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2007.03.02

『十七歳の硫黄島』 秋草鶴次 (文春新書)

Ioutou 「右の腕はある。その先の指がない」…62年前の今日、秋草さんは敵の砲撃を受け負傷しました。玉名山の送信所が火炎放射を浴び壊滅状態になったことを、全身やけどを負いながら、南方空本部に報告にいく途中のことです。
 それまでも目を覆うような戦争の実態が克明に記されていますが、本当に悲惨だったのは、まさにこの後です。数日後、竹槍を渡されての最後の総攻撃の日を迎えます。そして玉砕。しかし、秋草さん自身も出演し語ったあのNHKスペシャル「硫黄島玉砕戦〜生還者61年目の証言」にもあったように、実際には彼らの闘いはそこで終わりではありませんでした。
 「人間の耐久試験」…まさに人間として、生物として極限の状況が、その後数ヶ月続くのでした。その部分については、とてもここに引用できるような内容ではありません。私は観ていませんが、「硫黄島からの手紙」には描かれていないであろう、硫黄島の真実がそこにあります。
 水も食べ物もない。もう自らの体に巣くう蚤や虱、傷口にわく蛆、そして負傷兵からしたたる血しか、口にするものがありません。そこに容赦ない米軍の火責め。戦争が両軍兵士たちの人間性を奪っていきます。
 辛い、辛すぎます。こんな私の感情すら、どこか軽々しく不謹慎な気がしてしまいます。こんな豊かな時代に、やりたいことをやってノホホンと生きている自分が、いくら戦慄し、共感し、心動かされても、きっと秋草さんの本当の体験をどれほども共有できていないと思います。
 しかし、この本には大きな大きな意味があるのです。そう、我々人間には、そうした記憶をあらゆるメディアを通じて継承していく力があるのです。それが個人レベルでいかに無意味に近くとも、メディアを通じて多くの人々がほんの少しずつでも共有していけば、それが結果として「語り継ぐ」という人間的な活動につながっていくのです。
 そういう意味で、この本は一級の資料であるとともに、大げさでなく人類の遺産になっていくでしょう。それほどに、秋草さんは自らの記憶を詳細に記録しました。彼自身が通信兵であったということもあるでしょう。そして、十七歳という非常に多感な時であったから、また、達観、諦念するにはあまりに若すぎたからでしょうか、自らの体験している状況を克明に記憶し、記録しています。それを読む私たちが、まるでその戦場にいるような錯覚を覚えるほどの鮮明さです。おそらく、どんな映画よりもリアルでしょう。どこまで編集者の手が入っているかわかりませんが、全体としてそういった臨場感にあふれる文体と内容です。
 非常に衝撃的であり、途中気分が悪くなるほどの記述の連続なのですが、どこか救いがあったのも事実です。私はそういう極限状態になった時の人間とは、もっと利己的で汚いものだと思っていました。もちろん、そういう事実も無数にあったのでしょうが、一方で、ようやく得た食料を分け合い、互いの体を気遣い合う、そんなシーンもたくさんあるのです。考えようによっては、死を覚悟すれば、逆にそういう境地になるのかもしれません。あるいは、それこそが日本男児の武士道精神として教育されているのかもしれません。しかし、いずれにせよ、そういう状況でも人間にはそういう心が残るのだという事実に、私は感銘を受け、また勇気づけられる思いもしたのでした。
 編集者の書いた「おわりに」の最後に紹介されている秋草さんの言葉、「どんな意味があったか、それは難しい。でもあの戦争からこちら六十年、この国は戦争をしないですんだのだから、おめえの死は無意味じゃねえ、と言ってやりたい」…なぜか、この言葉は、前出のNHKスペシャルではカットされたと言います。そこにはいろいろな事情があるのだと思いますし、NHKを責めるつもりはありません。しかし、やはりこの言葉こそが、秋草さんの最も強い気持ち、あるいは悩み考え続けた末の結論であり、亡くなった数万の兵士たちに対する、もうそれしかない弔いの言葉だと思うのですが。
 「おわりに」の後に続く、秋草さんの「謝辞」。死んでいく兵士たちの叫びがいつまでも消えません。「天皇陛下万歳!」「おっかさん」「バカヤロー!」「こんな戦争、だれが始めた」…。

Amazon 十七歳の硫黄島 NHKスペシャル 硫黄島 玉砕戦~生還者 61年目の証言~

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コメント

偶然今朝方、戦争の夢を見ました。日本で戦争をしていて、自分も戦地に明日出発という時、私が準備しながら1番心配しているのは、(1日分の着替えを持って行ってもいいかどうか)でした。どの世界に行ってもシャワーを浴びているしずかちゃんを思い出しました。私もとことん平和ボケしています。もっと過去の戦争を知らねば。。

投稿: カズ | 2007.03.03 13:55

カズさん、こんにちは。
それは私も全く同じレベルですよ。
こうしてこういう本を読んでも、またすぐに忘れてしまう。
人間はどうしてこうも忘れっぽいのでしょうね。
まあ、そのおかげで救われることも多いのですが…。
また、平和ボケできる世の中こそ、理想的なのかもしれませんしね。
いろいろ悩んじゃいます。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.03.03 14:37

送ればせながら映画『父親たちの星条旗』を観て、その後『硫黄島の星条旗』、『十七歳の硫黄島』、そして『硫黄島を生き延びて』と読みすすめています。『この本は一級の資料であるとともに、大げさでなく人類の遺産』同感です。筆舌に尽くしがたい体験であろう体験をこのような形で残して頂いた事に心から感謝しております。私は戦後生まれ。直接戦争を知らない世代です。この貴重の遺産を次の世代に何らかの形で伝承して行きたいと強く思いました。

投稿: ETCマンツーマン英会話 | 2013.04.19 11:22

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