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2007.02.28

『CHICK COREA & HERBIE HANCOCK 1974』(DVD)

PBS SOUNDSTAGE / LIVE AT CHICAGO 1974
Cah1974 今やすっかりジャズ界の重鎮となった二人。何度かいっしょにライヴしていますね。私も1989年でしょうか、山中湖で二人の共演を肴に酒呑みました。途中寝ちゃったような…なんという贅沢…というかなんという暴挙(笑)。
 その二人のレアなライヴ映像を収めたDVDを教え子からいただきました。テレビ番組の映像なんですね。1974年ですから、もう33年前ですか。二人とも若いし、ものすごくエネルギッシュ。時代の先頭をともに競い合いながら疾走していた時代です。
 チックはリターン・トゥ・フォーエヴァー(Return To Forever)の充実期の真最中。ハービーはヘッド・ハンターズ(Head Hunters)を立ち上げ、負けじとフュージョンの世界を切り開いていた頃です。その二人、というか、二つの伝説的バンドが正面からタイバンしてます。これはすごいですね。
 タイトルとしては「チック&ハービー」ですが、考えてみればこの二つのバンドはすごいメンバーなわけでして、その方たちの若かりしころのプレーも堪能できるわけですから、これはものすごく贅沢なDVDですよ。いちおうメンバー&曲目紹介を。

CHICK COREA & RETURN TO FOREVER
 Chick Corea (el-p)
 Stanley Clarke (b)
 Al DiMeola (g)
 Lenny White (ds)
 1.Beyond the Seventh Galaxy (take 1)
 2.Vulcan Worlds
 3.Rumble in the Beginning
 4.Beyond the Seventh Galaxy (take 2)
HERBIE HANCOCK & THE HEADHUNTERS
 Herbie Hancock (keyb)
 Mike Clarke (ds)
 Paul Jackson (b)
 Bennie Maupin (ts)
 Bill Summers (perc)
 1.Butterfly
 2.Interlude
 3.Chameleon

 タイバンが終わったあと、おもむろに一つのピアノの前に二人が腰かけ、ちょっとした人間の言葉(英語)による会話ののち、それよりももっと濃密な言葉(音楽)による会話が始まります。曲は超スタンダード「Someday My Prince Will Come」です。途中から、二人は電子楽器に席を移動し、最後にまたアコースティック・ピアノに帰ってくるんですけど、これがまたなんとも新しい時代を予感させるインプロヴィゼーションです。
Rtf1974 全編あんまりすごすぎて口あんぐりだったんですけど、ロック寄りの私は、ファンキーなヘッド・ハンターズよりも、超絶テクのかけあい満載のリターン・トゥ・フォーエヴァーに燃えましたね。チックもすごいけど、なんすか、あのアル・ディメオラのギターと、スタンリー・クラークのベースは…。たまにはこういう音数の多いのもいいですねえ。しかし、どうやってあれらの曲を作曲し、暗譜し、練習してるんでしょうねえ。私たちと頭の構造というか、内容が違うことは確かです。ちょっと喩えは悪いと思いますが、自閉気味じゃないとできないような気もします。
 で、観賞し終わって思ったこと。彼らのこのエネルギーは、彼らの偉大な先輩たちあってのものだということですね。たとえばマイルス・デイヴィスのようなものすごい壁というか山のような存在があって、それをなんとかして乗り越えなきゃみたいな。偉大な師の存在こそが、こういう全く新しい音楽の創造につながってるんだ。今、そういう「師」たりうる人いるのかな。いや、まさにチックやハービーがそういう存在なのかな。そのわりには、今でも彼らこそが新しいことをやり続けてますね。がんばれ若手!
 あとは、当時のアナログの電子楽器の魅力でしょうか。最近のデジタル・サウンドとは明らかに何かが違う。アナログ時代のエレピやシンセって、考えてみれば自然音ですからね。単なる波形そのものです。今はこれらの音をデジタルでシミュレートしてるんですからね。なんか本末転倒というか、主客転倒というか、精巧な偽札作りというか、妙なことになってるような気がするですけどね。

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2007.02.27

木喰仏の笑み

画像は「美の壺」より
Mokujiki1 全国に仏像を残した遊行僧と言えば、やはり円空が一番最初に思い出されますかね。そして次が木喰でしょうか。両者は一見実に対照的な仏像を残しました。どちらも捨てがたい味を持っているのですが、そうですねえ、私は最近少し木喰よりになってきたかな。ああいう円満な顔をしていたい。よく言われる「微笑」ではないんだなあ。木喰仏は微笑を超えたところの微笑、微かとは言いがたいが、しかしもちろん大笑でもない。円空仏には微笑が多くあります。円空仏の微笑はそれこそ仏様の慈悲のサインでありますが、木喰仏のあの笑みは、やはり人間の笑みですね。こちらにも同様の笑みを要求してくるんです。
Mokujiki2 なんでいきなり木喰の話になったかと申しますと、ちょっと前に一橋大学の過去問をやっていたんですね、そうしたら、柳宗悦の文章が要約問題として出てきた。柳さんのその文章を読んでいて、さっと木喰仏のお顔が浮かんだんですよ。そう、「民芸」という概念の生みの親、柳宗悦さんの人生を大きく変えたのが、この木喰仏との出会いだったのは、よく知られたことですね。あるいは逆の言い方をすれば、木喰仏の運命を大きく変えたのが柳さんだったということ。
Mokujiki3 木喰さんは甲斐の国の人です。ウチのあたり、つまり富士山から本栖湖を抜けてですねえ、トンネルをくぐって九十九折りの坂道を下りますと、古関という部落に出ます。そこが彼の故郷なんですね。本当に山深いところで、今でこそ国道なんか通っちゃってますが、昔はそうとう寂しい村だったろうなあ、なんて思われます。で、そこから数え十四の時に家出して東京へ…いや江戸に行っちゃう。そして、結局出家しちゃうんですね。
Mokujiki4 その後、ずいぶん経ってからですが、四十も半ばの頃に「木喰」を名乗る。「木喰(もくじき)」とは、その名の通り、木を食べるってことです。そういう行というか戒があるんですね。肉はもちろん、魚もだめ。さらに火を入れた野菜なんかもだめだったとか。つまり、生の山菜や木の実しか食べなかったらしいんです。でも、彼はとっても元気だったようで、六十近くなって、北海道から九州まで全国を遊行するようになるんです。そして大量の仏様を彫って各地に残した。91歳の時に作った仏像が残っているそうですから、60から30年くらい、そうとう遅咲きの仏師だったとも言えます。それにしても、やっぱり粗食は長寿の秘訣なんでしょうか。当時としてはかなりの長生き、93歳に自ら本当の仏になったと言われています。
Mokujiki5 そんな木喰上人の残した無数の笑み。まさに、「知足」の笑みなのでしょう。食べるものも住むところも、あるいは着るものもでしょうか、きっといろいろなものに不自由であったと思います。そう、その不自由とはもちろん、現代の私たちの感覚であるわけですが、きっと彼は私たちのいう不自由からはとっくに解放されていて、それこそ自由だったんでしょうね。
Mokujiki6 そうだ!あの笑みは自由の笑みだ。自由を勝ち得た時の満面の笑みだ。つまり歓びの笑みなのです。ああ、今わかった。慈悲ではない。対象があるわけではない。自らの内側から思わずこぼれ落ちてくる笑みだ。
 なんか急にすっきりしました。なるほどねえ。今日もまた、なんのシナリオも考えず、筆に任せて(キーボードに任せて)書き始めましたが、ああ木喰さん書いてよかった。もう一人満足しています(笑)。おっと、今の(笑)はけっこう木喰仏の「笑み」に近かったかもしれない。ひっかかってたものから解放されたんでしょうかね。やっぱり案ずるより産むが易し。理屈で考えるより、何かの力に任せて前に進んでみるものですね。

