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2007.05.23

『奇想の系譜』 辻惟雄 (ちくま学芸文庫)

Kisounokeifu こちら『こんなに楽しい江戸の浮世絵』の記事で軽く登場願った辻先生ですが、実は本当にとんでもなく偉大な方なんですよね。今日は辻さんの歴史的名著を再読いたしました。
 す、すごい。すごすぎる。なんだかカッコいいぞ、辻先生。昨日の流れで行くと、辻さんはオタクじゃないなあ。でも、学者としてくくってしまうのもなんだか。
 全体を見渡した上で、埋もれたものを発掘するというのは、かなり難しい作業です。オタクや学者のような微視から入るやり方ではムリですね。ですから、どちらかというと表現者に近いかもしれない。芸術家たちが言うじゃないですか。もともとあるものをつかまえるだけだって。
 とにかくこの本はあらゆる意味でバイブルです。初版が出てからもう30年以上経っているんですよ。しかし、まった色褪せないどころか、近年ますます輝きを増しています。いったいどれほどの研究者やアーティスト、鑑賞者たちに影響を与えてきたのでしょう。
 ここで採り上げられている画家は、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳などです。この本が発表された時、いったいどれほどの人が彼らを知っていたでしょうか。彼らの絵を観たことがあったでしょうか。
 今となっては、岩佐又兵衛や伊藤若冲はもちろん、他の人たちもある意味日本美術史上の人気者になっています。辻さんのこの本がなければ、こういうことにはならなかったかもしれない。少なくとも数十年、彼らは埋もれたままだったでしょう。そうすると、今アートの世界やサブカルチャーの世界で活躍する、あの人もあの人も、あの作品も生まれなかったかもしれない。ちょっとゾッとしますね。それほど辻さんは画期的なことをしたわけです。
 そして、その名著が3年ほど前に文庫になって手に入れやすくなったわけです。以前は手に入れたくとも高くて手が出ませんでしたからね。私も大学の図書館でむさぼるように読んだものでした。
 パンクなもの、カルトなもの、エキセントリックなもの、エログロやナンセンスは、「異端」として片づけてしまうのが一番簡単です。そうしてこちらも納得させられれば、それなりに安心というものです。場合によっては貶め無視していればいい。しかし、それを巨視的な立場から正統(のすぐ隣)に引き戻し、一般にもそれを納得させるというのは、これは並大抵のことではない。もちろんそれなりの学術的な裏付けが提示されなければならない。私のような、単なるお変人が奇を衒って妙なことを言っているのとは、ちと、いやかなり違いますね。ああ、恥ずかしい…。
 このたび久々にこの名著を読み直してみたんですが、そうですねえ、インパクトはやっぱり若冲かなあ。でも、やっぱり若冲自身には「オタク」を感じちゃうんですよね。ああそう言えばこの記事にもそんなこと書いてたな。非常に微視的。局所的。しかし、昨日も書いたように、オタクは最終的に悟りますので。実際、若冲はオタクしながら仏門を志していたわけですし。こういうアプローチの仕方もある。
 で、現代のオタクたちの作品というか、オタクたちが鑑賞している作品も、又兵衛や若冲が数百年後に辻さんに発掘されたように、天才的な研究家によって再発掘されるんでしょうね。そして、ようやく正統の座を獲得するのかもしれません。きっとそうだ。そうして文化の系譜はつながっていくんでしょうね。
 そう考えると、この本で採り上げられている人たちや、現代のカルトなサブカルチャーは、やっぱり前を走りすぎてるのかなあ。数百年も先を。凡人が理解するのに数百年かかるということでしょうか。そう言えばバッハもそんな感じだったなあ。彼もオタクですから。
 そう、微視を極めていくタイプって、結局巨視タイプの誰かの助けを必要とするんですね。時代を超えた両翼によるコラボレーションによって、ようやくその価値が完成するのかもしれません。うん、文化ってそういうものなのかもしれませんね。決して個人だけでは成立しない。そう考えると、オタクも自立を企てちゃいけないってことですね。もっと孤立しなくちゃ(笑)。
 というわけで、またとんでもない方向に行っちゃいましたけど、とにかくこの歴史的な名著は一家に一冊あってもよいかと思います。図版多数。ただしモノクロなので、いやモノクロだからこそ、ホンモノを観たくなりますよ。私も何年かかけて、実物に会っていこうと思っています。

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