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2007.04.06

『原典 ユダの福音書』 (日経ナショナル ジオグラフィック社)

The Gospel of Judas
Judas 今日は「聖金曜日」。キリストの受難の日であります。例年ならバッハのマタイやヨハネを聴くところですが、今年はこの日のために取っておいた本を一気に読んでみました。
 先日教会にお邪魔し、受難節にちなんだコラールのコンサートをしました。それを機に、久しぶりにマタイの福音書による受難の物語をしっかり読んだのですが、やはり私は、その中のユダに関する記述に違和感と言うか、別の可能性を読み取ってしまったんですね。心を空っぽにして読めば読むほどに、単なる醜悪な裏切りの話ではなく、不思議と甘美なウソの匂いがしてくるんです。特にユダの自殺のシーンはおかしい。あれはどこかとってつけたような感じ、あるいは何かを変形したような感じを与えます。
 以前からのそうした疑問に対する一つの答えがこの「ユダの福音書」にありました。ユダの裏切りはイエスの指示だった…この衝撃的な福音書の発見譚と、その内容については、昨年こちらに書きました。今回原典、つまり本文(の日本語訳)を読んでみたわけですが、感想はその時とほとんど変わりません。鳥肌が立つような興奮ですかね。ま、ことがこと、ものがものなだけに「萌え〜」とは書きにくいところですが、やはり萌えますなあ、こういうの。
 特に、「〜追え」では知りえなかった本文のムードといいますか、独特の空気感はたまりませんね。特にイエスがユダに宇宙の生成について語るところはたまりません。

 『イエスは言った「来なさい。いまだかつて何びとも目にしたことのない秘密をお前に教えよう。それは果てしなく広がる御国だ。そこは天使たちでさえ見たことがないほど広大で、一つの目には見えない霊がある。そこは天使も見たことがなく、いかなる心の思念によっても理解されず、いかなる名前でも呼ばれたことがない…』

 ほらね、はじめに「ロゴス」があったんじゃない。このあとの部分では「混沌」らしき言葉も出てきます。まあ、神話の書き出しというのは大概こんな感じですし、科学的にわかっている宇宙の生成も似たようなものですが。このあと、ユダの福音書では、輝く雲の中に星が生まれるというような記述が続きます。とってもきれいです。そして最後の部分、これは思わずぞっとせずにはいられませんねえ。まず、イエスがユダに自らを裏切るように指示します。そこにはこのような言葉が記されています。

 『お前は真の私を包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子たちを超える存在となるだろう』

 イエスは自らの教えの完成のためには、受難が必要であると考えていた。それを成就させるためには一芝居打たなければならなかったわけです。そこで、最も信頼できる弟子、そして友人でもあったユダに大役を任せたわけです。そして、ユダは愛する師、そして人類のために決意したのでしょう。この部分の記述も物語として実に美しい。

 『…(イエス)「さあ、これでお前にはすべてを語ったことになる。目を上げ、雲とその中の光、それを囲む星々を見なさい。皆を導くあの星が、お前の星だ」ユダは目を上げると明るく輝く雲を見つめ、その中へと入っていった。地上に立っていた人々に、雲の中から声が聞こえた。声は言った。大いなる世代…像(欠落)』

 う〜む、まるでアニメの最終回だ(不謹慎かな)。かっこいいぞユダ!そしてイエス。このあと、普通に裏切りのシーンがあり、そこでこの福音書は終わっています。受難のシーンや復活はありません。あっ、ちなみに有名な接吻はありません…王仁三郎の言うことはやっぱり正しかったのかな(笑)。
 どうでしょう、非常によくできた物語ではないですか?ユダの不名誉は一気に最高の名誉になるわけです。そして、イエスの受難はユダの受難によって成就していることになる。ユダの受難を前提としてイエスの受難があるわけです。私はこちらの方が好きだなあ。パッションは決してパッシヴではなく、実はアクティヴであった!
 さて、この本の大部分は詳細な解説です。それを読むと、結局この福音書はグノーシス派の一文書に過ぎず、これによって、キリスト教世界が変るとか、歴史が変るとか、政治や経済が変るとかいうことはないと分かります。非キリスト者の私も、どちらかというと「物語」としての面白さに対して無責任な感想を書いているわけで、信仰や学術とは別次元。もちろん真偽を問うなどという野暮なことはしません。
 ただ、前の記事でも書きましたように、私はこの新しい物語によって救われた気がするんです。ユダ自身や、イエスを磔刑に処した人々や、ユダヤ人全体や、イエス自身や、イエスの受難や、あるいはキリスト教のある種醜い部分が、全部この物語によって救われる。それを見届ける自分も結果として救われるような気がするんでね。ですから、私にとっては、マタイよりもヨハネよりもルカよりもマルコよりも、ユダの福音書の方が真の救いの物語のような気がするんです。
 私個人といたしましては、皆さんにもぜひ読んでいただきたいのですが、まあ、このトンデモ書を受けいれられるかどうかは、その人の頭の柔らかさ次第ということで。

Amazon 原典 ユダの福音書

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