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2007.02.28

『CHICK COREA & HERBIE HANCOCK 1974』(DVD)

PBS SOUNDSTAGE / LIVE AT CHICAGO 1974
Cah1974 今やすっかりジャズ界の重鎮となった二人。何度かいっしょにライヴしていますね。私も1989年でしょうか、山中湖で二人の共演を肴に酒呑みました。途中寝ちゃったような…なんという贅沢…というかなんという暴挙(笑)。
 その二人のレアなライヴ映像を収めたDVDを教え子からいただきました。テレビ番組の映像なんですね。1974年ですから、もう33年前ですか。二人とも若いし、ものすごくエネルギッシュ。時代の先頭をともに競い合いながら疾走していた時代です。
 チックはリターン・トゥ・フォーエヴァー(Return To Forever)の充実期の真最中。ハービーはヘッド・ハンターズ(Head Hunters)を立ち上げ、負けじとフュージョンの世界を切り開いていた頃です。その二人、というか、二つの伝説的バンドが正面からタイバンしてます。これはすごいですね。
 タイトルとしては「チック&ハービー」ですが、考えてみればこの二つのバンドはすごいメンバーなわけでして、その方たちの若かりしころのプレーも堪能できるわけですから、これはものすごく贅沢なDVDですよ。いちおうメンバー&曲目紹介を。

CHICK COREA & RETURN TO FOREVER
 Chick Corea (el-p)
 Stanley Clarke (b)
 Al DiMeola (g)
 Lenny White (ds)
 1.Beyond the Seventh Galaxy (take 1)
 2.Vulcan Worlds
 3.Rumble in the Beginning
 4.Beyond the Seventh Galaxy (take 2)
HERBIE HANCOCK & THE HEADHUNTERS
 Herbie Hancock (keyb)
 Mike Clarke (ds)
 Paul Jackson (b)
 Bennie Maupin (ts)
 Bill Summers (perc)
 1.Butterfly
 2.Interlude
 3.Chameleon

 タイバンが終わったあと、おもむろに一つのピアノの前に二人が腰かけ、ちょっとした人間の言葉(英語)による会話ののち、それよりももっと濃密な言葉(音楽)による会話が始まります。曲は超スタンダード「Someday My Prince Will Come」です。途中から、二人は電子楽器に席を移動し、最後にまたアコースティック・ピアノに帰ってくるんですけど、これがまたなんとも新しい時代を予感させるインプロヴィゼーションです。
Rtf1974 全編あんまりすごすぎて口あんぐりだったんですけど、ロック寄りの私は、ファンキーなヘッド・ハンターズよりも、超絶テクのかけあい満載のリターン・トゥ・フォーエヴァーに燃えましたね。チックもすごいけど、なんすか、あのアル・ディメオラのギターと、スタンリー・クラークのベースは…。たまにはこういう音数の多いのもいいですねえ。しかし、どうやってあれらの曲を作曲し、暗譜し、練習してるんでしょうねえ。私たちと頭の構造というか、内容が違うことは確かです。ちょっと喩えは悪いと思いますが、自閉気味じゃないとできないような気もします。
 で、観賞し終わって思ったこと。彼らのこのエネルギーは、彼らの偉大な先輩たちあってのものだということですね。たとえばマイルス・デイヴィスのようなものすごい壁というか山のような存在があって、それをなんとかして乗り越えなきゃみたいな。偉大な師の存在こそが、こういう全く新しい音楽の創造につながってるんだ。今、そういう「師」たりうる人いるのかな。いや、まさにチックやハービーがそういう存在なのかな。そのわりには、今でも彼らこそが新しいことをやり続けてますね。がんばれ若手!
 あとは、当時のアナログの電子楽器の魅力でしょうか。最近のデジタル・サウンドとは明らかに何かが違う。アナログ時代のエレピやシンセって、考えてみれば自然音ですからね。単なる波形そのものです。今はこれらの音をデジタルでシミュレートしてるんですからね。なんか本末転倒というか、主客転倒というか、精巧な偽札作りというか、妙なことになってるような気がするですけどね。

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2007.02.27

木喰仏の笑み

画像は「美の壺」より
Mokujiki1 全国に仏像を残した遊行僧と言えば、やはり円空が一番最初に思い出されますかね。そして次が木喰でしょうか。両者は一見実に対照的な仏像を残しました。どちらも捨てがたい味を持っているのですが、そうですねえ、私は最近少し木喰よりになってきたかな。ああいう円満な顔をしていたい。よく言われる「微笑」ではないんだなあ。木喰仏は微笑を超えたところの微笑、微かとは言いがたいが、しかしもちろん大笑でもない。円空仏には微笑が多くあります。円空仏の微笑はそれこそ仏様の慈悲のサインでありますが、木喰仏のあの笑みは、やはり人間の笑みですね。こちらにも同様の笑みを要求してくるんです。
Mokujiki2 なんでいきなり木喰の話になったかと申しますと、ちょっと前に一橋大学の過去問をやっていたんですね、そうしたら、柳宗悦の文章が要約問題として出てきた。柳さんのその文章を読んでいて、さっと木喰仏のお顔が浮かんだんですよ。そう、「民芸」という概念の生みの親、柳宗悦さんの人生を大きく変えたのが、この木喰仏との出会いだったのは、よく知られたことですね。あるいは逆の言い方をすれば、木喰仏の運命を大きく変えたのが柳さんだったということ。
Mokujiki3 木喰さんは甲斐の国の人です。ウチのあたり、つまり富士山から本栖湖を抜けてですねえ、トンネルをくぐって九十九折りの坂道を下りますと、古関という部落に出ます。そこが彼の故郷なんですね。本当に山深いところで、今でこそ国道なんか通っちゃってますが、昔はそうとう寂しい村だったろうなあ、なんて思われます。で、そこから数え十四の時に家出して東京へ…いや江戸に行っちゃう。そして、結局出家しちゃうんですね。
Mokujiki4 その後、ずいぶん経ってからですが、四十も半ばの頃に「木喰」を名乗る。「木喰(もくじき)」とは、その名の通り、木を食べるってことです。そういう行というか戒があるんですね。肉はもちろん、魚もだめ。さらに火を入れた野菜なんかもだめだったとか。つまり、生の山菜や木の実しか食べなかったらしいんです。でも、彼はとっても元気だったようで、六十近くなって、北海道から九州まで全国を遊行するようになるんです。そして大量の仏様を彫って各地に残した。91歳の時に作った仏像が残っているそうですから、60から30年くらい、そうとう遅咲きの仏師だったとも言えます。それにしても、やっぱり粗食は長寿の秘訣なんでしょうか。当時としてはかなりの長生き、93歳に自ら本当の仏になったと言われています。
Mokujiki5 そんな木喰上人の残した無数の笑み。まさに、「知足」の笑みなのでしょう。食べるものも住むところも、あるいは着るものもでしょうか、きっといろいろなものに不自由であったと思います。そう、その不自由とはもちろん、現代の私たちの感覚であるわけですが、きっと彼は私たちのいう不自由からはとっくに解放されていて、それこそ自由だったんでしょうね。
Mokujiki6 そうだ!あの笑みは自由の笑みだ。自由を勝ち得た時の満面の笑みだ。つまり歓びの笑みなのです。ああ、今わかった。慈悲ではない。対象があるわけではない。自らの内側から思わずこぼれ落ちてくる笑みだ。
 なんか急にすっきりしました。なるほどねえ。今日もまた、なんのシナリオも考えず、筆に任せて(キーボードに任せて)書き始めましたが、ああ木喰さん書いてよかった。もう一人満足しています(笑)。おっと、今の(笑)はけっこう木喰仏の「笑み」に近かったかもしれない。ひっかかってたものから解放されたんでしょうかね。やっぱり案ずるより産むが易し。理屈で考えるより、何かの力に任せて前に進んでみるものですね。

 みな人の心をまるくまん丸に どこもかしこもまるくまん丸
 
 木喰上人が残した歌です。

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2007.02.26

『J.S.バッハ 時代を超えたカントール』 川端純四郎 (日本キリスト教団出版局)