 みな人の心をまるくまん丸に どこもかしこもまるくまん丸
 
 木喰上人が残した歌です。

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2007.02.26

『J.S.バッハ 時代を超えたカントール』 川端純四郎 (日本キリスト教団出版局)

Jkbach 来月、バッハのコラール前奏曲を中心としたコンサートをやるんですが、それをよい機にバッハとキリスト教のお勉強をしなおそうと思っています。こういうことでもないかぎり、勉強というのをしないたちだもので。
 で、そのコンサートの会場となる教会の牧師さんが、この本を貸して下さいました。けっこう分厚い本ですし、なんとなく後回しにしていたんですが、今日の朝、ちょっとめくってみたら、これが実に面白い。非常に読みやすい。結局あっという間に読みきってしまいました。
 ああ、なんかジ〜ンと来たなあ。もちろん、バッハの偉大さや、あるいは彼の人間的な一面に、今まで以上に心動かされたのも事実ですし、キリスト教に対する新しい知見も得て、それもまた充実感の種となったわけですけれども、しかしなんといってもですねえ、筆者の川端さんの、まさに愛に満ちた姿勢というか、人間性というか、そこに最も感銘を受けました。
 膨大な資料にあたり、しっかりキリスト教神学の研究者らしい内容を書いてらっしゃるわけですが、なんともそこに優しい視線と言いますかね、バッハに対して、そして読者に対しても愛に満ちた視線と微笑みを投げ掛けてくれている。そんなことが心にしみる文章なんですよ。う〜む、文は人なり。
 この本の元になったのは、「礼拝と音楽」誌に8年間にわたって連載された「CDで聴くバッハ」というシリーズだそうです。そのようにたっぷりとゆっくりと、そして万人にわかりやすいように書かれたということもあるんでしょうね、まさに小川(バッハ)が大海(メーア)に至るまでの、時間的にも空間的にも壮大な流れというものを、その河畔を自分の足で歩いて確かめたような文章になっているんです。筆者自身はあとがきで、自らがこのようなバッハ伝を書き得た理由は、次のような点にあると述べています。要約します。
1 自分が現代日本人のキリスト者であること
2 自分がキリスト教神学の学者であること
3 自分が平和活動・反核活動・政治活動に参加してきたこと
4 自分が教会オルガニストでもあり、バッハと同業者であること
5 自分がエキュメニズムの活動を経験したこと
6 自分がバッハのカンタータをほとんど全曲演奏したこと
 たしかに、このような立場と経験は、他の多くのバッハ研究家とは一味違いますね。単なる研究対象としてだけではなく、いろいろな面での共感があってこそ、このような優れたバッハ伝を書くことができたのでしょう。
 ところで、私自身で考えてみますと、上の六つのうちほとんどどれにも該当しません。あえて言えば1の前半部、「現代日本人」というところだけは自信があります(笑)。それだけです。しかし、そこのところの重要性を、川端さんは忘れていません。私はその姿勢に大きな感銘を受けました。
 本書のクライマックスとも言える「マタイ受難曲」についての記述部分に、「信仰なしに理解できるのか?」という章があります。ここは本当に感動的です。その章に至るまでの「セバスチァンの音楽が、根本において、ユダヤ人の罪の追及ではなく、『私』の罪の告白に向けられている」という美しい考察にすでに私は涙していたのですが、そのあとに来る「信仰なしに理解できるのか?」という問いかけとそれへの川端さんの答えは、長年の私の迷いや疑いを一気にぬぐい去ってくれる、本当に素晴らしい内容でした。
 興味を持った方にはぜひ読んでいただきたいので、あえて詳しく書きませんけれども、私は、『マタイの感動が決して「信仰」や「復活」を前提としたものではない、信仰は持ち物ではないので、筆者自身もマタイを聴く時、信仰を持って聴くことなどできない、非キリスト者と同じ立場で聴いている、そして皆がバッハの「問い」の前に立っている』というような記述にハッと気づかされ、安心し、しかし一方で身の引きしまるような感覚を覚えたのでした。
 この本は最初から最後まで、バッハにとっていかに「コラール」が重要な存在であったかを強調しています。その点でも私にとって、まさにタイムリーであったと言えましょう。ある意味、コラールという信仰の形こそがバッハの源流であったということなのでしょう。この読書が、来月のコンサートに大きな影響を与えることは確かですね。ああ、本当にいい本でした。私の後半生におけるバッハの意味は、この本のおかげで大きく変ることでしょう。

Amazon J.S.バッハ 時代を超えたカントール

川端純四郎さんのサイト

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2007.02.25

『筋肉少女帯 復活ライブ』(NHK BS2 夜更かしライブ缶)

「THE・仲直り!復活!筋肉少女帯〜サーカス団パノラマ島へ帰る〜」
Kingshow 昨日に続き、昭和ノスタルジーとも言えましょう。彼らの活動期は平成でありますが、内容は完全に昭和ですからね。仲直り、という言葉自体、40歳くらいの彼らや私にとっては、郷愁を誘う…てか、ギャグですな。
 仲直りって言っても、筋少のメンバー交代は、もうそれだけで伝説化してますからね。元筋少っていったい何人いるんでしょう(笑)。
 12月28日と言えば、大槻ケンヂさんと同じく40歳の吉井和哉さんのライヴが武道館で行なわれた日ですね。そっちも大変にいいライヴで、ちょっとおじさんおばさんな人たちが大いに盛り上がっていましたが、こちらのちょっとおじさんおばさんも、すごいですね。みんな大丈夫か?死人出なかったか?って感じに盛り上がってました。すごい熱気と加齢臭でした(笑…画面から伝わってきます)。
 というわけで、筋少が8年ぶりに再結成…ではないな、いちおう看板は出してたんだけど、店員が二人になっちゃった。実質店長の大槻ケンヂさんも家出したまま帰ってこず、文学したりマルチタレントしたりしてましたからね。番組の中のインタビューで言ってましたが、いちおう看板を守ってた二人が鍵を開けて待っててくれたと。そこにふらっと何人か帰ってきた。ほら、もう完全にノスタルジーの世界でしょ。
 会場もすごい盛り上がりでしたが、実はかなりの筋少ファンであった私とウチのカミさんも大興奮でありました。二人が出会った頃、筋少の話で盛り上がったことを思い出しました(郷愁)。
 私も40を過ぎて多少大人になりまして、あらためて彼らを観て聴いてみましてね、いやあ、本当に感動しましたよ。もともとメチャクチャな渾沌バンドだったわけですが、こうした異様で不測の化学反応というのは楽しいですね。何でもあり。パンク、プログレ、メタル、ハードロック、ファンク、ポップ、歌謡曲…そこに大槻ケンヂさんの文学的(自虐的)歌詞が見事に溶け込んで…ないな。そこにやっぱり相変わらずの妖しさが立ち現れておりました。
 それにしても、バンドとしてうまいなあ。うますぎる。大槻さんのヴォーカルもなんかうまくなってるような気がする。そして、彼のMCね。最近いろんなグダグダMCを聞いてたから、これは最高でしたよ。一つの演劇ですね。緩急自在。言葉の魔術師…いや、詐欺師かな。
 なんか、最近40歳が熱いですね。20代でがむしゃらにやって、30代で壁にぶちあたり、40代で吹っ切れるみたいな。ま、30代が雌伏の時なんでしょうね。家庭を持ったりするし。
 でも、こういう本来音楽性が全然違う人たちが、ちゃんと一つのまとまった音楽を作るというのは、すごいことです。それこそケンカも絶えないわけですけど、結局は他者の世界を認め、受け入れなければならないんですから。40歳になれば、たしかにそれは昔よりも楽に出来るようになるな。
 そして、なんたかんだ言っても、彼らを再び結びつけたのは、バンドマンの本質「女にもてたい」という気持ちではないでしょうか。音楽性なんか結局二の次ってのが、実は最強だったりするんですよ。ロックはね。一生懸命練習して、見た目も磨いてですねえ、「キャー」と言われたい。理屈はいいんじゃないっすか。そんな、おじさんの中の屈折した少年の心を感じたライヴでしたよ。やっぱり少年ノスタルジーだな。
 まじ、楽しかったっす。ここんとこ、レミオロメンやバンプやACIDMANなんかの、同級生仲良しバンド、それも若者バンドをよく聴いてきましたからね。こういうハチャメチャな同世代バンドもいいなあと思いましたし、自分のバンド活動への意欲も大いにわいてきました。女にもてたい、ってか?ww

