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2007.03.28

Salyu(+小林武史&一青窈) 『TERMINAL』

Terminal 素晴らしいアルバム。感動的だったデビューアルバムよりいい出来です。ずばり名盤だと思います。でも、そう言い切ってしまう自分のセンスに、最近自信が持てないんですよ。これは本当に感動的な音楽なのだろうか。いい音楽なのだろうか。ただ、どうしようもなくこういうのが好きな私がいるんです。小林武史という音楽家は本当に罪なヤツです。
 実はですねえ、小林さんにとっては名誉なことかもしれないんですが、こういう個人的な不安というのは、ビートルズに対しても持っているんです。あの、ビートルズにですよ。神に対する不信感ですよ。いや、そんな下衆の直感はすぐに忘れればいいんで、そうすれば、やっぱりいいなあ、と思えるんです。でも、なんていうかなあ、どこか作られた感じがする…ちょっと違うなあ、なんだろう。
 確信犯っていうのかなあ。最初から名作を作ろうというのが見え見えなんですかねえ。体の奥底とか魂の中心とかから、衝動的に生まれるべきモノなのに、そうじゃなくて頭の中で作られた音楽のような気がするんですよ。失礼かもしれませんが、ちょっと最近そういうことを感じるようになってきたんです。
 私のいつもの言い方ですと、「モノ」じゃなくて「コト」の音楽なんですね。ものすごくよく造形されているし、それはある意味職人的であり、お見事!と言いたい音楽です。そのへんに溢れる商業的なゲテモノとは比較にならないほど、クオリティーは高いですよ。でも、何かが足りないような気もする。
 小林さんの仕事って、どこかデジタル的な感じがするんですよ。いや、音自体は昔も今もアナログチックですよ。そういうことではなくて、なんていうかなあ、完璧すぎるというか、ある種無表情な感じもするんです。
 ちょっと話がSalyuさんからそれちゃいますけど、あのレミオロメンの「HORIZON」なんか、まさにそのサンプルのような感じですよね。彼らの生々しい、粗削りだけれど心のこもった詞や曲や演奏が、小林さんによって見事にソフィストケイトされちゃいましてね、なんか魅力が半減してしまった。
 今思うと、ミスチルもそういう感じが強い。彼らのもともと持っていたフォーク色のような、そうやっぱり田舎臭さかな、それが全くなくなってしまった。まあ、だから売れたんでしょうけど。サザンの桑田さんみたいに、コバタケ以上の個性があればね、ちょうどいい具合になるのかもしれませんけど。
 さて、話はようやくSalyuさんに。相変わらず彼女の声は魅力的ですし、うまいと思います。でも、だからと言って、心に響いてくるかというと、ちょっと物足りないとも言えます。72分間、彼女は一生懸命歌い続けます。曲がいいですから、決して飽きたりしないですし、ある意味快感を与えてくれますが、涙が出るほどではないんですね。まあ、最近美空ひばりとか聴いてるからかなあ。もっといろいろな表現があってもいいような気がするんです。
 言葉と歌の最も幸せな共同作業という意味において、全然こっちに来ないんです。それって、まさにひばり節に実現してるんですけどね。だから、Salyuの声は楽器のようにしか響かない。一青窈の書く詞(詩)の世界はなかなか良いと思いますし、何度も言うようにコバタケの曲も完璧なんですけど、それぞれがバラバラな感じがするんです。
 難しいところですね。私は偉そうなことを言える立場ではありませんが、小林武史という人は本当にアーティストなんでしょうか。本当に大好きですし、尊敬してるんですけど、なんで最近の私はこんなことを思うんでしょうねえ。
 ん?やっぱり、歌い手の消化不良なのかな。急にそんな気がしてきました。楽曲に負けてるのか!そうかもしれないなあ。んんん…名盤なのに、なんでこんなに苦しいのだろう。
 しかし、確実にSalyuは前に向かっているとも思うのでした。「故に」に聞こえてくる、よな抜きな響きは、意外にも彼女にマッチしていました。ああいう曲をもう少しひばりさんみたいに唄えたらなあ。なんて、酷な要求ですかね。
 まあ、とにかくめちゃくちゃクオリティーの高いアルバムですから、じっくり聴いてみますよ。そして、感じたり考えたり、自分なりに頑張ってみます。自分も音楽表現者のはしくれとして、避けて通れない部分ですので。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

「そう! そうなのよ!」と、思わず庵主様の手を取りたい心境です。

 故 岡本太郎画伯の言葉にある通り、芸術の本質とは「なんだこれはっ!?」であり、生き死にのような訳のわからないものへの問いかけだと思うのですが、小林氏やビートルズの音楽には、そういった不可解さは皆無です。超絶的な客観力で組み立てられた作品群には非常に感心させられることしきりですが、どこか凄みが感じられないというか、素っ気ないというか。素晴らしい作品であることに間違いはないけれど、どんなシチュエーションでも、その音楽の印象は変わらないです。毎度音楽の作り方に感心させられてしまい、肝心の音楽そのものが持つ主題が見えなくても気がつかないほどです。
 逆にそこが広く受け入れられる要因だとも思いますけれど。