Jkbach 来月、バッハのコラール前奏曲を中心としたコンサートをやるんですが、それをよい機にバッハとキリスト教のお勉強をしなおそうと思っています。こういうことでもないかぎり、勉強というのをしないたちだもので。
 で、そのコンサートの会場となる教会の牧師さんが、この本を貸して下さいました。けっこう分厚い本ですし、なんとなく後回しにしていたんですが、今日の朝、ちょっとめくってみたら、これが実に面白い。非常に読みやすい。結局あっという間に読みきってしまいました。
 ああ、なんかジ〜ンと来たなあ。もちろん、バッハの偉大さや、あるいは彼の人間的な一面に、今まで以上に心動かされたのも事実ですし、キリスト教に対する新しい知見も得て、それもまた充実感の種となったわけですけれども、しかしなんといってもですねえ、筆者の川端さんの、まさに愛に満ちた姿勢というか、人間性というか、そこに最も感銘を受けました。
 膨大な資料にあたり、しっかりキリスト教神学の研究者らしい内容を書いてらっしゃるわけですが、なんともそこに優しい視線と言いますかね、バッハに対して、そして読者に対しても愛に満ちた視線と微笑みを投げ掛けてくれている。そんなことが心にしみる文章なんですよ。う〜む、文は人なり。
 この本の元になったのは、「礼拝と音楽」誌に8年間にわたって連載された「CDで聴くバッハ」というシリーズだそうです。そのようにたっぷりとゆっくりと、そして万人にわかりやすいように書かれたということもあるんでしょうね、まさに小川(バッハ)が大海(メーア)に至るまでの、時間的にも空間的にも壮大な流れというものを、その河畔を自分の足で歩いて確かめたような文章になっているんです。筆者自身はあとがきで、自らがこのようなバッハ伝を書き得た理由は、次のような点にあると述べています。要約します。
1 自分が現代日本人のキリスト者であること
2 自分がキリスト教神学の学者であること
3 自分が平和活動・反核活動・政治活動に参加してきたこと
4 自分が教会オルガニストでもあり、バッハと同業者であること
5 自分がエキュメニズムの活動を経験したこと
6 自分がバッハのカンタータをほとんど全曲演奏したこと
 たしかに、このような立場と経験は、他の多くのバッハ研究家とは一味違いますね。単なる研究対象としてだけではなく、いろいろな面での共感があってこそ、このような優れたバッハ伝を書くことができたのでしょう。
 ところで、私自身で考えてみますと、上の六つのうちほとんどどれにも該当しません。あえて言えば1の前半部、「現代日本人」というところだけは自信があります(笑)。それだけです。しかし、そこのところの重要性を、川端さんは忘れていません。私はその姿勢に大きな感銘を受けました。
 本書のクライマックスとも言える「マタイ受難曲」についての記述部分に、「信仰なしに理解できるのか?」という章があります。ここは本当に感動的です。その章に至るまでの「セバスチァンの音楽が、根本において、ユダヤ人の罪の追及ではなく、『私』の罪の告白に向けられている」という美しい考察にすでに私は涙していたのですが、そのあとに来る「信仰なしに理解できるのか?」という問いかけとそれへの川端さんの答えは、長年の私の迷いや疑いを一気にぬぐい去ってくれる、本当に素晴らしい内容でした。
 興味を持った方にはぜひ読んでいただきたいので、あえて詳しく書きませんけれども、私は、『マタイの感動が決して「信仰」や「復活」を前提としたものではない、信仰は持ち物ではないので、筆者自身もマタイを聴く時、信仰を持って聴くことなどできない、非キリスト者と同じ立場で聴いている、そして皆がバッハの「問い」の前に立っている』というような記述にハッと気づかされ、安心し、しかし一方で身の引きしまるような感覚を覚えたのでした。
 この本は最初から最後まで、バッハにとっていかに「コラール」が重要な存在であったかを強調しています。その点でも私にとって、まさにタイムリーであったと言えましょう。ある意味、コラールという信仰の形こそがバッハの源流であったということなのでしょう。この読書が、来月のコンサートに大きな影響を与えることは確かですね。ああ、本当にいい本でした。私の後半生におけるバッハの意味は、この本のおかげで大きく変ることでしょう。

Amazon J.S.バッハ 時代を超えたカントール

川端純四郎さんのサイト

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2007.02.25

『筋肉少女帯 復活ライブ』(NHK BS2 夜更かしライブ缶)

「THE・仲直り!復活!筋肉少女帯〜サーカス団パノラマ島へ帰る〜」
Kingshow 昨日に続き、昭和ノスタルジーとも言えましょう。彼らの活動期は平成でありますが、内容は完全に昭和ですからね。仲直り、という言葉自体、40歳くらいの彼らや私にとっては、郷愁を誘う…てか、ギャグですな。
 仲直りって言っても、筋少のメンバー交代は、もうそれだけで伝説化してますからね。元筋少っていったい何人いるんでしょう(笑)。
 12月28日と言えば、大槻ケンヂさんと同じく40歳の吉井和哉さんのライヴが武道館で行なわれた日ですね。そっちも大変にいいライヴで、ちょっとおじさんおばさんな人たちが大いに盛り上がっていましたが、こちらのちょっとおじさんおばさんも、すごいですね。みんな大丈夫か?死人出なかったか?って感じに盛り上がってました。すごい熱気と加齢臭でした(笑…画面から伝わってきます)。
 というわけで、筋少が8年ぶりに再結成…ではないな、いちおう看板は出してたんだけど、店員が二人になっちゃった。実質店長の大槻ケンヂさんも家出したまま帰ってこず、文学したりマルチタレントしたりしてましたからね。番組の中のインタビューで言ってましたが、いちおう看板を守ってた二人が鍵を開けて待っててくれたと。そこにふらっと何人か帰ってきた。ほら、もう完全にノスタルジーの世界でしょ。
 会場もすごい盛り上がりでしたが、実はかなりの筋少ファンであった私とウチのカミさんも大興奮でありました。二人が出会った頃、筋少の話で盛り上がったことを思い出しました(郷愁)。
 私も40を過ぎて多少大人になりまして、あらためて彼らを観て聴いてみましてね、いやあ、本当に感動しましたよ。もともとメチャクチャな渾沌バンドだったわけですが、こうした異様で不測の化学反応というのは楽しいですね。何でもあり。パンク、プログレ、メタル、ハードロック、ファンク、ポップ、歌謡曲…そこに大槻ケンヂさんの文学的(自虐的)歌詞が見事に溶け込んで…ないな。そこにやっぱり相変わらずの妖しさが立ち現れておりました。
 それにしても、バンドとしてうまいなあ。うますぎる。大槻さんのヴォーカルもなんかうまくなってるような気がする。そして、彼のMCね。最近いろんなグダグダMCを聞いてたから、これは最高でしたよ。一つの演劇ですね。緩急自在。言葉の魔術師…いや、詐欺師かな。
 なんか、最近40歳が熱いですね。20代でがむしゃらにやって、30代で壁にぶちあたり、40代で吹っ切れるみたいな。ま、30代が雌伏の時なんでしょうね。家庭を持ったりするし。
 でも、こういう本来音楽性が全然違う人たちが、ちゃんと一つのまとまった音楽を作るというのは、すごいことです。それこそケンカも絶えないわけですけど、結局は他者の世界を認め、受け入れなければならないんですから。40歳になれば、たしかにそれは昔よりも楽に出来るようになるな。
 そして、なんたかんだ言っても、彼らを再び結びつけたのは、バンドマンの本質「女にもてたい」という気持ちではないでしょうか。音楽性なんか結局二の次ってのが、実は最強だったりするんですよ。ロックはね。一生懸命練習して、見た目も磨いてですねえ、「キャー」と言われたい。理屈はいいんじゃないっすか。そんな、おじさんの中の屈折した少年の心を感じたライヴでしたよ。やっぱり少年ノスタルジーだな。
 まじ、楽しかったっす。ここんとこ、レミオロメンやバンプやACIDMANなんかの、同級生仲良しバンド、それも若者バンドをよく聴いてきましたからね。こういうハチャメチャな同世代バンドもいいなあと思いましたし、自分のバンド活動への意欲も大いにわいてきました。女にもてたい、ってか?ww

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2007.02.24

『きょうの猫村さん1・2』 ほしよりこ (マガジンハウス)