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2007.02.24

『きょうの猫村さん1・2』 ほしよりこ (マガジンハウス)

Necomura ちょっと遅ればせながら読んでみました。最近ヒッキーでコモラーな生徒が貸してくれました。やつが貸してくれるマンガはワタクシ的にはずれがない。もっといろいろ見つけてきてくれ…てか、学校来い、って業務連絡してどうすんだ(笑)。
 さて、これ。たしかに面白かった。理屈抜きに楽しめました。世の中では「癒し系」と分類されてるんでしょうかね。たしかに癒されると言えば癒される。でも、もうちょっと正確に言いますと、ノスタルジーですね。時代設定だと思うんですよ、基本は。ツッパリ尾仁子や、その友人のスタイルを見て分かる通り、70年代後半から80年代はじめの風俗ですね。結局、そういった高度成長後の安定成長期ですかね、あの独特のまったり感に対して感じる郷愁なんじゃないかなあ。少なくとも私はそういう世代なんで、そう感じましたね。
 猫の家政婦「猫村ねこ」さんが派遣された犬神家(この響き自体ノスタルジーですね)は、けっこう複雑な家庭事情です。まさに絵に描いたような問題を抱えた金持ちさんです。そのステレオタイプな時代的歪みを体現する「家族」に、異様に純粋で人情味に溢れ、ちょっとおせっかいな猫が家政婦として侵入してくるんですね。
 で、結局その「猫」は、ちっとも「猫」ではなく(まあ姿はまんま猫だし、挙止動作は猫っぽいけれど)、もっと古い佳き時代の「人」なんですね。それが具体的にいつの「人」なのか分かりませんが、自分のことを二の次にして万人に尽くす、全ての人を信じる、そして淡い純粋な恋心もあったり…そう、なんとなく時代劇のヒロインみたいなんですね。私たちはこのマンガを時代劇を見るように読むわけです。
 ところで、この作者の絵はどうでしょうか。私は読み進むうちに、すっかりとりこになってしまいましたよ。これは下手とかヘタウマとかいう次元ではない。巧いっす。この人はちゃんと勉強した人でしょう。顔や上半身はわざと崩し気味に描いてますが、足が巧いですよ。猫の足、それも二足歩行させるわけですからね、けっこう難しいと思うんですが、実に巧みに描いています。人間の足も見事。つまり、絵のベースがしっかりしてるので、全体として安定して見えるんですね。構図なんかの工夫も実は緻密に行われているし、なかなかの巧者ですな、ほしよりこさん。
 あと、コマ割りというのがありませんし、フォントも鉛筆手書きだけですから、非常にシンプルなんですね。こういうマンガは久々です。昔の4コママンガを見るような、そういう郷愁というのもありますね。
 このマンガは、ネット上で1日1コマずつ公開されているらしいのですが、やはりこういうふうにちゃんと紙の本として手触りとともに楽しむのが一番でしょうね。デジタル世界が生んだアナログ的名作というわけですか。気に入りました。

Amazon きょうの猫村さん1

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2007.02.23

不二草紙 on TV!!

Blogoods1 今日は2.23、富士山の日です。そんな記念すべき日に富士山蘊恥庵にいいことがありました。
 噂どおり、不二草紙がテレビ(眞鍋かをりのブログッズ)に出ました!日テレさま、ニフティさま、読者の皆さま、ありがとうございました。感無量です…。
 というわけで、眠い目をこすりつつ酒など呑みながら観てました。ちょうど外出していたカミさんも帰ってきまして、さてどんなふうに紹介されるのかな、と二人でちょっとドキドキ。
 最初にこちら「うす~い建物」が紹介されまして、お〜路上観察系ですな、なかなか面白い、オレもいくつか知ってるぞ、とか思いながら観てました。そして、ついに我らが?不二草紙が…ありゃ、「不二草子 本日のおススメ」になってるぞ。まあ、いいや、よくあることですし、清少納言さんのブログ(!あれは最古のブログですよ)も「枕草紙」と書かれたり「枕草子」と書かれたり「枕冊子」と書かれたり、いろいろですからね。私も「不二草子」で検索してもトップに来るように工夫してありますので全然オッケーっす。
 そして「蘊恥庵庵主」を、浜田翔子たんが「うんち・あん・あんじゅ」って読んだ!そこが一番盛り上がりましたね。まあ、グラビアアイドルしょこたん(2号)にテレビで「うんち」と言わせたのは私くらいのものでしょう(笑)。眞鍋かをりさんがすかさずつっこんでました。山咲トオルさんは口アングリ。そりゃあそうだ。
 しかし、なんと言ってもですねえ、一部の不二草紙読者の皆さまはきっと興奮し感動したと思いますが、この写真にも写っているこの記事は…。そう、「第1回 レミオロメン聖地巡礼の旅(その2)」ではありませんか!!もうこの時点でカミさん大興奮。自分が写っている写真がテレビに映っている、ということではなく、レミオロメンのコアな記事、あるいは腐女子記事が映ったからでしょうね(笑)。ぎゃあ〜、どわぁ〜、と大騒ぎになってしまい、全然テレビの音が聞こえません…orz。
Blogoods2 続いて内容を紹介してくれたんですけど、そこでもカミさんの燃え上がった火に油を、いや核燃料を注ぐ記事が…。それも並んで…。日テレさんよ〜、あんまりカミさんを刺激しないでくれ〜。うるさくて聞こえないよ〜。そう、サクこと桜庭和志関係の記事これこれが並んでいる〜!よりによってなんでこれを選んでくれたのか…いや、私もうれしいですよ。しかし、聞こえない…。
 あとでちょっと冷静に考えたんですが、レミオロメンの記事が最初に出てきたのは、これはたまたまその日に収録というか、キャプチャーしたからですね。だからまあ偶然です。そしてサクの記事が並んだのはですねえ、いくつか原因が推測されます。まずディレクターさんか作家さんが桜庭のファンであるという可能性。これは充分考えられる。そして、次にディレクターさんか作家さんが、ウチのカミさんを喜ばせてくれたという可能性。あの頃の記事はそういうミーハーF女子系の話ばっかり書いてましたからね。ま、でもそれはないか。そして、最後の可能性。浜田翔子たんに関する可能性です。翔子たんは、ハッスルサポーターとしてDSEと仕事をしてますからね。しかし、当然ながら、これは非常に微妙な可能性です。もちろん桜庭はDSE(PRIDE)と袂を分かったわけでして…。しかし、私が紹介した本やDVDはPRIDE時代のものですし…。う〜む、謎だ。
 まあ、そんなことはいいとして、というか、カミさんにとっては私の分析なんてどうでもいいようです。「腐女子の思いが通じた。念ずれば花開く」とか言っています。おそるべしFパワー。
 というわけで、カミさんが寝静まってから起き出して、あらためて静かに観賞しました(笑)。いずれにせよ、こういう形で自分の作品(?)がテレビで紹介されたというのは、本当にうれしいことです。いつかも書きましたが、三日坊主(三日エセ坊主?)の私がこれほど毎日続けていることはありません。書いた記事は1000以上になりました。継続は力なりですね。継続しているとこうして思わぬ「縁」が飛び込んでくるものです。これからも頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたしますです、ハイ。

