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2007.02.27

木喰仏の笑み

画像は「美の壺」より
Mokujiki1 全国に仏像を残した遊行僧と言えば、やはり円空が一番最初に思い出されますかね。そして次が木喰でしょうか。両者は一見実に対照的な仏像を残しました。どちらも捨てがたい味を持っているのですが、そうですねえ、私は最近少し木喰よりになってきたかな。ああいう円満な顔をしていたい。よく言われる「微笑」ではないんだなあ。木喰仏は微笑を超えたところの微笑、微かとは言いがたいが、しかしもちろん大笑でもない。円空仏には微笑が多くあります。円空仏の微笑はそれこそ仏様の慈悲のサインでありますが、木喰仏のあの笑みは、やはり人間の笑みですね。こちらにも同様の笑みを要求してくるんです。
Mokujiki2 なんでいきなり木喰の話になったかと申しますと、ちょっと前に一橋大学の過去問をやっていたんですね、そうしたら、柳宗悦の文章が要約問題として出てきた。柳さんのその文章を読んでいて、さっと木喰仏のお顔が浮かんだんですよ。そう、「民芸」という概念の生みの親、柳宗悦さんの人生を大きく変えたのが、この木喰仏との出会いだったのは、よく知られたことですね。あるいは逆の言い方をすれば、木喰仏の運命を大きく変えたのが柳さんだったということ。
Mokujiki3 木喰さんは甲斐の国の人です。ウチのあたり、つまり富士山から本栖湖を抜けてですねえ、トンネルをくぐって九十九折りの坂道を下りますと、古関という部落に出ます。そこが彼の故郷なんですね。本当に山深いところで、今でこそ国道なんか通っちゃってますが、昔はそうとう寂しい村だったろうなあ、なんて思われます。で、そこから数え十四の時に家出して東京へ…いや江戸に行っちゃう。そして、結局出家しちゃうんですね。
Mokujiki4 その後、ずいぶん経ってからですが、四十も半ばの頃に「木喰」を名乗る。「木喰(もくじき)」とは、その名の通り、木を食べるってことです。そういう行というか戒があるんですね。肉はもちろん、魚もだめ。さらに火を入れた野菜なんかもだめだったとか。つまり、生の山菜や木の実しか食べなかったらしいんです。でも、彼はとっても元気だったようで、六十近くなって、北海道から九州まで全国を遊行するようになるんです。そして大量の仏様を彫って各地に残した。91歳の時に作った仏像が残っているそうですから、60から30年くらい、そうとう遅咲きの仏師だったとも言えます。それにしても、やっぱり粗食は長寿の秘訣なんでしょうか。当時としてはかなりの長生き、93歳に自ら本当の仏になったと言われています。
Mokujiki5 そんな木喰上人の残した無数の笑み。まさに、「知足」の笑みなのでしょう。食べるものも住むところも、あるいは着るものもでしょうか、きっといろいろなものに不自由であったと思います。そう、その不自由とはもちろん、現代の私たちの感覚であるわけですが、きっと彼は私たちのいう不自由からはとっくに解放されていて、それこそ自由だったんでしょうね。
Mokujiki6 そうだ!あの笑みは自由の笑みだ。自由を勝ち得た時の満面の笑みだ。つまり歓びの笑みなのです。ああ、今わかった。慈悲ではない。対象があるわけではない。自らの内側から思わずこぼれ落ちてくる笑みだ。
 なんか急にすっきりしました。なるほどねえ。今日もまた、なんのシナリオも考えず、筆に任せて(キーボードに任せて)書き始めましたが、ああ木喰さん書いてよかった。もう一人満足しています(笑)。おっと、今の(笑)はけっこう木喰仏の「笑み」に近かったかもしれない。ひっかかってたものから解放されたんでしょうかね。やっぱり案ずるより産むが易し。理屈で考えるより、何かの力に任せて前に進んでみるものですね。

 みな人の心をまるくまん丸に どこもかしこもまるくまん丸
 
 木喰上人が残した歌です。

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コメント

とてもすてきな笑みを見せていただきました。ありがとうございます。タコヤキほっぺがたくさん。なんていう人生なんでしょう。
まん丸く、角を削って生きたいな、と思いました。
ありすぎて困るなぁと思うことよりも足りない...と不平をもらすことのほうがダンゼン多い日常。
『足りない』と思う心は、悪者扱いせず、よい意味で向上心へとつなげたい。でも今一度足元を見つめて、こんなにあって有難いな、と心から感じたいし、きっとそう思えるはず、とも思いました。
アレ、今日はまじめ(笑)

投稿: くぅた | 2007.03.01 08:36

まじめなくぅたさん、おはようございます。
人は両面なくちゃいけません。
「をかし」と「あはれ」両方理解する大人にならなくちゃね。
まじでそう思ってます。
木喰さん、いいですよねえ。
彼もまた山梨の(厳しい、ある意味角張った)風土が産んだんだと思いますよ。
タコヤキほっぺかあ。なるほど〜。
なんか、こういう歳のとり方っていいじゃないですか。
遊行にでも出ようかなあ。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.03.01 09:49

いつも拝読させていただいております。
とても大切な事を教えていただき 有難うございます。
人間にとって 一番 尊いことは 円満な おひとがら
なんでしょうね。自分に一番 かけている所です。苦笑
作り 笑顔から はじめてみます。 合唱おじさん 

投稿: 合唱おじさん | 2007.10.25 22:12

合唱おじさん、こんばんは。
お読みいただいてありがとうございます。
この「笑み」については、私も木喰さんに教えていただいたんです。
人間関係は「鏡」ですから、こちらが笑顔でいると、相手も笑顔になるものですね。
木喰さんもきっと笑顔の方だったのでしょう。
だから、向き合った仏さまもこんなお顔に。
そして、その仏さまと向き合う私たちも…。
笑顔がねずみ算式に増殖していきます。
すばらしいですね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.10.25 22:27

前略 薀恥庵御亭主  様

「谷啓」様が 御旅立ちに
なられました。

「美の壺」のナレーション
は最高でした。

非常に深い御方様でした。
御冥福を御祈り致します。

合唱おじさん     拝

投稿: 合唱おじさん | 2010.09.28 18:27

合唱おじさん様、本当に残念でしたね。
また仏様のような方があちらにお出かけになってしまいました。
ああいう「味」のある大人になりたいですね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.09.30 14:59

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