Necomura ちょっと遅ればせながら読んでみました。最近ヒッキーでコモラーな生徒が貸してくれました。やつが貸してくれるマンガはワタクシ的にはずれがない。もっといろいろ見つけてきてくれ…てか、学校来い、って業務連絡してどうすんだ(笑)。
 さて、これ。たしかに面白かった。理屈抜きに楽しめました。世の中では「癒し系」と分類されてるんでしょうかね。たしかに癒されると言えば癒される。でも、もうちょっと正確に言いますと、ノスタルジーですね。時代設定だと思うんですよ、基本は。ツッパリ尾仁子や、その友人のスタイルを見て分かる通り、70年代後半から80年代はじめの風俗ですね。結局、そういった高度成長後の安定成長期ですかね、あの独特のまったり感に対して感じる郷愁なんじゃないかなあ。少なくとも私はそういう世代なんで、そう感じましたね。
 猫の家政婦「猫村ねこ」さんが派遣された犬神家(この響き自体ノスタルジーですね)は、けっこう複雑な家庭事情です。まさに絵に描いたような問題を抱えた金持ちさんです。そのステレオタイプな時代的歪みを体現する「家族」に、異様に純粋で人情味に溢れ、ちょっとおせっかいな猫が家政婦として侵入してくるんですね。
 で、結局その「猫」は、ちっとも「猫」ではなく(まあ姿はまんま猫だし、挙止動作は猫っぽいけれど)、もっと古い佳き時代の「人」なんですね。それが具体的にいつの「人」なのか分かりませんが、自分のことを二の次にして万人に尽くす、全ての人を信じる、そして淡い純粋な恋心もあったり…そう、なんとなく時代劇のヒロインみたいなんですね。私たちはこのマンガを時代劇を見るように読むわけです。
 ところで、この作者の絵はどうでしょうか。私は読み進むうちに、すっかりとりこになってしまいましたよ。これは下手とかヘタウマとかいう次元ではない。巧いっす。この人はちゃんと勉強した人でしょう。顔や上半身はわざと崩し気味に描いてますが、足が巧いですよ。猫の足、それも二足歩行させるわけですからね、けっこう難しいと思うんですが、実に巧みに描いています。人間の足も見事。つまり、絵のベースがしっかりしてるので、全体として安定して見えるんですね。構図なんかの工夫も実は緻密に行われているし、なかなかの巧者ですな、ほしよりこさん。
 あと、コマ割りというのがありませんし、フォントも鉛筆手書きだけですから、非常にシンプルなんですね。こういうマンガは久々です。昔の4コママンガを見るような、そういう郷愁というのもありますね。
 このマンガは、ネット上で1日1コマずつ公開されているらしいのですが、やはりこういうふうにちゃんと紙の本として手触りとともに楽しむのが一番でしょうね。デジタル世界が生んだアナログ的名作というわけですか。気に入りました。

Amazon きょうの猫村さん1

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2007.02.23

不二草紙 on TV!!

Blogoods1 今日は2.23、富士山の日です。そんな記念すべき日に富士山蘊恥庵にいいことがありました。
 噂どおり、不二草紙がテレビ(眞鍋かをりのブログッズ)に出ました!日テレさま、ニフティさま、読者の皆さま、ありがとうございました。感無量です…。
 というわけで、眠い目をこすりつつ酒など呑みながら観てました。ちょうど外出していたカミさんも帰ってきまして、さてどんなふうに紹介されるのかな、と二人でちょっとドキドキ。
 最初にこちら「うす~い建物」が紹介されまして、お〜路上観察系ですな、なかなか面白い、オレもいくつか知ってるぞ、とか思いながら観てました。そして、ついに我らが?不二草紙が…ありゃ、「不二草子 本日のおススメ」になってるぞ。まあ、いいや、よくあることですし、清少納言さんのブログ(!あれは最古のブログですよ)も「枕草紙」と書かれたり「枕草子」と書かれたり「枕冊子」と書かれたり、いろいろですからね。私も「不二草子」で検索してもトップに来るように工夫してありますので全然オッケーっす。
 そして「蘊恥庵庵主」を、浜田翔子たんが「うんち・あん・あんじゅ」って読んだ!そこが一番盛り上がりましたね。まあ、グラビアアイドルしょこたん(2号)にテレビで「うんち」と言わせたのは私くらいのものでしょう(笑)。眞鍋かをりさんがすかさずつっこんでました。山咲トオルさんは口アングリ。そりゃあそうだ。
 しかし、なんと言ってもですねえ、一部の不二草紙読者の皆さまはきっと興奮し感動したと思いますが、この写真にも写っているこの記事は…。そう、「第1回 レミオロメン聖地巡礼の旅(その2)」ではありませんか!!もうこの時点でカミさん大興奮。自分が写っている写真がテレビに映っている、ということではなく、レミオロメンのコアな記事、あるいは腐女子記事が映ったからでしょうね(笑)。ぎゃあ〜、どわぁ〜、と大騒ぎになってしまい、全然テレビの音が聞こえません…orz。
Blogoods2 続いて内容を紹介してくれたんですけど、そこでもカミさんの燃え上がった火に油を、いや核燃料を注ぐ記事が…。それも並んで…。日テレさんよ〜、あんまりカミさんを刺激しないでくれ〜。うるさくて聞こえないよ〜。そう、サクこと桜庭和志関係の記事これこれが並んでいる〜!よりによってなんでこれを選んでくれたのか…いや、私もうれしいですよ。しかし、聞こえない…。
 あとでちょっと冷静に考えたんですが、レミオロメンの記事が最初に出てきたのは、これはたまたまその日に収録というか、キャプチャーしたからですね。だからまあ偶然です。そしてサクの記事が並んだのはですねえ、いくつか原因が推測されます。まずディレクターさんか作家さんが桜庭のファンであるという可能性。これは充分考えられる。そして、次にディレクターさんか作家さんが、ウチのカミさんを喜ばせてくれたという可能性。あの頃の記事はそういうミーハーF女子系の話ばっかり書いてましたからね。ま、でもそれはないか。そして、最後の可能性。浜田翔子たんに関する可能性です。翔子たんは、ハッスルサポーターとしてDSEと仕事をしてますからね。しかし、当然ながら、これは非常に微妙な可能性です。もちろん桜庭はDSE(PRIDE)と袂を分かったわけでして…。しかし、私が紹介した本やDVDはPRIDE時代のものですし…。う〜む、謎だ。
 まあ、そんなことはいいとして、というか、カミさんにとっては私の分析なんてどうでもいいようです。「腐女子の思いが通じた。念ずれば花開く」とか言っています。おそるべしFパワー。
 というわけで、カミさんが寝静まってから起き出して、あらためて静かに観賞しました(笑)。いずれにせよ、こういう形で自分の作品(?)がテレビで紹介されたというのは、本当にうれしいことです。いつかも書きましたが、三日坊主(三日エセ坊主?)の私がこれほど毎日続けていることはありません。書いた記事は1000以上になりました。継続は力なりですね。継続しているとこうして思わぬ「縁」が飛び込んでくるものです。これからも頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたしますです、ハイ。