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2007.02.22

エレクトリック・ライト・オーケストラ 『アウト・オブ・ザ・ブルー (完全生産限定盤)』

Electric Light Orchestra 『Out of the Blue [Limited Edition] 』
B000m7xsg401_aa240_sclzzzzzzz_ キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!究極のCD!!昨日発売だったんですが、ウチには今日届きました。一日遅れるなよ〜。待ってたぜ〜。
 というわけで、妙に興奮しておりますが、それもそのはず。以前にも紹介しましたELOの究極の名盤の最新リマスターが発売になったんですよ。もう、何度も言っちゃいますが、このアルバムは今の私の人生を決定し、そして今もまだ影響を与え続けている作品なんです。今、本当に節操ないほどに様々なジャンルの音楽をやったり聴いたりしていますが、そのベースになっているのは、間違いなくこれです。
 もう30年ですかあ。ふぅ。しかし、30年前とは思えないほど新しい。もう何千回も聴いているのに全く飽きない(今回のCDでこのアルバムの購入8セット目です!)。特に今回はリマスターということで、非常に音がよくなりました。レコード時代よりCDになってからの方が音が悪かったんで、ひさしぶりに本来の音(それ以上?)で聴くことができました。分解能が数倍上がってます。こりゃあmp3に出来ないな。
 いやあ、マジで中学1年生の時の感動がよみがえりましたよ。はずかしいけど、今の私は少年です。もう、「痛い」と言われてもいい!何度でも言います。なんと豊かな音楽なんだろう!商業性と芸術性がこれほど見事にコラボレーションすることがあるんでしょうか。これは、彼らが敬愛するビートルズでさえも成し得なかった境地です。
Ootb2007 それにですねえ、今回の限定盤はすごいですよ!究極のCDという意味は、あるいはこちらにあるのかも。クリックして見てやってください!!これCDですよ。つまり、LP盤発売時と同じ仕様になっているんです。もちろん紙ジャケット。もちろん2枚組(今まではCDでは1枚だった)。内ジャケットやスリーブ、付録も完全に再現されています。この付録ねえ、右下のですけど、初めて買った30年前、作ろうか、そのまま取っておこうか、迷ったんですよねえ。いやあ、なんか組立紙モデルなんですよ。今見れば他愛の無い代物ですが、当時は組み立てて机の上に置いて、毎日ニヤニヤ眺めてたっけ。切りしろも捨てられず、大切に保管しておいたっけ。それにしても、CDでここまでやってくれるとは…素晴らしいっす(涙)。また、なんていいますかね、こういうミニチュア文化、箱庭文化、フィギュア文化というのは、日本に色濃いのものでして、純日本人であるワタクシなんか、こうして可愛く縮小されているだけで、もう萌え〜なんですよ。まあこうしてですねえ、装丁も含めたレコードカルチャーがプチよみがえるというのは、文化史的に考えてもよろしいことでしょう。
 ただ、いくら2枚組になったとは言え、それぞれにA面B面があるわけではないので、あの十数分ごとの沈黙の儀式というのは再現されません。CDって裏表に書き込めないのかなあ…なんて、そこまでやるんだったら、普通にLPを聴けばいいんだよな。だいいち、CDじゃあ、ひっくり返して、ホコリをふいて、針を落として、曲が始まる前にリスニングポジションへ移動、それも急ぎつつ振動を起こさないよう細心の注意を払って…なんていう緊張感は味わえないわけだし(笑)。
 さてさて、ちょっと冷静になりまして、なんで私がこのアルバムにここまで思い入れがあるかというと、これはやっぱり初恋だからでしょう。それまでもビートルズを聞き込んでいましたけど、彼らは姉や友人に紹介されたものだったし、憧れではあったけれど、リアルタイムではなかったし。つまり、ELOは自分で見つけたんですね。ラジオでターン・トゥ・ストーンを聴いて電撃をくらってしまった。本当の意味での初恋の人なわけです。こういうのって、皆さんにも必ずありますでしょ。
 とにかく、このリマスターの発売は、本当にうれしかったっす。もう一度、今度は冷静に自分の音楽的ルーツを観賞してみたいと思います。さて、もう一回聴くか。
 あっ、あと書くの忘れてた!ボーナストラックがあるんですが、そのうちの1曲「Latitude 88 north」は30年の時を経てニューシングルなんですって。今まで知られていなかった幻の名曲!というほどではありませんが、ジェフらしい佳曲です。私はけっこう好きですね。YouTubeにファンが勝手に作ったPV?がありますんで、一度聴いてみてください。

蛇足…さっきELOと打ったら「エロ」になってしまった…と、ここまではよくあることなんですが、次は「タイツ」になってしまった(笑)。なぜか!?それはですねえ、私は親指シフターでして、親指シフトのカナ入力ではキーボードのEは「た」、Lは「い」、O「つ」なんです。ただそれだけの話でした。

Amazon アウト・オブ・ザ・ブルー (完全生産限定盤)

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2007.02.21

『考える人2007年02月号』 (新潮社)〜小津の言葉 

Ozu809 この雑誌は先月買って机の上にずっと置いておいたんですが、忙しすぎて全然読んでいなかったんです。今日は本校の入試の日でして、中学生が試験を受けている間、ちょっとだけ時間が取れましたので、ざざっと目を通してみました。
 表紙を見ていただいてお分かりのとおり、小津安二郎の特集であります。もう小津については改めて語る必要もないでしょう。人は小津について語りがちになる傾向があります。以前は私もそうでした。語りたくなるんですね。つまり「小津を観る」「小津がわかる」「小津はここがすごい」ということを主張したくなる。それは非常に単純な理由で、単純化、記号化されすぎていて、実際は難解になっているからです。「なぜ」がたくさんあるからです。それに答えることが、自分の大人度、マニア度を主張することになるんですね。たぶん。
 そんなわけで、最近は私もちょっと反省して、こちらから語るんじゃなくて、完全に受け身になって目を耳を傾けるようにしています。
 今日は小津の言葉を聞いてみましょう。この雑誌に取り上げられているいくつかの言葉の中から、三つほど抜粋させていただきます。

「ぼくのテーマは"ものの哀れ"という極めて日本的なもので、日本人を描いているからにはこれでいいと思う」
「大事なことは、かならず人から学んだ」
「なんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う、芸術のことは自分に従う」
 
