとってものすごく魅力的な人になりうるのかなあ、なんてことも妄想されます。たぶん、そうなんでしょうね。
 あと一人、チェンバロ製作家の横田誠三さんも中島さんのお仲間なんだ。横田さんとも昔はよくお会いしてお話する機会がありました。彼もまた大変ユニークで魅力的な方です。なんとなく横田さんが「文化騒音」嫌いだというのも分かりますよ。そういうお仕事をされているわけですし。
 と、こんな感じで、いろんな意味で心乱れさせられました。続いて「うるさい日本の私…それから」を読んでいます。これもまたすごいんですよ。また報告します。なんだかんだ言って中毒に、いやファンになってるかもしれない…いやいや、やっぱり嫌い…。

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