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2007.02.22

エレクトリック・ライト・オーケストラ 『アウト・オブ・ザ・ブルー (完全生産限定盤)』

Electric Light Orchestra 『Out of the Blue [Limited Edition] 』
B000m7xsg401_aa240_sclzzzzzzz_ キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!究極のCD!!昨日発売だったんですが、ウチには今日届きました。一日遅れるなよ〜。待ってたぜ〜。
 というわけで、妙に興奮しておりますが、それもそのはず。以前にも紹介しましたELOの究極の名盤の最新リマスターが発売になったんですよ。もう、何度も言っちゃいますが、このアルバムは今の私の人生を決定し、そして今もまだ影響を与え続けている作品なんです。今、本当に節操ないほどに様々なジャンルの音楽をやったり聴いたりしていますが、そのベースになっているのは、間違いなくこれです。
 もう30年ですかあ。ふぅ。しかし、30年前とは思えないほど新しい。もう何千回も聴いているのに全く飽きない(今回のCDでこのアルバムの購入8セット目です!)。特に今回はリマスターということで、非常に音がよくなりました。レコード時代よりCDになってからの方が音が悪かったんで、ひさしぶりに本来の音(それ以上?)で聴くことができました。分解能が数倍上がってます。こりゃあmp3に出来ないな。
 いやあ、マジで中学1年生の時の感動がよみがえりましたよ。はずかしいけど、今の私は少年です。もう、「痛い」と言われてもいい!何度でも言います。なんと豊かな音楽なんだろう!商業性と芸術性がこれほど見事にコラボレーションすることがあるんでしょうか。これは、彼らが敬愛するビートルズでさえも成し得なかった境地です。
Ootb2007 それにですねえ、今回の限定盤はすごいですよ!究極のCDという意味は、あるいはこちらにあるのかも。クリックして見てやってください!!これCDですよ。つまり、LP盤発売時と同じ仕様になっているんです。もちろん紙ジャケット。もちろん2枚組(今まではCDでは1枚だった)。内ジャケットやスリーブ、付録も完全に再現されています。この付録ねえ、右下のですけど、初めて買った30年前、作ろうか、そのまま取っておこうか、迷ったんですよねえ。いやあ、なんか組立紙モデルなんですよ。今見れば他愛の無い代物ですが、当時は組み立てて机の上に置いて、毎日ニヤニヤ眺めてたっけ。切りしろも捨てられず、大切に保管しておいたっけ。それにしても、CDでここまでやってくれるとは…素晴らしいっす(涙)。また、なんていいますかね、こういうミニチュア文化、箱庭文化、フィギュア文化というのは、日本に色濃いのものでして、純日本人であるワタクシなんか、こうして可愛く縮小されているだけで、もう萌え〜なんですよ。まあこうしてですねえ、装丁も含めたレコードカルチャーがプチよみがえるというのは、文化史的に考えてもよろしいことでしょう。
 ただ、いくら2枚組になったとは言え、それぞれにA面B面があるわけではないので、あの十数分ごとの沈黙の儀式というのは再現されません。CDって裏表に書き込めないのかなあ…なんて、そこまでやるんだったら、普通にLPを聴けばいいんだよな。だいいち、CDじゃあ、ひっくり返して、ホコリをふいて、針を落として、曲が始まる前にリスニングポジションへ移動、それも急ぎつつ振動を起こさないよう細心の注意を払って…なんていう緊張感は味わえないわけだし(笑)。
 さてさて、ちょっと冷静になりまして、なんで私がこのアルバムにここまで思い入れがあるかというと、これはやっぱり初恋だからでしょう。それまでもビートルズを聞き込んでいましたけど、彼らは姉や友人に紹介されたものだったし、憧れではあったけれど、リアルタイムではなかったし。つまり、ELOは自分で見つけたんですね。ラジオでターン・トゥ・ストーンを聴いて電撃をくらってしまった。本当の意味での初恋の人なわけです。こういうのって、皆さんにも必ずありますでしょ。
 とにかく、このリマスターの発売は、本当にうれしかったっす。もう一度、今度は冷静に自分の音楽的ルーツを観賞してみたいと思います。さて、もう一回聴くか。
 あっ、あと書くの忘れてた!ボーナストラックがあるんですが、そのうちの1曲「Latitude 88 north」は30年の時を経てニューシングルなんですって。今まで知られていなかった幻の名曲!というほどではありませんが、ジェフらしい佳曲です。私はけっこう好きですね。YouTubeにファンが勝手に作ったPV?がありますんで、一度聴いてみてください。

蛇足…さっきELOと打ったら「エロ」になってしまった…と、ここまではよくあることなんですが、次は「タイツ」になってしまった(笑)。なぜか!?それはですねえ、私は親指シフターでして、親指シフトのカナ入力ではキーボードのEは「た」、Lは「い」、O「つ」なんです。ただそれだけの話でした。

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2007.02.21

『考える人2007年02月号』 (新潮社)〜小津の言葉 

Ozu809 この雑誌は先月買って机の上にずっと置いておいたんですが、忙しすぎて全然読んでいなかったんです。今日は本校の入試の日でして、中学生が試験を受けている間、ちょっとだけ時間が取れましたので、ざざっと目を通してみました。
 表紙を見ていただいてお分かりのとおり、小津安二郎の特集であります。もう小津については改めて語る必要もないでしょう。人は小津について語りがちになる傾向があります。以前は私もそうでした。語りたくなるんですね。つまり「小津を観る」「小津がわかる」「小津はここがすごい」ということを主張したくなる。それは非常に単純な理由で、単純化、記号化されすぎていて、実際は難解になっているからです。「なぜ」がたくさんあるからです。それに答えることが、自分の大人度、マニア度を主張することになるんですね。たぶん。
 そんなわけで、最近は私もちょっと反省して、こちらから語るんじゃなくて、完全に受け身になって目を耳を傾けるようにしています。
 今日は小津の言葉を聞いてみましょう。この雑誌に取り上げられているいくつかの言葉の中から、三つほど抜粋させていただきます。

「ぼくのテーマは"ものの哀れ"という極めて日本的なもので、日本人を描いているからにはこれでいいと思う」
「大事なことは、かならず人から学んだ」
「なんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う、芸術のことは自分に従う」
 
 え〜、先ほど語らないと言っておいて、やっぱり一言言いたくなりますね。ちょっとだけお許しを。「ものの哀れ」ですか。私の専門ですね(笑)。いつも言ってますように、この言葉の意味を曖昧にしてしまった犯人は、あの本居宣長と小林秀雄です。私は彼らを全く尊敬していませんので、はっきり言ってしまいますよ。いや、ほかにもいるな。それについてはこちらこちらに書いてます。
 繰り返しになりますが、私が考える、というか紀貫之さんから直接うかがった(!?)「もののあはれ」の真義とは、「時間の流れに伴う変化に対するためいき」であります。「もの」はいつも言うように「変化・不随意・外部・未知」などを表す言葉です。「あはれ」は「ああ」であり「aha」であり「あっぱれ」であり「哀れ」です。感動詞。詠嘆。
 小津はさすが、わかってますよ。彼が作った映画を観ればわかるじゃないですか。例えば、時とともに家族が解体していく。彼はそれを繰り返すことによって、そしてもちろん映画というメディアを通じて、固定化しようとした。典型的な「もの」の「こと」化ですね。
 一昨日も登場したレミオロメンに代表される日本のロックの世界もまさにこれです。「せめてこの時間よ、止まれとは言わないよ、ゆっくり進め」「時が止まればいいなって、真剣にぼくは願う」「ああ戻らない破いてしまった日めくりカレンダー」「ああ形ある全てのものに終わりが来る」…レミオロメンだけでもいくらでも出てきます。日本の伝統ですね。まさに貫之の古今集の世界が、今の歌につながっているんです。
 だから、今の若者もですねえ、小津を観るべきです。昔は生徒にもよく見せていましたが、最近はどうもダメですね。見せる勇気がありません。本当は見せたいんですけど。白けるか寝るか、どっちかになりそう。現代のテレビっ子たちにはきついかもなあ。もう少し歳をとってからの方がいいかな、と。
 さて、二番目のお言葉です。これはまさに「我執を捨てる」ということでしょうし、自分を造るのは他者であるという「縁起」の思想ですね。もののあはれ=無常とともに仏陀的です。まさに至言。
 三番目も深いですね。有名な小津の発言です。いろいろな解釈も可能でしょうが、やはり最後の「芸術のことは自分に従う」でしょうね。一見、「我執を捨てる」と矛盾するようですが、芸術は最終的に自分自身に他なりませんから、当然こういった発言になりますよね。昨日も書きましたが、表現の力になるのは「他者との縁」であることが多いのですが、それを受けての自分自身は、やはり自分でしかないわけで、究極は「縁起した自己」を開陳するしかないわけです。そういう境地を経ての「自分は自分」というのは「我執」ではないと思います。つきつめた結果、世界との関係性を感じつくした結果の「自分」とは「世界」全体にほかならないのでしょう。詩のボクシングチャンピオンさんの「無いものは出ない」も、同じことを違う角度からおっしゃった言葉だと思います。
 そうすると、また飛びますが、レミオロメンの「アイランド」における「時は止まらず、人は変れない」という歌詞の意味もわかってくるというものです。藤巻くん、若いのに立派です。
 と、こんな感じでまただいぶ語っちゃいましたが、それこそこの語りこそが、他者との縁によって生じる「私自身」なわけでして…ってことは、このブログも「芸術」なのか!?いや、それはないっすね(笑)。