 え〜、先ほど語らないと言っておいて、やっぱり一言言いたくなりますね。ちょっとだけお許しを。「ものの哀れ」ですか。私の専門ですね(笑)。いつも言ってますように、この言葉の意味を曖昧にしてしまった犯人は、あの本居宣長と小林秀雄です。私は彼らを全く尊敬していませんので、はっきり言ってしまいますよ。いや、ほかにもいるな。それについてはこちらこちらに書いてます。
 繰り返しになりますが、私が考える、というか紀貫之さんから直接うかがった(!?)「もののあはれ」の真義とは、「時間の流れに伴う変化に対するためいき」であります。「もの」はいつも言うように「変化・不随意・外部・未知」などを表す言葉です。「あはれ」は「ああ」であり「aha」であり「あっぱれ」であり「哀れ」です。感動詞。詠嘆。
 小津はさすが、わかってますよ。彼が作った映画を観ればわかるじゃないですか。例えば、時とともに家族が解体していく。彼はそれを繰り返すことによって、そしてもちろん映画というメディアを通じて、固定化しようとした。典型的な「もの」の「こと」化ですね。
 一昨日も登場したレミオロメンに代表される日本のロックの世界もまさにこれです。「せめてこの時間よ、止まれとは言わないよ、ゆっくり進め」「時が止まればいいなって、真剣にぼくは願う」「ああ戻らない破いてしまった日めくりカレンダー」「ああ形ある全てのものに終わりが来る」…レミオロメンだけでもいくらでも出てきます。日本の伝統ですね。まさに貫之の古今集の世界が、今の歌につながっているんです。
 だから、今の若者もですねえ、小津を観るべきです。昔は生徒にもよく見せていましたが、最近はどうもダメですね。見せる勇気がありません。本当は見せたいんですけど。白けるか寝るか、どっちかになりそう。現代のテレビっ子たちにはきついかもなあ。もう少し歳をとってからの方がいいかな、と。
 さて、二番目のお言葉です。これはまさに「我執を捨てる」ということでしょうし、自分を造るのは他者であるという「縁起」の思想ですね。もののあはれ=無常とともに仏陀的です。まさに至言。
 三番目も深いですね。有名な小津の発言です。いろいろな解釈も可能でしょうが、やはり最後の「芸術のことは自分に従う」でしょうね。一見、「我執を捨てる」と矛盾するようですが、芸術は最終的に自分自身に他なりませんから、当然こういった発言になりますよね。昨日も書きましたが、表現の力になるのは「他者との縁」であることが多いのですが、それを受けての自分自身は、やはり自分でしかないわけで、究極は「縁起した自己」を開陳するしかないわけです。そういう境地を経ての「自分は自分」というのは「我執」ではないと思います。つきつめた結果、世界との関係性を感じつくした結果の「自分」とは「世界」全体にほかならないのでしょう。詩のボクシングチャンピオンさんの「無いものは出ない」も、同じことを違う角度からおっしゃった言葉だと思います。
 そうすると、また飛びますが、レミオロメンの「アイランド」における「時は止まらず、人は変れない」という歌詞の意味もわかってくるというものです。藤巻くん、若いのに立派です。
 と、こんな感じでまただいぶ語っちゃいましたが、それこそこの語りこそが、他者との縁によって生じる「私自身」なわけでして…ってことは、このブログも「芸術」なのか!?いや、それはないっすね(笑)。

Amazon 考える人2007年02月号

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2007.02.20

『世界史の臨界』 西谷修 (岩波書店)〜「史」と「詩」

Sekaishi67 講談社学術文庫に入っている「不死のワンダーランド」や「戦争論」を楽しく読んだ覚えのある(しかし内容は覚えていない…笑)西谷修さんの本です。クレオール関係の本も何冊かつまみ読みしたような記憶がありますが、定かではありません。私の読書ってこんなもんですからね。
 さて、それでこの本ですが、これもまたなかなか面白かった。西谷さんの書き方というのがですねえ、比較対照がはっきりしているので、読み進めやすいんですよ。まあある意味そういう二元論的な発想は危険でもあるわけですが、私のような物わかりのあまりよろしくない者にとっては、とってもいい本、いい人に感じられます。
 今回、心に残ったコントラストの例はこれでしょうか。「歴史」。だいいち「歴史」という単語が「日本語」であって、漢語(中国語)ではないとは。今では逆輸入されて中国でも使うようですけど。簡単に言えば「history」の訳語として、日本人が考えた言葉だということです。
 で、中国には本来「史」しかなかったと。で、「史」というのは「事(祭)」を記録するという意味だったとか。つまり、王が行う祭祀(まつりごと)の記録であったらしい。そして、宗教色が退色することによって、結果として王朝の公式記録となっていく、というようなことが書いてありました。なるほどね、王朝の正当性の根拠が「史」というわけか。
 一方ヨーロッパの「history」は、個人の「探求」や「研究」の集積であり、そこから生まれる共同認識だそうです。そして、キリスト教と結びつくことによって、それは「神の国の実現」というゴールを持つようになったと。たしかにそんな気がしますね。
 そうしますとね、私が好きな宮下文書(富士古文献)なんかの古史古伝は、まさに「史」ですよね。それを「history」の立場からですねえ、やれ偽書だ、学問的価値がないって言われても、そりゃあそうですよ、と言うしかない。総合格闘技原理主義者からプロレスは八百長だって揶揄されても、嬉しくも悲しくも痛くもかゆくもないのと同じです。ジャンルが違うんですから。
 それでも現代の世の中は、どうも西洋的価値の方がまだまだ優勢なようなので、こういう東洋的演劇世界は多少肩身の狭い思いをしなければなりません。残念ですね。しかし、西谷さんが指摘するように、所詮ヨーロッパ的なhistoryも、「きわめて散文的で地上的な知の営みだった」わけです。どうせ言葉を使って学問するわけですからね。言葉のうさん臭さは拭いきれなかったのでしょう。それは、「歴史学」に限らず、全ての西洋的学問に共通した弱点です。
 そういう意味では、言葉という「コト(内部・随意・不変・情報)」の権化を使って、「モノ(外部・不随意・変化・存在)」を表現してしまった、というか、産出してしまった出口王仁三郎の霊界物語というのは、本当にメチャクチャなシロモノです。西洋的な価値観を全く寄せつけず、しかし西洋的な「コト」をも併呑し、再構築どころか、永遠に破壊分解して、それをまぜこぜにして、結果案外きれいな色合いの「モノ」を産み出してしまった。モノすごい、としか言いようがありません。
 禅のように「言葉」のうさん臭さを捨てるというのも一つの手でしょうが、それでは元も子もないと言えば元も子もない。そこに禅のちょっとした敷居があるんですね。私たちから言葉を取ったら、私たち生きていけませんよ。それこそ出家するしかないんです。
 今日、縁あって詩のボクシングのチャンピオンさんと、メールで対話する機会を得ました。そこでちょっと考えたんです。「史」は「詩」だよなって。叙事詩だよなって。そすると霊界物語もやっぱり「詩」ですよね。壮大で厖大な「詩」だと言えましょう。
 「史」も「詩」も、「言葉」によって、事実を破壊する行為です。それを偽りだとか八百長だとか言うのは簡単でしょうね。しかし、事実と認識しているコトこそが、実はフィクションであって、つまり人間の脳という小さな世界での根拠のない認識でしかないという可能性は、実は誰しも捨てきれるものではないと思います。
 で、我々の共通認識の道具としての「言葉(コトノハ)」を使って、あえてそれを使ってですね、この現実世界を破壊するんですね。破壊と言っては過激でしょうか、まあ別の世界を構築するわけです。それがすなわち、この狭っくるしい、なんだか知らんが、空間やら時間やらに縛られている不自由な現実世界から解放される一つの方法になるわけですよ。
 さっき言った、禅的なアプローチというかストラテジーもありだと思いますし、まあそれが究極と言えば究極の善策だとも言えましょうが、言い方によってはそれは死んで仏になれということにもなってしまいます。ですから、やはり私たち生きている人間にほとんど唯一許された行為は、「言葉」を使って「詩」や「史」を作ることなのでしょう。
 「無いものは出ない」…詩のボクシングのチャンピオンさんの重い重い言葉です。昨日のレミオロメンの諸君もそこに気づいたというわけですね。そう、彼女も彼らも(いちおう私も?)、一度「無いものを出そうとする」過ちと苦しみを味わっての現在だと思います。ただ、「無いものは出ない」なら「有るものは出る」のかというと、そうとは限らない。「詩」や「史」がそうであるように、別世界を創るためには「有るもので無いものを創る」必要があるからです。それを実現する力は、「才能」ではなくて「他者・外界との縁」ではないでしょうか。
 昨日のレミオロメンと今日のチャンピオンさんから、そんな智恵を授かりました。そんな気づきにちょっと寄与したのが、西谷さんの「世界史の臨界」であったというわけです。長々とすみませんでした。