投稿: LUKE | 2007.03.30 04:29

LUKEさん!素晴らしいコメントをどうも!
なんか同じようなことを考えてらっしゃる方がいたというだけで、本当にホッとしましたよ。
音楽のあり方というのは非常に多様だし、いろいろ決めつけられないのは当然ですけど、なんか最近年取ったせいでしょうか、以前より魂に響く音楽を求めるようになってます。
モノノケが減っちゃいましたからねえ、どの分野も。
かと言って、自分には才能もないですし、結局誰かがやってくれるのを待つしかないんですね。
天才が現れないかなあ…。
この記事書いてから、ちょっと思うところがあって、(あえて)ビートルズのLIB Nakedを聴いてみたんですけど、それなりにモノノケも感じることができました。
そのへんに関しては、近いうちに書きますね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.03.30 14:56

蘊恥庵庵主さま、こんにちは。
ご無沙汰しておりました、お久しぶりです。
蘊恥庵庵主さまの記事を拝見させていただきながら、私もLUKEさんと同じように、画面の前で思わず大きく何度も頷いてしまいました。
私も個人的に小林武史さんの音楽は好きな範疇にあるのですが、(ミスチルは勿論のこと、岩井俊二監督ものの映画が大好きでして、Charaのスワロウテイルのアレンジなどから、小林さんワールドにはもうどっぷりきていたのですが、レミオロメンの「エーテル」を初めて耳にした時にも思わず「これはまさしく小林さんだ」と思ってしまいました。ただ「エーテル」に関しましては、蘊恥庵庵主さまのおっしゃるように、レミオロメンの田舎くささが小林さんのアレンジに勝っていたのだと私も思います。それが、「HORIZON」では完全に小林さん色に塗りつぶされている感じがしてしまいました。小林さんの手掛けるアレンジに感動する部分も確かにあるのですが、心を一瞬でさらっていく、もしくは深いところまでグッっと食い込んでくる、という音楽かと言われましたら、私にとりましても「作られた」「意図された」というところがどうしても見え隠れしてしまい、何度も何度も聴き込みたい、耳から離したくない、という風には思えないのです。
レミオロメンの音楽に対しても、情熱が薄れかかってきているのは、この辺りのことが起因してきているように感じてしまう部分もありまして・・・。そっと見守って大切にしていきたいという気持ちも勿論まだあるのですが。
また長文を失礼いたしました。思わずまた長々と書き込んでしまいました。

投稿: 工藤 | 2007.03.31 21:49

工藤さん、こんばんは!
こんなに私の独り言に賛同していただけるなんて。
どうしようか迷ったんですけど、書いて良かったと思いました。
このあたりの事情、特にコバタケさんの件に関しては、
もちろんワタクシたち以上にレミオロメンの皆さんはよくわかっていると思います。
さっき、本屋さんで彼らのインタビューをいくつか立ち読みしてきました。
やっぱりいろいろ感じているようです。
とにかく天才コバタケの引き出しの多さにびっくりしたと。
でも、なんか違う、ということに気づいて、アイランドに至ったと。
そして、茜空はある意味原点回帰という感じですね。
藤巻くんとしては、もっといろいろやりたかったみたいですけど、
みんなにストレートで行こうと言われたみたい(笑)。
あのビートルズでさえ、陥ってるんですよ。
音楽って聴かれてなんぼの世界ですから、必ずあります。
バッハやモーツァルトもそういう音楽をちゃんと書いてますし。
難しいですね。
こちら側の問題という気もしますし。
でも、こちら側もわがままなもので、もっと売れてほしい、知られてほしいと思って応援するんですよね。
でも、いざ売れると…。
私も何度もそういうことを繰り返してきました。
音楽に限らないのかもしれませんね。
万人を満足させるのは難しい。
ただ、あり得るのは、今認められなくてもいい、という姿勢です。
こういう商業的な時代に、それは難しいんですが…。
本当にいろいろ迷います、私自身も。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.03.31 22:14

 そう言う私も、自宅のオーディオを調整するときは、ちゃっかりスワロウテイルのテーマを使っていたりしてね。結局好きなのよね。でも癪に障るんだよな。(笑)さて、

>万人を満足させるのは難しい。

 ご存知とは思いますが、モーツァルトのお言葉。
「私の音楽は、専門家も満足させると同時に、大衆をも魅了することが出来る。」
ここら辺が天才と化け物の違いのような気がします。
 高度な芸術は、鑑賞する側にもそれなりの力量を強いります。時には観客が置いてけぼりになることも。でも、モーツァルトのように突き抜けたお人の作品は、高度でありながら万人をも巻き込む懐の大きさがあって、圧巻するしかないわけですが、あれ? 何が言いたかったのかな?(笑)
 ヒントがありそうな、そう思って覗いたら深い闇だったような...。

投稿: LUKE | 2007.04.02 03:05

LUKEさん、おはようございます。
なんか同じようなことやってますね(笑)。
スワロウテイルはアナログレコードで聴きたいなあ。
天才と化け物の違い、その通りかもしれませんね。
「モノノケ」なんですよ、想像を超えちゃってて。
どの分野にもそういう人が100年に一人くらい出る。
そうすると、やっぱりコバタケは職人さんなんですね。
彼のやってるのはオシャレな民芸ってことですか。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.04.02 04:39

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