Amazon 考える人2007年02月号

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2007.02.20

『世界史の臨界』 西谷修 (岩波書店)〜「史」と「詩」

Sekaishi67 講談社学術文庫に入っている「不死のワンダーランド」や「戦争論」を楽しく読んだ覚えのある(しかし内容は覚えていない…笑)西谷修さんの本です。クレオール関係の本も何冊かつまみ読みしたような記憶がありますが、定かではありません。私の読書ってこんなもんですからね。
 さて、それでこの本ですが、これもまたなかなか面白かった。西谷さんの書き方というのがですねえ、比較対照がはっきりしているので、読み進めやすいんですよ。まあある意味そういう二元論的な発想は危険でもあるわけですが、私のような物わかりのあまりよろしくない者にとっては、とってもいい本、いい人に感じられます。
 今回、心に残ったコントラストの例はこれでしょうか。「歴史」。だいいち「歴史」という単語が「日本語」であって、漢語(中国語)ではないとは。今では逆輸入されて中国でも使うようですけど。簡単に言えば「history」の訳語として、日本人が考えた言葉だということです。
 で、中国には本来「史」しかなかったと。で、「史」というのは「事(祭)」を記録するという意味だったとか。つまり、王が行う祭祀(まつりごと)の記録であったらしい。そして、宗教色が退色することによって、結果として王朝の公式記録となっていく、というようなことが書いてありました。なるほどね、王朝の正当性の根拠が「史」というわけか。
 一方ヨーロッパの「history」は、個人の「探求」や「研究」の集積であり、そこから生まれる共同認識だそうです。そして、キリスト教と結びつくことによって、それは「神の国の実現」というゴールを持つようになったと。たしかにそんな気がしますね。
 そうしますとね、私が好きな宮下文書(富士古文献)なんかの古史古伝は、まさに「史」ですよね。それを「history」の立場からですねえ、やれ偽書だ、学問的価値がないって言われても、そりゃあそうですよ、と言うしかない。総合格闘技原理主義者からプロレスは八百長だって揶揄されても、嬉しくも悲しくも痛くもかゆくもないのと同じです。ジャンルが違うんですから。
 それでも現代の世の中は、どうも西洋的価値の方がまだまだ優勢なようなので、こういう東洋的演劇世界は多少肩身の狭い思いをしなければなりません。残念ですね。しかし、西谷さんが指摘するように、所詮ヨーロッパ的なhistoryも、「きわめて散文的で地上的な知の営みだった」わけです。どうせ言葉を使って学問するわけですからね。言葉のうさん臭さは拭いきれなかったのでしょう。それは、「歴史学」に限らず、全ての西洋的学問に共通した弱点です。
 そういう意味では、言葉という「コト(内部・随意・不変・情報)」の権化を使って、「モノ(外部・不随意・変化・存在)」を表現してしまった、というか、産出してしまった出口王仁三郎の霊界物語というのは、本当にメチャクチャなシロモノです。西洋的な価値観を全く寄せつけず、しかし西洋的な「コト」をも併呑し、再構築どころか、永遠に破壊分解して、それをまぜこぜにして、結果案外きれいな色合いの「モノ」を産み出してしまった。モノすごい、としか言いようがありません。
 禅のように「言葉」のうさん臭さを捨てるというのも一つの手でしょうが、それでは元も子もないと言えば元も子もない。そこに禅のちょっとした敷居があるんですね。私たちから言葉を取ったら、私たち生きていけませんよ。それこそ出家するしかないんです。
 今日、縁あって詩のボクシングのチャンピオンさんと、メールで対話する機会を得ました。そこでちょっと考えたんです。「史」は「詩」だよなって。叙事詩だよなって。そすると霊界物語もやっぱり「詩」ですよね。壮大で厖大な「詩」だと言えましょう。
 「史」も「詩」も、「言葉」によって、事実を破壊する行為です。それを偽りだとか八百長だとか言うのは簡単でしょうね。しかし、事実と認識しているコトこそが、実はフィクションであって、つまり人間の脳という小さな世界での根拠のない認識でしかないという可能性は、実は誰しも捨てきれるものではないと思います。
 で、我々の共通認識の道具としての「言葉(コトノハ)」を使って、あえてそれを使ってですね、この現実世界を破壊するんですね。破壊と言っては過激でしょうか、まあ別の世界を構築するわけです。それがすなわち、この狭っくるしい、なんだか知らんが、空間やら時間やらに縛られている不自由な現実世界から解放される一つの方法になるわけですよ。
 さっき言った、禅的なアプローチというかストラテジーもありだと思いますし、まあそれが究極と言えば究極の善策だとも言えましょうが、言い方によってはそれは死んで仏になれということにもなってしまいます。ですから、やはり私たち生きている人間にほとんど唯一許された行為は、「言葉」を使って「詩」や「史」を作ることなのでしょう。
 「無いものは出ない」…詩のボクシングのチャンピオンさんの重い重い言葉です。昨日のレミオロメンの諸君もそこに気づいたというわけですね。そう、彼女も彼らも(いちおう私も?)、一度「無いものを出そうとする」過ちと苦しみを味わっての現在だと思います。ただ、「無いものは出ない」なら「有るものは出る」のかというと、そうとは限らない。「詩」や「史」がそうであるように、別世界を創るためには「有るもので無いものを創る」必要があるからです。それを実現する力は、「才能」ではなくて「他者・外界との縁」ではないでしょうか。
 昨日のレミオロメンと今日のチャンピオンさんから、そんな智恵を授かりました。そんな気づきにちょっと寄与したのが、西谷さんの「世界史の臨界」であったというわけです。長々とすみませんでした。

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2007.02.19

レミオロメン『茜空』&今日のネクタイ

Vicl36400 今朝、職場に向かう車の中で、レミオロメンの新曲「茜空」を聴きました。発売はホワイトデーでありますが、今日がオンエア解禁日だということで、FM-FUJIで彼らのメッセージとともに流れました。ここのところ通勤帰宅の車中では、彼らのインディーズ盤といいますか、自主製作盤CDをじっくり聴いていたんですが、今日に限って出発時にカーステをラジオに切り替えたんですね。ホント偶然でした。
 いい曲ですねえ。彼らなりのいろいろな迷いがあったと思いますが、名曲「アイランド」を経て、再び彼ららしい楽曲を生み出すことができるようになったようで、おせっかいな親心で彼らを見守っていたオジサンも、なんとなくホッとしたといいますか、うんと迷って悩んで大きくなれよ、なんて思ったりしました。う〜む、ちょっと目に熱いものが…。
 音楽的には、全編四七抜きメロで藤巻節全開ですが、私にはあの優しいAメロの入りがたまりませんねえ。そして、サビには一ひねりあったり、サビ入り前はアイランドで覚えた(小林武史さんに教わった?)和声的なワザを使ったり、また藤巻くんお得意の展開部はいつも以上にハメをはずしていたりして、つまり、彼らの基本の上に、今まで学んだこと、そして実に前向きな挑戦も加味されております。非常に健康的で充実した楽曲ですね。良かったっす、アイランドはちょっと病的だったんで(笑)。
 歌詞も一度聴いただけですが、身の丈の言葉というか、生活に根ざした言葉というか、そう、一時期自分をはみ出してしまっていた(自分から境界線を越えようとした結果なんですが)言葉をもう一度自分に引き寄せて、じっくり話し合ったんじゃないでしょうかね、とにかく今度の詩はしっかり本物の抒情詩になってましたよ。そうすると当然、漢語やカタカナ語が減り、和語が増えます。「田も作り、詩も作ろう」が思い出されます。
 と、そんな感じだったので、ここしばらく聴いていたデビュー前の彼らの世界と、しっくりなじんでいました。自然にスッと入っていけた。正直嬉しく思いましたね。1年前あたりは、きっと背伸びしすぎてたんだろうな。でも、そういう時も必要です。彼らはまだ若い。
 さて、放送された3人のメッセージですが、最初は異常な暖冬について語ってましたね。おかしいよって。山梨の冬は寒かったよな〜、学校行く時とか…みたいな。その後は、茜空とライヴDVDの宣伝でしたけど、面白かったのは、「ライヴDVDでは治くんのMCはほとんどカットされてたな」というコメント。それに対して治くんは、「あれは来てくれた人だけにわかってもらえれば…」みたいなこと言ってました。さらにそれに二人は「治くんのMCだけ集めて『元気出せよ、治くん』っていうDVDを出そう」とか言ってました(笑)。そんな相変わらずな同級生ぶり(いじめっ子、いじめられっ子ぶり?)にも、なんか安心するのでした。
 なんだろうなあ、こういう心境って、やっぱり仕事柄なのかなあ。ばっかみたいですけど、なんとなく自分のクラスの生徒を見るような気持ちになってしまう。ま、今クラスには女(ギャルorメイド)しかいないし。男に飢えてるのかな(笑)。
 な〜んてことを考えながら車で学校に向かったんですけど、ふと気づくと、ありゃりゃりゃ、あちゃ〜ネクタイしてないじゃん!オレ。やばい。今日の1校時は礼拝という宗教の授業で、全校生徒が体育館に集まって、般若心経読んだり座禅したり校長先生のありがたい話をお聴きしたりするんです。それで、私はたまたま中央の最前線、校長先生の目の前が自分の座る位置なんですよ。これはやばい。ネクタイ必着用のルールがある本校において、ノーネクタイで礼拝に出るというのは、これはもうクーデター並みにやばいことなんです(ちょっと大げさ)。
 でも、こんな時全然焦らないのが私です。なきゃあ作ればいいじゃないですか。学校に到着後10秒かからずネクタイを作りました。あまりの出来の良さに誰も気づかない。
Tie1 あんまり気づいてくれないので、「どう、今日のネクタイお洒落でしょ」と聞くと、生徒は「ホントだ、いつもと違う」みたいな反応。おいおい、違うだろ、こうなってんだよ!とばかりに見せてやりました。そこには新聞をちぎって作ったネクタイのような物体が…。ははは。私こういうの得意なんです。コンサートに蝶ネクタイ忘れた時も、すぐに作りましたし、琴の演奏会で爪を忘れた時(おい忘れるなよ)は、紙コップから爪を作りましたし、前歯(差し歯)が取れて呑み込んじゃった時は、ガムで歯を作りました。他にもいろいろと…(笑)。
Tie2 で、どうだとばかり礼拝に出たんですが、やはり私の悪行がばれたんでしょうかね。仏様はお見通しなんでしょうか。今日拝読した「法句抄8」にはこんなようなことが書かれていました。「剃髪をしているからといって出家とはいえない。心に偽りのある者をどうして出家と言えようか」…おいおい、それってまんまオレのことじゃないか。剃髪してるし、偽ってるし。思わず苦笑してしまった私でした。生徒も心の中で笑いが止まらなかったようです。反省、反省。
 と、今日は朝から濃い一日でした。