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2007.02.19

レミオロメン『茜空』&今日のネクタイ

Vicl36400 今朝、職場に向かう車の中で、レミオロメンの新曲「茜空」を聴きました。発売はホワイトデーでありますが、今日がオンエア解禁日だということで、FM-FUJIで彼らのメッセージとともに流れました。ここのところ通勤帰宅の車中では、彼らのインディーズ盤といいますか、自主製作盤CDをじっくり聴いていたんですが、今日に限って出発時にカーステをラジオに切り替えたんですね。ホント偶然でした。
 いい曲ですねえ。彼らなりのいろいろな迷いがあったと思いますが、名曲「アイランド」を経て、再び彼ららしい楽曲を生み出すことができるようになったようで、おせっかいな親心で彼らを見守っていたオジサンも、なんとなくホッとしたといいますか、うんと迷って悩んで大きくなれよ、なんて思ったりしました。う〜む、ちょっと目に熱いものが…。
 音楽的には、全編四七抜きメロで藤巻節全開ですが、私にはあの優しいAメロの入りがたまりませんねえ。そして、サビには一ひねりあったり、サビ入り前はアイランドで覚えた(小林武史さんに教わった?)和声的なワザを使ったり、また藤巻くんお得意の展開部はいつも以上にハメをはずしていたりして、つまり、彼らの基本の上に、今まで学んだこと、そして実に前向きな挑戦も加味されております。非常に健康的で充実した楽曲ですね。良かったっす、アイランドはちょっと病的だったんで(笑)。
 歌詞も一度聴いただけですが、身の丈の言葉というか、生活に根ざした言葉というか、そう、一時期自分をはみ出してしまっていた(自分から境界線を越えようとした結果なんですが)言葉をもう一度自分に引き寄せて、じっくり話し合ったんじゃないでしょうかね、とにかく今度の詩はしっかり本物の抒情詩になってましたよ。そうすると当然、漢語やカタカナ語が減り、和語が増えます。「田も作り、詩も作ろう」が思い出されます。
 と、そんな感じだったので、ここしばらく聴いていたデビュー前の彼らの世界と、しっくりなじんでいました。自然にスッと入っていけた。正直嬉しく思いましたね。1年前あたりは、きっと背伸びしすぎてたんだろうな。でも、そういう時も必要です。彼らはまだ若い。
 さて、放送された3人のメッセージですが、最初は異常な暖冬について語ってましたね。おかしいよって。山梨の冬は寒かったよな〜、学校行く時とか…みたいな。その後は、茜空とライヴDVDの宣伝でしたけど、面白かったのは、「ライヴDVDでは治くんのMCはほとんどカットされてたな」というコメント。それに対して治くんは、「あれは来てくれた人だけにわかってもらえれば…」みたいなこと言ってました。さらにそれに二人は「治くんのMCだけ集めて『元気出せよ、治くん』っていうDVDを出そう」とか言ってました(笑)。そんな相変わらずな同級生ぶり(いじめっ子、いじめられっ子ぶり?)にも、なんか安心するのでした。
 なんだろうなあ、こういう心境って、やっぱり仕事柄なのかなあ。ばっかみたいですけど、なんとなく自分のクラスの生徒を見るような気持ちになってしまう。ま、今クラスには女(ギャルorメイド)しかいないし。男に飢えてるのかな(笑)。
 な〜んてことを考えながら車で学校に向かったんですけど、ふと気づくと、ありゃりゃりゃ、あちゃ〜ネクタイしてないじゃん!オレ。やばい。今日の1校時は礼拝という宗教の授業で、全校生徒が体育館に集まって、般若心経読んだり座禅したり校長先生のありがたい話をお聴きしたりするんです。それで、私はたまたま中央の最前線、校長先生の目の前が自分の座る位置なんですよ。これはやばい。ネクタイ必着用のルールがある本校において、ノーネクタイで礼拝に出るというのは、これはもうクーデター並みにやばいことなんです(ちょっと大げさ)。
 でも、こんな時全然焦らないのが私です。なきゃあ作ればいいじゃないですか。学校に到着後10秒かからずネクタイを作りました。あまりの出来の良さに誰も気づかない。
Tie1 あんまり気づいてくれないので、「どう、今日のネクタイお洒落でしょ」と聞くと、生徒は「ホントだ、いつもと違う」みたいな反応。おいおい、違うだろ、こうなってんだよ!とばかりに見せてやりました。そこには新聞をちぎって作ったネクタイのような物体が…。ははは。私こういうの得意なんです。コンサートに蝶ネクタイ忘れた時も、すぐに作りましたし、琴の演奏会で爪を忘れた時(おい忘れるなよ)は、紙コップから爪を作りましたし、前歯(差し歯)が取れて呑み込んじゃった時は、ガムで歯を作りました。他にもいろいろと…(笑)。
Tie2 で、どうだとばかり礼拝に出たんですが、やはり私の悪行がばれたんでしょうかね。仏様はお見通しなんでしょうか。今日拝読した「法句抄8」にはこんなようなことが書かれていました。「剃髪をしているからといって出家とはいえない。心に偽りのある者をどうして出家と言えようか」…おいおい、それってまんまオレのことじゃないか。剃髪してるし、偽ってるし。思わず苦笑してしまった私でした。生徒も心の中で笑いが止まらなかったようです。反省、反省。
 と、今日は朝から濃い一日でした。

レミオロメン「茜空」

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2007.02.18

『美学への招待』 佐々木健一 (中公新書)

