『ことばの歴史学』 小林千草 (丸善ライブラリー)〜なにげに
源氏物語から現代若者ことばまで
とりあえず図書室でさくっと読んでみました。なにげに面白かったっす。
…という書き出し、それほど違和感ありませんね。さすが平成軽薄体の不二草紙です。「なにげに」「とりあえず」「さくっと」、これらの言葉は、この本の後半で現代若者ことばとして採り上げられ、サンプルを集められ、分析されています。たしかにこれらの言葉、今ではすっかり市民権を得て、辞書にまで載るようになっていますけれど、この本が書かれたおよそ10年前には、かなり新しい感じを与えるものでした(「とりあえず」は少し古いけど)。
私は仕事柄でしょうかね、若者ことばの洗礼を受けながら毎日を送っていますので、年齢の割にはこれらを早いうちから使えるようになった方だと思います。それでもいろいろな新語については、自分で辞書を編纂するとした場合、どういう解説を加えようか、案外迷うものもあります。たとえば先ほどの「なにげに」。これはなかなか難しい。そして興味深い。皆さん、はっきりと他の言葉で言い換えられますか?
この本でも大変多くの使用例が大学生を通じて挙げられているんですが、微妙にニュアンスを変えながら広範に使われているようで、結局定義的な結論は出ずじまいです。語源的には、「さりげなく」→「さりげに」という変化からも想像されるように、「なにげなく」→「なにげに」だと思っていたんですけど、どうもそれほど単純ではないようですね。ちょっと意外だったのは、ある大学生が「山梨の祖母が使っている、甲州の方言なのではないか」と報告していたことです。この情報は初耳です。地元民として、私も調べてみようかと思いました。とにかく「さりげなくの誤用」という最近の定説を疑うところから始めたいですね。
私の感覚から言えるのはですねえ、「なにげに」の背後には、誰かにとっての「想定外」というニュアンスが存在するということです。「なにげに美味い」とか「なにげによく出来た」などは、自分にとっての「想定外」「予想外」ですし、「なにげに宿題やっちゃったもんね〜」なんていうのは、相手にとっての「想定外」だと思います。「あいつなにげに寝てるし」は全体の空気にとっての「想定外」という感じがします。「なにげにカッコよくない?」「なにけに驚いた」「なにげに気合い入った」「なにげにへこんだ」…いつもの私の論的には「モノ」性を帯びた言葉と言えるかもしれません。自分の意志とは別の力が働いている。そういう意味でもとっても興味あるんで、もうちょっと深く研究してみたいと思います。
さて、この本ですが、前半はおそらく一般の読者の皆さんには、とっても退屈だと思われます。私のように「ことばの歴史学」を専門にやってきた者でも、なにげに眠くなりましたんで(笑)。まるで大学の講義のようで(ってほとんど大学の講義そのものらしいのですが)、分かりやすく説明してくれているんですが、なにしろマニアックすぎます。後半の若者ことば編を頭に持ってきて、歴史をさかのぼっていくという形式の方が読者にとってはよかったかもしれません。
最後にこの本を読んで再確認したことを。私はやはり、なんでもかんでも「言葉の乱れ」で片づけてしまう「思考の乱れ」には陥りたくないですなあ。今までも記事の中でたくさん書いてきましたが、「言葉の変化」には必ず理由があり、そこには「必要性」も必ずあるんです。一時の流行で終わるものは別として、定着していくものに対しては、頑なに拒否するのではなく、素直に受け入れていくべきだと思います。まあ、これは言葉に限らず、全ての事象にあてはまりますけどね。特に音楽や美術の歴史をふり返ってみると、変化を乱れで片づけることの愚かさが分かるでしょう。もちろん、それぞれの変化の現場においては、抵抗勢力の存在にも大きな「意味」があるわけですが…。
そのへんに関しては、こちらの清少納言さんと私のコラボレーションがいろいろと参考になると思います。
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