レミオロメン「茜空」

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2007.02.18

『美学への招待』 佐々木健一 (中公新書)

Bigaku 「美術」と「アート」の違いとは、「オリジナル」と「コピー」の関係とは…。いかにも現代的な課題ですよね。たとえばここでの「アート」と「コピー」のような活きのいい連中を年寄りがもてあましてしまうという状況は、美学に限らず多くの学問分野で見られます。もてあますものだから、ついつい「今どきの若いもんは…」とか言って否定に走ってしまったりします。あっ、こういうのって別に学問に限らないか。
 筆者は東大を退官されるような年齢の方ですから、社会的にはお年寄り側の人です。しかし、彼は「今どきの若いもんは、若いもんでなかなか面白い」と言うのです。そして、自分の専門である美学という学問フィールドに彼らを招いて、彼らと語らうことを楽しんでいる。
 そう、この本は一般人を「美学」というなんだかよく分からん学問分野に「招待」するのではなく、「現代」そのものを「美学」というフィールドに招き入れるという意味で、「美学への招待」というタイトルを与えられたのだと、私は感じました。筆者は「タイトルの魔力」という、芸術のみならず様々なものへのネーミングについて論じた名著も書いています。ですから、ご自分の本のタイトルには人一倍の思い入れと意図があるに違いありません。そんなわけですので、私はちょっとうがった見方をしてしまったわけです。ま、そんな勇み足もまた魔力のせいかもしれませんね。
 さて、この本、本当に優しく易しく書かれていまして、あんまり分かりやすいので、私は中学生向け国語テストの本文に使わせていただいたりもしました。美学と言えばいちおう哲学の一分野のようなものなのですが、この本は全然浮世離れしておらず、身近な現象や体験を通じて、「美」とは何かという難題の答えを模索しようとしています。
 もちろん佐々木さんは、いわゆる難解な論文も多数お書きになっている学者さんなんですけど、最後に(失礼)こういう境地に至ったのかと思いますと、なんとなく感動的でもあるのでした。なんか、難しい公案を重ねた後にある種の諦めに到達した高僧の、優しい笑みに満ちた法話を聴くような心境で読みました。
 ところで、私、実は美学を志していたんですよ。高校時代、おそらく美しくない自分の境遇からの反動だと思うんですが、「美」に異様に興味を持っていたんです。まあ、そういうキモい年頃ですけどね。それで、大学では美学をやりたいなと。でも、哲学の一分野としての美学を学べるところは、あそことかあそことか、そう最高学府レベルのいくつかの大学しかなかったんですね。もちろんそんな学力はなかった。勉強しないで「美」について考えてばかりいましたから(痛)。で、受験にも大失敗して某負け犬大学に進学した。なぜか文学部の国文学科に行っちゃったんですが、そこでもまだ「美学」への憧れは捨てきれなかったんですね。それで「言語美学」をやろうと。当時(今も)そんな学問は名前だけあって、実態はないに等しいものでした。で、行きたいなと思ったゼミの先生に、そのことを話したら「はあ?」という顔をされた上に、「違うゼミに行って下さい」と言われてしまった。そこで、私の夢は完全についえました。
 憧れていた女にふられたようなものです。その後はそれこそ反動で、反美学的な活動に走り始めました。芸術をおちょくったり、あえて醜悪なものに接近したり。そして、今に至り、このブログに至るのであります(笑)。でもね、この本を読んだら、昔の女を思い出しちゃったんですよ。佐々木老師のお言葉を聴いたらね、思い出しちゃったんですよ。もう一度まじめに「美」について考えてみようかなって。佐々木さんみたいに、メインとサブを対抗させないでカルチャーを論じてみようかなって。ん?それはけっこうやってるか。そうじゃなくて、やっぱり「まじめに」考えるってことかな。こんなふうに半分ふざけて、つまり半分逃げ腰になってるんじゃなくて、正面から、しかし力を抜いて「美」と向かい合ってみようかな。
 こんな感じで、結局私も「招待」されたのでして、なるほどこの本のタイトルには偽りはなかったわけなのですね。佐々木さん、ありがとうございました。あなたが達観したところで発した魔力は、なかなかに強力でありました。

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2007.02.17

『DVカメラ GR-D650』 (ビクター)