Bigaku 「美術」と「アート」の違いとは、「オリジナル」と「コピー」の関係とは…。いかにも現代的な課題ですよね。たとえばここでの「アート」と「コピー」のような活きのいい連中を年寄りがもてあましてしまうという状況は、美学に限らず多くの学問分野で見られます。もてあますものだから、ついつい「今どきの若いもんは…」とか言って否定に走ってしまったりします。あっ、こういうのって別に学問に限らないか。
 筆者は東大を退官されるような年齢の方ですから、社会的にはお年寄り側の人です。しかし、彼は「今どきの若いもんは、若いもんでなかなか面白い」と言うのです。そして、自分の専門である美学という学問フィールドに彼らを招いて、彼らと語らうことを楽しんでいる。
 そう、この本は一般人を「美学」というなんだかよく分からん学問分野に「招待」するのではなく、「現代」そのものを「美学」というフィールドに招き入れるという意味で、「美学への招待」というタイトルを与えられたのだと、私は感じました。筆者は「タイトルの魔力」という、芸術のみならず様々なものへのネーミングについて論じた名著も書いています。ですから、ご自分の本のタイトルには人一倍の思い入れと意図があるに違いありません。そんなわけですので、私はちょっとうがった見方をしてしまったわけです。ま、そんな勇み足もまた魔力のせいかもしれませんね。
 さて、この本、本当に優しく易しく書かれていまして、あんまり分かりやすいので、私は中学生向け国語テストの本文に使わせていただいたりもしました。美学と言えばいちおう哲学の一分野のようなものなのですが、この本は全然浮世離れしておらず、身近な現象や体験を通じて、「美」とは何かという難題の答えを模索しようとしています。
 もちろん佐々木さんは、いわゆる難解な論文も多数お書きになっている学者さんなんですけど、最後に(失礼)こういう境地に至ったのかと思いますと、なんとなく感動的でもあるのでした。なんか、難しい公案を重ねた後にある種の諦めに到達した高僧の、優しい笑みに満ちた法話を聴くような心境で読みました。
 ところで、私、実は美学を志していたんですよ。高校時代、おそらく美しくない自分の境遇からの反動だと思うんですが、「美」に異様に興味を持っていたんです。まあ、そういうキモい年頃ですけどね。それで、大学では美学をやりたいなと。でも、哲学の一分野としての美学を学べるところは、あそことかあそことか、そう最高学府レベルのいくつかの大学しかなかったんですね。もちろんそんな学力はなかった。勉強しないで「美」について考えてばかりいましたから(痛)。で、受験にも大失敗して某負け犬大学に進学した。なぜか文学部の国文学科に行っちゃったんですが、そこでもまだ「美学」への憧れは捨てきれなかったんですね。それで「言語美学」をやろうと。当時(今も)そんな学問は名前だけあって、実態はないに等しいものでした。で、行きたいなと思ったゼミの先生に、そのことを話したら「はあ?」という顔をされた上に、「違うゼミに行って下さい」と言われてしまった。そこで、私の夢は完全についえました。
 憧れていた女にふられたようなものです。その後はそれこそ反動で、反美学的な活動に走り始めました。芸術をおちょくったり、あえて醜悪なものに接近したり。そして、今に至り、このブログに至るのであります(笑)。でもね、この本を読んだら、昔の女を思い出しちゃったんですよ。佐々木老師のお言葉を聴いたらね、思い出しちゃったんですよ。もう一度まじめに「美」について考えてみようかなって。佐々木さんみたいに、メインとサブを対抗させないでカルチャーを論じてみようかなって。ん?それはけっこうやってるか。そうじゃなくて、やっぱり「まじめに」考えるってことかな。こんなふうに半分ふざけて、つまり半分逃げ腰になってるんじゃなくて、正面から、しかし力を抜いて「美」と向かい合ってみようかな。
 こんな感じで、結局私も「招待」されたのでして、なるほどこの本のタイトルには偽りはなかったわけなのですね。佐々木さん、ありがとうございました。あなたが達観したところで発した魔力は、なかなかに強力でありました。

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2007.02.17

『DVカメラ GR-D650』 (ビクター)

Grd650s_s 昨日のショー(?)の撮影がこのカメラの初仕事でした。一通り使ってみたので、レビューしてみましょうか。まずお値段ですが、30000円を切りました。安いというのが一番の魅力でしょうね。造り自体はそれなりに安っぽいのですが、軽いし操作性も悪くなく、よい買い物をしたと思っています。
 昨年の夏ごろでしょうか、10年前に買ったソニーのDVカメラ「PC7」が突然崩壊しました。なんか部品がバラバラと取れて動作しなくなりました。でも、ソニーにしては比較的長持ちした方ですね。使い勝手もまあまあ良かったし。よく活躍してくれました。
 さあ、それで次はどうしようかと。はやりのHDカムはダメ!いつも言っているようにHDの信頼性の低さです。それこそ10年後使えているかどうか…。まず無理です。HDの寿命はそんなに長くありません。そして、HDに撮りためたデータは当然どんどんDVDに焼いていかねばなりませんね。そして消去する。つまり、最終的にDVDがマザーになるわけです。それも保存性において非常な危険を伴います。そう、意外に磁気テープメディアって保存性が高いんですよね。20年前のVHSもきれいに見れます。10年前のDVテープも全く問題ありません。物理的な破損も一部を犠牲にするだけで修復可能な場合が多い。
 そして、過去のDVテープ資産がかなりありますからね、再生用にどうしても一台必要じゃないですか。てなわけで、やはり最終的にはある程度成熟しつつ、値段も下がっているDVカムを選択いたしました。これが現状ではベストな選択でしょうね。皆さん、だまされないように(笑)。
 さて、それでなぜビクターのこの機種にしたか、です。最初に書きましたように、まず安いというのが魅力です。次は光学ズームが15倍だということです。これはちょうどいい。私の経験上、手持ちで実用的なズーム倍率の限界は15倍です。今、ビクターでは光学34倍というのも出してますが、それはやりすぎです。ほとんど非実用的ですし、通常の使用域でのいろいろな犠牲があるのは当然でしょう。
 さらに、このD650は最短焦点距離時の明るさがF1.2でして、これは廉価カメラとしてはずば抜けた数値です。つまり、暗いところに強いということ。昨日の撮影もそうでしたが、ビデオ撮影というのは案外室内が多いんです。私は学校行事や自分のコンサートの録画に主に使いますので、こういうレンズの明るさというのは重要なんです。実際、昨日の映像はF1.8のPC7とは比べ物にならないほどノイズが少なかった。理論値的には2倍明るいということですからね。ちなみに、さらなる暗がりではナイトアイが使えます。そして、そういう明るいレンズにも関わらず、マクロ5センチまで寄れるというのもいいですね。ただ、もう少し広角よりだったらなあ。35mm換算48.1mm〜721.5mmです。ま、いざとなったらワイコン使いましょ。
 実はそのレンズ以外にはこれと言った特長はありません。その他は普通のカメラと同じような機能です。でも、それで充分ですよね。撮り損ないがなければいいわけでして。そういう意味では、オートモードはとても親切ですね。クイックパワーオフなんかも便利。マニュアル撮影もそこそこできますし、静止画も思ったよりキレイでちょっとした撮影には充分という感じでした。
3300 さて、こうしたムービーカメラの問題点と言えば、やはりバッテリーでしょうか。付属の最小タイプのバッテリーは、カタログの言うとおり80分弱で使えなくなりました。コンサートの固定撮影なんかでは、ちょっと足りませんね。というわけで、一番でっかいのを買わねばなりません。しかし、皆さんご存知のように、純正のバッテリーというのは異常に高いわけです。たとえばこの機種用のBN-VF714は13,650円もします。本体の半分の値段。それは高すぎます。で、やはり裏技というか、ちょっと危ない橋を渡るわけですね。私はこれを買いました。中国製です。で、実際使ってみると全然問題ない。残量データがちょっと多過ぎ(フルで480分…それはないっしょ)に表示されるのは仕方ないとして、 まあ4時間は普通に使えそうです。これなら多少へたってきてもOK。第一純正より軽いし、色もシルバーで大変によろしい。650でも、実際カメラに装着するとですねえ、こんなふうに非常に見た目的にアンバランスなことになってしまいます。それでも、軽いし、案外重量バランスはいい感じなので良しとしましょう。
 さあ、何年使えるかな。子どもの運動会とかを撮影するというような、いわゆる普通のお父さん的な使い方はあんまりしないと思います。だって、あれって撮影にばかり気を取られて、生でしっかり観てないじゃないですか。みんなモニターを見てる。あれはおかしいですよ。ウチに帰ってゆっくりテレビで観るってことですか?私には理解できません。

GR-D650公式

ゲットプラスの売り場

電池プロ

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2007.02.16

メイドとオタクの共演(競演・饗宴)!?

