『美学への招待』 佐々木健一 (中公新書)
「美術」と「アート」の違いとは、「オリジナル」と「コピー」の関係とは…。いかにも現代的な課題ですよね。たとえばここでの「アート」と「コピー」のような活きのいい連中を年寄りがもてあましてしまうという状況は、美学に限らず多くの学問分野で見られます。もてあますものだから、ついつい「今どきの若いもんは…」とか言って否定に走ってしまったりします。あっ、こういうのって別に学問に限らないか。
筆者は東大を退官されるような年齢の方ですから、社会的にはお年寄り側の人です。しかし、彼は「今どきの若いもんは、若いもんでなかなか面白い」と言うのです。そして、自分の専門である美学という学問フィールドに彼らを招いて、彼らと語らうことを楽しんでいる。
そう、この本は一般人を「美学」というなんだかよく分からん学問分野に「招待」するのではなく、「現代」そのものを「美学」というフィールドに招き入れるという意味で、「美学への招待」というタイトルを与えられたのだと、私は感じました。筆者は「タイトルの魔力」という、芸術のみならず様々なものへのネーミングについて論じた名著も書いています。ですから、ご自分の本のタイトルには人一倍の思い入れと意図があるに違いありません。そんなわけですので、私はちょっとうがった見方をしてしまったわけです。ま、そんな勇み足もまた魔力のせいかもしれませんね。
さて、この本、本当に優しく易しく書かれていまして、あんまり分かりやすいので、私は中学生向け国語テストの本文に使わせていただいたりもしました。美学と言えばいちおう哲学の一分野のようなものなのですが、この本は全然浮世離れしておらず、身近な現象や体験を通じて、「美」とは何かという難題の答えを模索しようとしています。
もちろん佐々木さんは、いわゆる難解な論文も多数お書きになっている学者さんなんですけど、最後に(失礼)こういう境地に至ったのかと思いますと、なんとなく感動的でもあるのでした。なんか、難しい公案を重ねた後にある種の諦めに到達した高僧の、優しい笑みに満ちた法話を聴くような心境で読みました。
ところで、私、実は美学を志していたんですよ。高校時代、おそらく美しくない自分の境遇からの反動だと思うんですが、「美」に異様に興味を持っていたんです。まあ、そういうキモい年頃ですけどね。それで、大学では美学をやりたいなと。でも、哲学の一分野としての美学を学べるところは、あそことかあそことか、そう最高学府レベルのいくつかの大学しかなかったんですね。もちろんそんな学力はなかった。勉強しないで「美」について考えてばかりいましたから(痛)。で、受験にも大失敗して某負け犬大学に進学した。なぜか文学部の国文学科に行っちゃったんですが、そこでもまだ「美学」への憧れは捨てきれなかったんですね。それで「言語美学」をやろうと。当時(今も)そんな学問は名前だけあって、実態はないに等しいものでした。で、行きたいなと思ったゼミの先生に、そのことを話したら「はあ?」という顔をされた上に、「違うゼミに行って下さい」と言われてしまった。そこで、私の夢は完全についえました。
憧れていた女にふられたようなものです。その後はそれこそ反動で、反美学的な活動に走り始めました。芸術をおちょくったり、あえて醜悪なものに接近したり。そして、今に至り、このブログに至るのであります(笑)。でもね、この本を読んだら、昔の女を思い出しちゃったんですよ。佐々木老師のお言葉を聴いたらね、思い出しちゃったんですよ。もう一度まじめに「美」について考えてみようかなって。佐々木さんみたいに、メインとサブを対抗させないでカルチャーを論じてみようかなって。ん?それはけっこうやってるか。そうじゃなくて、やっぱり「まじめに」考えるってことかな。こんなふうに半分ふざけて、つまり半分逃げ腰になってるんじゃなくて、正面から、しかし力を抜いて「美」と向かい合ってみようかな。
こんな感じで、結局私も「招待」されたのでして、なるほどこの本のタイトルには偽りはなかったわけなのですね。佐々木さん、ありがとうございました。あなたが達観したところで発した魔力は、なかなかに強力でありました。
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