Grd650s_s 昨日のショー(?)の撮影がこのカメラの初仕事でした。一通り使ってみたので、レビューしてみましょうか。まずお値段ですが、30000円を切りました。安いというのが一番の魅力でしょうね。造り自体はそれなりに安っぽいのですが、軽いし操作性も悪くなく、よい買い物をしたと思っています。
 昨年の夏ごろでしょうか、10年前に買ったソニーのDVカメラ「PC7」が突然崩壊しました。なんか部品がバラバラと取れて動作しなくなりました。でも、ソニーにしては比較的長持ちした方ですね。使い勝手もまあまあ良かったし。よく活躍してくれました。
 さあ、それで次はどうしようかと。はやりのHDカムはダメ!いつも言っているようにHDの信頼性の低さです。それこそ10年後使えているかどうか…。まず無理です。HDの寿命はそんなに長くありません。そして、HDに撮りためたデータは当然どんどんDVDに焼いていかねばなりませんね。そして消去する。つまり、最終的にDVDがマザーになるわけです。それも保存性において非常な危険を伴います。そう、意外に磁気テープメディアって保存性が高いんですよね。20年前のVHSもきれいに見れます。10年前のDVテープも全く問題ありません。物理的な破損も一部を犠牲にするだけで修復可能な場合が多い。
 そして、過去のDVテープ資産がかなりありますからね、再生用にどうしても一台必要じゃないですか。てなわけで、やはり最終的にはある程度成熟しつつ、値段も下がっているDVカムを選択いたしました。これが現状ではベストな選択でしょうね。皆さん、だまされないように(笑)。
 さて、それでなぜビクターのこの機種にしたか、です。最初に書きましたように、まず安いというのが魅力です。次は光学ズームが15倍だということです。これはちょうどいい。私の経験上、手持ちで実用的なズーム倍率の限界は15倍です。今、ビクターでは光学34倍というのも出してますが、それはやりすぎです。ほとんど非実用的ですし、通常の使用域でのいろいろな犠牲があるのは当然でしょう。
 さらに、このD650は最短焦点距離時の明るさがF1.2でして、これは廉価カメラとしてはずば抜けた数値です。つまり、暗いところに強いということ。昨日の撮影もそうでしたが、ビデオ撮影というのは案外室内が多いんです。私は学校行事や自分のコンサートの録画に主に使いますので、こういうレンズの明るさというのは重要なんです。実際、昨日の映像はF1.8のPC7とは比べ物にならないほどノイズが少なかった。理論値的には2倍明るいということですからね。ちなみに、さらなる暗がりではナイトアイが使えます。そして、そういう明るいレンズにも関わらず、マクロ5センチまで寄れるというのもいいですね。ただ、もう少し広角よりだったらなあ。35mm換算48.1mm〜721.5mmです。ま、いざとなったらワイコン使いましょ。
 実はそのレンズ以外にはこれと言った特長はありません。その他は普通のカメラと同じような機能です。でも、それで充分ですよね。撮り損ないがなければいいわけでして。そういう意味では、オートモードはとても親切ですね。クイックパワーオフなんかも便利。マニュアル撮影もそこそこできますし、静止画も思ったよりキレイでちょっとした撮影には充分という感じでした。
3300 さて、こうしたムービーカメラの問題点と言えば、やはりバッテリーでしょうか。付属の最小タイプのバッテリーは、カタログの言うとおり80分弱で使えなくなりました。コンサートの固定撮影なんかでは、ちょっと足りませんね。というわけで、一番でっかいのを買わねばなりません。しかし、皆さんご存知のように、純正のバッテリーというのは異常に高いわけです。たとえばこの機種用のBN-VF714は13,650円もします。本体の半分の値段。それは高すぎます。で、やはり裏技というか、ちょっと危ない橋を渡るわけですね。私はこれを買いました。中国製です。で、実際使ってみると全然問題ない。残量データがちょっと多過ぎ(フルで480分…それはないっしょ)に表示されるのは仕方ないとして、 まあ4時間は普通に使えそうです。これなら多少へたってきてもOK。第一純正より軽いし、色もシルバーで大変によろしい。650でも、実際カメラに装着するとですねえ、こんなふうに非常に見た目的にアンバランスなことになってしまいます。それでも、軽いし、案外重量バランスはいい感じなので良しとしましょう。
 さあ、何年使えるかな。子どもの運動会とかを撮影するというような、いわゆる普通のお父さん的な使い方はあんまりしないと思います。だって、あれって撮影にばかり気を取られて、生でしっかり観てないじゃないですか。みんなモニターを見てる。あれはおかしいですよ。ウチに帰ってゆっくりテレビで観るってことですか?私には理解できません。

GR-D650公式

ゲットプラスの売り場

電池プロ

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2007.02.16

メイドとオタクの共演(競演・饗宴)!?

Maid12 疲れた〜。でも、妙な充実感があるなあ。
 今日は予餞会という行事がありました。あらかじめはなむけをする会という意味でしょうね。ま、3年生を送る会みたいなものです。
 で、私は毎年何か出し物をやるんですが、今年はなかなか面白い企画をいたしまして、クラスのギャルどもと一緒に楽しませていただきました。
 覚えていらっしゃいますか?あのメイド教室。あのメイドたちがとうとう全校デビューを果たしたんです。
 メイドたち、あの頃から毎日踊りの練習をしてまして、それを発表したと。それに、スパイスとして、担任と副担任と先輩の男どもがオタクに扮して登場したと。山梨のオタク3人が初めてアキバに行き、そこでAKB48のステージを観るという設定であります(なんだ、それ?)。
Ota3 オープニングは当然ELOのトワイライトですね。ELOファンとしてはちょっと複雑な心境ですが、やはりあのイントロを聴いただけで、みんな電車男を思い出すようです。もう1年半も前の放送なのにね。で、そのあと、私たちオタクが登場いたします。アキバを探索しつついろいろなハプニングに巻き込まれるという、くっだらないコントであります。右の写真は本番前にオタク3人で撮った記念写真です。ちなみに一番右の危ない目をしてる(演技っすよ!)のが担任の私です。真ん中は2年の真性ヲタ、左は副担任です(笑)。もちろん、これは記号化されたオタクでして、実際にはこんなのはいませんからね。私は坊主頭なので、楽天でオタクセットを買いました。首からさげているのは娘のケロロ24です。肩からかけているのは、現千葉大アニ研会長さまから借りっぱなしになっているヲタバッグです。中身も彼から借りっぱなしのドリキャス!ソフトは「Air」と「Kanon」…濃すぎる(笑)。
 オタクたちがちょっとだけAKB48の新曲「制服が邪魔をする」のダンスを披露したところで、いよいよメイド軍団登場であります。踊るのはAKB48のデビュー曲「会いたかった」です。さすがにお客さん、3年生の男子を中心に盛り上がってましたね。これは萌え〜でしょう。女子は微妙な反応でしたが…。まあとにかく、この企画は基本秘密裏に進められていたので、みなさんびっくりしたことでしょう。衣装まで全部揃えて、ここまでやるとはね。大成功と言えるでしょう。
 学園祭でのダンスもそうでしたが、やはり一生懸命練習して、それを緊張しながら本番で発表する。そして拍手喝采を浴びるというのは、彼女たちにとっても大変良い経験です。若い時にそういう経験をたくさんしておくべきですね。彼女たちがこれから本格的に挑む大学入試も基本的にそういう性質のものですし。私、というかウチの学校は、とにかく勉強もクラスみんなでという方針でやっております。いや、クラスというより先輩も後輩も先生もいっしょだな。受験というのは、孤独な戦いと思われがちですが、全然そんなことないんですね。みんなで、という精神的な支えがいかに大切か。そして、どうせなら楽しく行かなきゃ。
 と、ちょっと偉そうなこと言ってますけど、実は自分が一番楽しんでたりして。基本的に人前で何かやるの大好きですし。この歳になって、こういう感動やら興奮を味わえるのは幸せですよね。
 そして、祭のあと、ビデオを観ながらみんなで大いに盛り上がったんですが、その後、誰からともなく黙々と勉強を始めた彼女たちを見て、ああ成長したな、こいつら伸びるぞ、と心から思いました。こういう切り替え、メリハリ、けじめが身についてくれば、あとは放っておいても大丈夫です。
 つくづく、今日はいい日だったなあ。今日参加できなかった受験真最中の3年生たちも、みんながいることを忘れず頑張れ!もう少しだ。
 では、最後にメイドとオタク全員による記念撮影を。カシャッ!!
Maid34

AKB48公式

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2007.02.15

『ブッダは、なぜ子を捨てたのか』 山折哲雄 (集英社新書)