Maid12 疲れた〜。でも、妙な充実感があるなあ。
 今日は予餞会という行事がありました。あらかじめはなむけをする会という意味でしょうね。ま、3年生を送る会みたいなものです。
 で、私は毎年何か出し物をやるんですが、今年はなかなか面白い企画をいたしまして、クラスのギャルどもと一緒に楽しませていただきました。
 覚えていらっしゃいますか?あのメイド教室。あのメイドたちがとうとう全校デビューを果たしたんです。
 メイドたち、あの頃から毎日踊りの練習をしてまして、それを発表したと。それに、スパイスとして、担任と副担任と先輩の男どもがオタクに扮して登場したと。山梨のオタク3人が初めてアキバに行き、そこでAKB48のステージを観るという設定であります(なんだ、それ?)。
Ota3 オープニングは当然ELOのトワイライトですね。ELOファンとしてはちょっと複雑な心境ですが、やはりあのイントロを聴いただけで、みんな電車男を思い出すようです。もう1年半も前の放送なのにね。で、そのあと、私たちオタクが登場いたします。アキバを探索しつついろいろなハプニングに巻き込まれるという、くっだらないコントであります。右の写真は本番前にオタク3人で撮った記念写真です。ちなみに一番右の危ない目をしてる(演技っすよ!)のが担任の私です。真ん中は2年の真性ヲタ、左は副担任です(笑)。もちろん、これは記号化されたオタクでして、実際にはこんなのはいませんからね。私は坊主頭なので、楽天でオタクセットを買いました。首からさげているのは娘のケロロ24です。肩からかけているのは、現千葉大アニ研会長さまから借りっぱなしになっているヲタバッグです。中身も彼から借りっぱなしのドリキャス!ソフトは「Air」と「Kanon」…濃すぎる(笑)。
 オタクたちがちょっとだけAKB48の新曲「制服が邪魔をする」のダンスを披露したところで、いよいよメイド軍団登場であります。踊るのはAKB48のデビュー曲「会いたかった」です。さすがにお客さん、3年生の男子を中心に盛り上がってましたね。これは萌え〜でしょう。女子は微妙な反応でしたが…。まあとにかく、この企画は基本秘密裏に進められていたので、みなさんびっくりしたことでしょう。衣装まで全部揃えて、ここまでやるとはね。大成功と言えるでしょう。
 学園祭でのダンスもそうでしたが、やはり一生懸命練習して、それを緊張しながら本番で発表する。そして拍手喝采を浴びるというのは、彼女たちにとっても大変良い経験です。若い時にそういう経験をたくさんしておくべきですね。彼女たちがこれから本格的に挑む大学入試も基本的にそういう性質のものですし。私、というかウチの学校は、とにかく勉強もクラスみんなでという方針でやっております。いや、クラスというより先輩も後輩も先生もいっしょだな。受験というのは、孤独な戦いと思われがちですが、全然そんなことないんですね。みんなで、という精神的な支えがいかに大切か。そして、どうせなら楽しく行かなきゃ。
 と、ちょっと偉そうなこと言ってますけど、実は自分が一番楽しんでたりして。基本的に人前で何かやるの大好きですし。この歳になって、こういう感動やら興奮を味わえるのは幸せですよね。
 そして、祭のあと、ビデオを観ながらみんなで大いに盛り上がったんですが、その後、誰からともなく黙々と勉強を始めた彼女たちを見て、ああ成長したな、こいつら伸びるぞ、と心から思いました。こういう切り替え、メリハリ、けじめが身についてくれば、あとは放っておいても大丈夫です。
 つくづく、今日はいい日だったなあ。今日参加できなかった受験真最中の3年生たちも、みんながいることを忘れず頑張れ!もう少しだ。
 では、最後にメイドとオタク全員による記念撮影を。カシャッ!!
Maid34

AKB48公式

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2007.02.15

『ブッダは、なぜ子を捨てたのか』 山折哲雄 (集英社新書)

T5438 今日は涅槃会。お釈迦さまのお亡くなりになった日です。ウチの学校は禅宗のお寺さんが母体になっておりますので、1時間目に特別の礼拝(らいはい…ですよ)をいたしました。
 その中で、校長先生がお釈迦さまの子捨ての話をしました。お釈迦さまは、16歳で結婚しまして、29歳で初めての子に恵まれます。しかし、その子に「ラーフラ(障碍)」という名前をつけた上に、しばらくして家出をしてしまいます。出家というよりも家出ですね。で、家族も仕事もほっぽり出して、自分の趣味(修行)に専念してしまいます。ある意味ネグレクトですな。
 なんでこんなことをしたのか。それはお釈迦さまにしか分からない。だから、正直、山折哲雄さんにも分かっていない。タイトルだけを見ると、その答えがそれなりに提示されていそうですが、それについての当時の文献があるわけでもなく、しょせんは「思いを巡らす」ことしかできないと思います。まあ、その思索の低徊の積み重ねが、仏教徒の生活の基本といえば基本とも言えますけど。
 というわけで、山折さんのこの本のことを思い出しまして、今こうして記事にしております。読んだのは去年の夏ですね。その時はあんまり印象に残らなかったし、なんかいかにも売るためのタイトルだな、と感じたりもして、おススメするのはやめたのでした。でも、今日、校長先生のお話を聞いてちょっと思うところがあったので、この本もついでに紹介しておきます。
 なぜ我が子に「ラーフラ(山折さんは悪魔と訳しています)」という名をつけたのか。校長先生は、子どもこそ親にとって執着の対象になるんだということを力説しておりました。なるほど、そうか。たしかに自分も含めて普通の親は、子どもをまるで自分の所有物のように扱っています。小さい時からいろいろと習い事をさせたり、いろんな物を買い与えたり、おまえの為だという言葉を切り札に、様々に自分の思いを実現していこうとします。そう、もうみんな気づいているはずなんですが、親の「おまえの為」というのは「自分の為」なんですよね。
 で、反抗期が訪れたり、あるいは親が思うほど才能がなかったりして、「思い」が裏切られていくわけです。そうすると、今度は不機嫌になる。よくありますよね。
 これはまさに「執着」そのものです。また、私の得意技が出てしまいますが、とにかく自分の思い通りを欲するというのは「コト」に対する執着です。逆に不随意で変化するのが当たり前な存在が「モノ」でした。日本と日本語という狭い領域で考えると、こういうことになるわけです。で、考えてみれば「子」も昔から「コ」でした。私の音義説によれば、カ行音は「不変」「固定」「随意」を表す音です。ということは、やはり自分の子どもというものに、本来的に自分の思い通りにしたい、変化する(死ぬ=モノ)自分の何か(遺伝子ですかね)を託したいという気持ちがこめられているのでしょうか。意識しなくともね。
 まあ、時間の一方通行性からしまして、これは子どもにとってはエラい迷惑な話ですよね。あくまで自分の意志でなく「生まれた(迷惑の受身)」わけで、でも生まれちゃったら生んだ方の事情なんて関係なく、自分は自分なわけでして。
 そんなふうに考えていましたら、ああそうか、お釈迦さまは結局ラーフラのためになることをしたんだな、と思えるようになります。自分が自らの執着から解放されるのと同時に、ラーフラは親の愛というずいぶんと身勝手な、ありがた迷惑なものから解放されるんですからね。カルマからの解脱でしょうか。
 実際ラーフラはのちに仏陀となったお父さんの弟子になります。十大弟子の一人になるんです。普通に王家の子どもとして成長したらどうなっていたんでしょうね。
 というわけで、私も妻子を捨てて家出するかと言いますと、そんな勇気もありませんし、第一お釈迦さまのように結果として立派な父親(仏陀)になれるわけもなく、まあ放蕩オヤジで終わるのがオチでしょうから、そんなことはしません。せめて、自らの執着心だけは抑えつつ、そして、子どもを捨てるのではなく、子どもに捨てられる覚悟だけはちゃんとして生きていこうと思いました。