『石田徹也遺作展』 (焼津市文化センター)
こちらで一度紹介した石田徹也の絵を、実際に観る機会を得ました。あまりの衝撃に目も体も釘付けになり、あふれ出す涙をこらえるのに精一杯でした。これほど心の奥まで何かがしみ込んでくる経験は久しぶりかもしれません。
今日は法事のため、私の生まれ故郷である静岡県の焼津市に来ています。墓参りをすませ、向かったのは焼津市文化センター。たまたまこちらで石田徹也遺作展が開かれているとの情報を得て、両親も含めた家族みんな心を踊らせて同センターの展示室に入りました。
会場は多くの老若男女でいっぱいでした。しかし、その雰囲気は、なんというのでしょうか、簡単に言ってしまえば皆固まってしまっているというか、非常に不思議な空気に包まれていたのです。そして、私たちがその空気の中に入るのに数秒もかかりませんでした。
この心の動き、いや心の凝結は何なのでしょうか。いったい私たちは何に気づいて立ち止まってしまうのでしょうか。テレビで観た時にはこんなふうに書きました。
『天才です。でも、「夭逝の天才」なんて簡単にラベリングしてしまうのも憚られるほどの才能です。現代にこんな若者がいたこと自体信じられません。これほど自己と社会を冷徹に観察し、そして再構成して吐き出すことができるなんて。だから、彼の作品には「好き嫌い」を超えた「共感」がある。誰しもが、実は知りつつも目をつぶってしまっている自己と社会の実態が、微妙なペーソスやユーモアを伴いながら、切々とこちらに迫ってくる。彼の作品を観る人たちは、驚き、苦笑し、そして打ちのめされるのではないでしょうか』
今日彼の絵の実物と対峙して、やはり同じことを感じましたが、おそらく実物のみが伝え得る彼の精神そのもの、彼の苦悩そのものが、私たちを打ちのめしたのでしょう。非常に苦しかった。哀しかった。まさに自分の存在の本質を象徴している。そう、私たちはまるで鏡に映る自分を見るように、彼の絵を見ているのでした。
ウチの7歳の娘もまるで取り憑かれたかのように作品を凝視し、表情を固まらせていました。子どもでも何かを感じたのでしょう。出口に置かれた感想ノートに何か一生懸命書いていました。そう、子どもから老人まで、それこそ老若男女を同じ気持ちにさせる作品というのが、世の中にどれほどあるでしょうか。今を生きる私たち自身を、ある意味これほど写実的に描ききった作品が他にあるのでしょうか。
これは物の擬人化の逆、人の擬物化であるとも言えましょう。私の「モノ・コト論」的に考えてみますと、随意化すなわち「コト化」のために我々人類が逢着したこの科学技術文明や資本主義経済、それらによって私たちは自由や幸福を得たと幻想していますが、実は私たち自身は自己の不随意性の克服を果たしつつあるのではなく、より一層「モノ化」を推し進めてしまっているとも言えるかもしれません。そうした主客逆転の実相を、石田はあのような形、人間が機械や商品やシステムに取り込まれていくという形で表現したのかもしれません。
私たちがそこに感じる哀しみは、まさにその不随意さ不自由さに起因します。描かれた石田自身と思われる青年の虚ろな視線がそれを物語っています。便利さ快適さを求めて生み出した「コト」であるべきはずの物が、実は「モノ」そのものであって、私たちはそれにいつのまにか蝕まれ、より不安な不安定な存在になっているわけです。私たち人類の共通した、いや共同した幻想を見事に暴くのが、石田徹也の作品なのでしょう。
こう考えてみると、遺作とおぼしき最後の作品が、ほとんど唯一の「モノ化」していない自画像であることは象徴的です。
とにかく、皆さん、一度生で御覧になってください。私は会場で画集を買いましたが、やはり彼の作品は生で見るべきです。単なる鑑賞ではなく、私たち自らが投影された、いや私たち自らがモデルになった作品の群れに戦慄すべきです。
そして、最後に一つ、私ならではのアドバイスを。彼の作品に対峙したなら、ぜひ片目をつぶってほしい。そう、私の提唱する独眼流裸眼立体視法です。すると、そこには…。彼の作品がますますこちらに迫ってきます。これは本当にぜひぜひお試しあれ。
なお、この遺作展は16日(金)まで開かれています。入場無料です。
Amazon 石田徹也遺作集
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