『ブッダは、なぜ子を捨てたのか』 山折哲雄 (集英社新書)
今日は涅槃会。お釈迦さまのお亡くなりになった日です。ウチの学校は禅宗のお寺さんが母体になっておりますので、1時間目に特別の礼拝(らいはい…ですよ)をいたしました。
その中で、校長先生がお釈迦さまの子捨ての話をしました。お釈迦さまは、16歳で結婚しまして、29歳で初めての子に恵まれます。しかし、その子に「ラーフラ(障碍)」という名前をつけた上に、しばらくして家出をしてしまいます。出家というよりも家出ですね。で、家族も仕事もほっぽり出して、自分の趣味(修行)に専念してしまいます。ある意味ネグレクトですな。
なんでこんなことをしたのか。それはお釈迦さまにしか分からない。だから、正直、山折哲雄さんにも分かっていない。タイトルだけを見ると、その答えがそれなりに提示されていそうですが、それについての当時の文献があるわけでもなく、しょせんは「思いを巡らす」ことしかできないと思います。まあ、その思索の低徊の積み重ねが、仏教徒の生活の基本といえば基本とも言えますけど。
というわけで、山折さんのこの本のことを思い出しまして、今こうして記事にしております。読んだのは去年の夏ですね。その時はあんまり印象に残らなかったし、なんかいかにも売るためのタイトルだな、と感じたりもして、おススメするのはやめたのでした。でも、今日、校長先生のお話を聞いてちょっと思うところがあったので、この本もついでに紹介しておきます。
なぜ我が子に「ラーフラ(山折さんは悪魔と訳しています)」という名をつけたのか。校長先生は、子どもこそ親にとって執着の対象になるんだということを力説しておりました。なるほど、そうか。たしかに自分も含めて普通の親は、子どもをまるで自分の所有物のように扱っています。小さい時からいろいろと習い事をさせたり、いろんな物を買い与えたり、おまえの為だという言葉を切り札に、様々に自分の思いを実現していこうとします。そう、もうみんな気づいているはずなんですが、親の「おまえの為」というのは「自分の為」なんですよね。
で、反抗期が訪れたり、あるいは親が思うほど才能がなかったりして、「思い」が裏切られていくわけです。そうすると、今度は不機嫌になる。よくありますよね。
これはまさに「執着」そのものです。また、私の得意技が出てしまいますが、とにかく自分の思い通りを欲するというのは「コト」に対する執着です。逆に不随意で変化するのが当たり前な存在が「モノ」でした。日本と日本語という狭い領域で考えると、こういうことになるわけです。で、考えてみれば「子」も昔から「コ」でした。私の音義説によれば、カ行音は「不変」「固定」「随意」を表す音です。ということは、やはり自分の子どもというものに、本来的に自分の思い通りにしたい、変化する(死ぬ=モノ)自分の何か(遺伝子ですかね)を託したいという気持ちがこめられているのでしょうか。意識しなくともね。
まあ、時間の一方通行性からしまして、これは子どもにとってはエラい迷惑な話ですよね。あくまで自分の意志でなく「生まれた(迷惑の受身)」わけで、でも生まれちゃったら生んだ方の事情なんて関係なく、自分は自分なわけでして。
そんなふうに考えていましたら、ああそうか、お釈迦さまは結局ラーフラのためになることをしたんだな、と思えるようになります。自分が自らの執着から解放されるのと同時に、ラーフラは親の愛というずいぶんと身勝手な、ありがた迷惑なものから解放されるんですからね。カルマからの解脱でしょうか。
実際ラーフラはのちに仏陀となったお父さんの弟子になります。十大弟子の一人になるんです。普通に王家の子どもとして成長したらどうなっていたんでしょうね。
というわけで、私も妻子を捨てて家出するかと言いますと、そんな勇気もありませんし、第一お釈迦さまのように結果として立派な父親(仏陀)になれるわけもなく、まあ放蕩オヤジで終わるのがオチでしょうから、そんなことはしません。せめて、自らの執着心だけは抑えつつ、そして、子どもを捨てるのではなく、子どもに捨てられる覚悟だけはちゃんとして生きていこうと思いました。できるかな。
Amazon ブッダは、なぜ子を捨てたのか
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コメント
山折さんの著書のほとんどが題名は魅力的なような気もします。内容はというと、あまりの正攻法というか、飛躍を嫌うというか、なんとも常識的な論の展開で、題名に負けていることが、これまた多いようです。裏切られません。
しかし、これこそが学問の王道なんでしょうねえ。
投稿: 貧乏伯爵 | 2007.02.16 17:12
私も山折さん大好きです。
そうですね、王道なのかもしれません。
宗教を扱って学問をすること自体、立派なことです。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.02.16 17:49