T5438 今日は涅槃会。お釈迦さまのお亡くなりになった日です。ウチの学校は禅宗のお寺さんが母体になっておりますので、1時間目に特別の礼拝(らいはい…ですよ)をいたしました。
 その中で、校長先生がお釈迦さまの子捨ての話をしました。お釈迦さまは、16歳で結婚しまして、29歳で初めての子に恵まれます。しかし、その子に「ラーフラ(障碍)」という名前をつけた上に、しばらくして家出をしてしまいます。出家というよりも家出ですね。で、家族も仕事もほっぽり出して、自分の趣味(修行)に専念してしまいます。ある意味ネグレクトですな。
 なんでこんなことをしたのか。それはお釈迦さまにしか分からない。だから、正直、山折哲雄さんにも分かっていない。タイトルだけを見ると、その答えがそれなりに提示されていそうですが、それについての当時の文献があるわけでもなく、しょせんは「思いを巡らす」ことしかできないと思います。まあ、その思索の低徊の積み重ねが、仏教徒の生活の基本といえば基本とも言えますけど。
 というわけで、山折さんのこの本のことを思い出しまして、今こうして記事にしております。読んだのは去年の夏ですね。その時はあんまり印象に残らなかったし、なんかいかにも売るためのタイトルだな、と感じたりもして、おススメするのはやめたのでした。でも、今日、校長先生のお話を聞いてちょっと思うところがあったので、この本もついでに紹介しておきます。
 なぜ我が子に「ラーフラ(山折さんは悪魔と訳しています)」という名をつけたのか。校長先生は、子どもこそ親にとって執着の対象になるんだということを力説しておりました。なるほど、そうか。たしかに自分も含めて普通の親は、子どもをまるで自分の所有物のように扱っています。小さい時からいろいろと習い事をさせたり、いろんな物を買い与えたり、おまえの為だという言葉を切り札に、様々に自分の思いを実現していこうとします。そう、もうみんな気づいているはずなんですが、親の「おまえの為」というのは「自分の為」なんですよね。
 で、反抗期が訪れたり、あるいは親が思うほど才能がなかったりして、「思い」が裏切られていくわけです。そうすると、今度は不機嫌になる。よくありますよね。
 これはまさに「執着」そのものです。また、私の得意技が出てしまいますが、とにかく自分の思い通りを欲するというのは「コト」に対する執着です。逆に不随意で変化するのが当たり前な存在が「モノ」でした。日本と日本語という狭い領域で考えると、こういうことになるわけです。で、考えてみれば「子」も昔から「コ」でした。私の音義説によれば、カ行音は「不変」「固定」「随意」を表す音です。ということは、やはり自分の子どもというものに、本来的に自分の思い通りにしたい、変化する(死ぬ=モノ)自分の何か(遺伝子ですかね)を託したいという気持ちがこめられているのでしょうか。意識しなくともね。
 まあ、時間の一方通行性からしまして、これは子どもにとってはエラい迷惑な話ですよね。あくまで自分の意志でなく「生まれた(迷惑の受身)」わけで、でも生まれちゃったら生んだ方の事情なんて関係なく、自分は自分なわけでして。
 そんなふうに考えていましたら、ああそうか、お釈迦さまは結局ラーフラのためになることをしたんだな、と思えるようになります。自分が自らの執着から解放されるのと同時に、ラーフラは親の愛というずいぶんと身勝手な、ありがた迷惑なものから解放されるんですからね。カルマからの解脱でしょうか。
 実際ラーフラはのちに仏陀となったお父さんの弟子になります。十大弟子の一人になるんです。普通に王家の子どもとして成長したらどうなっていたんでしょうね。
 というわけで、私も妻子を捨てて家出するかと言いますと、そんな勇気もありませんし、第一お釈迦さまのように結果として立派な父親(仏陀)になれるわけもなく、まあ放蕩オヤジで終わるのがオチでしょうから、そんなことはしません。せめて、自らの執着心だけは抑えつつ、そして、子どもを捨てるのではなく、子どもに捨てられる覚悟だけはちゃんとして生きていこうと思いました。できるかな。

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2007.02.14

『四季〜管楽器付きドレスデン版〜(ヴィヴァルディ)他』 フェデリコ・グリエルモ指揮ラルテ・デラルコ

VIVALDI: 4 Seasons (Dresden version with winds)
Federico Guglielmo/L'Arte dell'Arco
1292 古楽人として「四季」を語るのは、どういうわけか妙な気恥ずかしさが伴うものです。あまりに有名とか、そういうことではなくて、彼のなんとも言えない音楽性がですねえ、あるレベルにある古楽愛好者にとっては、やや物足りないというか、とにかくあんまり関わりたくないという感情を引き起こすんです。なんて、なんか奥歯にサキイカがひっかかったような物言いですが、実際私もある時期、彼を敬遠しておりましたのは事実であります。ま、ヴィヴァルディが好きで〜す、と言うよりも、バッハとかフランスものとかイタリア初期ものとか言った方が、かっこいいし、通っぽいってことです(笑)。
 ただ、不思議なものですねえ、ここのところまた楽しめるようになったんですね。それが演歌や歌謡曲を心から楽しめるようになった時期と一致するんで興味深いわけです。ヴィヴァルディは演歌なのか?
 たしかにワンパターンとも言えます。全体に似ているとも言えます。でも、そんなこと言ったら、私にとってモーツァルトはもっと似て聞こえます。だから、そういう言い方だけでは片付けられないような気もするんですね。
 これもある時期(あの頃)のことなんですが、友人と「ヴィヴァルディって小室哲哉だな」と言いあっていたことがありました。やはりある種のワンパターンというか、強烈な独特の色や匂いがある。でも、世間では売れ続けた。若い女の子のプロデュースして生計立ててたし。後世への影響力を考えても彼と彼は似ている。
 で、ちょっとバカにしながらも、冷静に考えてみると、彼らに似ている人はいなかったりする。二番煎じはたくさん出るけれども、やはりオリジナルにはかなわない。もちろん、その前に「彼」らしい音楽はない。突然現れて一つの流れを作り、それがまたその後の流れを決定したりする。
 古楽人の代表(?)あの大バッハも、かなりのヴィヴァルディおたくだった。私たちが一瞬バカにしてしまったその人を尊敬しまくっていた形跡がある。
 私は最近思うんですね。ヴィヴァルディって作曲家というより、オーケストレーションの天才なのではないかって。はっきり申してダサい曲もたくさんありますが、その曲にしても、それぞれのパートのバランス感覚はなかなか良い。というより、無駄がない。けっこう削って削って極限まで和声を薄くする時と、逆に足し算をしていって、ある意味極限まで(やりすぎの手前まで)音を足す時があるんですね。こういう所をバッハさんは勉強したんじゃないのかな。他の楽器用に編曲することによって、逆説的にヴィヴァルディの技をお勉強したんじゃないのかな。
 そんな具合に再評価を始めたんですが、それに拍車をかけてくれましたのが、本場イタリアの古楽人の皆さんによる演奏です。くそまじめに弾いても全然面白くなかった曲たちに、大いに演劇性を持ち込み、生気を吹き込んだんです。そうしたとたんに、彼の曲が輝き出した。ああ、そうか、もともとそういう風に作られてるんだ。演奏者による変形や誇張を受け入れて成長するように作られてるんだ。そう言えば、それこそがバロック的なありようとも言えるな。
 そこで、「四季」を聴き直してみたわけです。そうしたら、やっぱり面白いですよ。すごい曲ですね。ここまでコテコテにお芝居じみた音楽ってあるんでしょうか。特に、この演奏はすごいですよ。勝手にリコーダーやらファゴットやらホルンやらを加えて、さらに色彩豊かな演奏を実現しています。お芝居で言えば、衣装や舞台装置に凝ってるという感じかな。そういうある意味乱暴なことをされて、それで余計に輝きを増すんですからね。オリジナル主義ってなんなんだって感じですよ。
 まあ、それを抜きにしても、この時代にこういうアイデアに満ちた音楽が存在すること自体、奇跡的とも言えます。はたして、バッハやモーツァルトにこんなことが可能でしょうか。無理です。同時代の人たちも真似すらできなかった。当時、そうとう新鮮に響いたでしょうね。壮大な実験音楽だったのかもしれません。
 私は例によってNMLで聴いたので、詳しい解説などが読めません。よって、この団体のことなどよく分からないのですが、同団体とホグウッドによる作品3も非常に面白かった。指揮者のホグウッドの方が、演奏者たちに引っ張られているような愉快な演奏になっていました。ヴィヴァルディの本質は、やはりイタリア人でなければ分からないのかもしれませんねえ。
 ヴィヴァルディのアイデアの豊富さということで言えば、余白に収められているグイドの「四季」(GUIDO: Scherzi Armonici, Op. 3)と比較するとですねえ、グイドさんには申し訳ありませんが、グイドさん完全に噛ませ犬(?)になっちゃってます。悪い選手ではありませんが、実力差がありすぎて、ちょっと可哀想でしたね。マッチメイクが残酷です。
 さて、長くなってしまいましたが、ヴァイオリン弾きから見た「四季」ですが、はっきり言って、これをバロック・ヴァイオリンで弾くのは無理でしょう。私にはね。エレキ・ヴァイオリンでいろいろエフェクトかけて弾きたいところです。そう言えば、管楽器どころか、ドラムが入ってるのとか、シンセのリピエーノにエレキ・ギターとかいう録音もあったような気がします。それだけのキャパシティーを持った恐るべき名曲なのかもしれません。
 しばらくいろいろな録音を聴きあさってみようかと思います。

NMLで聴く

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2007.02.13

『リンゴの唄』 並木路子

Namiki 義理の妹の旦那さんが秋田の増田の方でして、毎年御実家からおいしい真赤なリンゴが送られてきます。そのリンゴの名産地増田で撮影されたのが、戦後初の映画「そよかぜ」。そして、その中で並木路子さんが歌ったのがあの「リンゴの唄」です。
 私のような戦後世代でも、この曲はよく知っています(でも、1番だけだな)。映画も第1号なら、歌の方も戦後歌謡曲の第1号と言えましょう。毎年終戦の日になりますと、どこかのテレビやラジオで必ずかかっていますね。そういう意味では、今ではまるで夏の風物誌のようです。しかし、実際「そよかぜ」が封切りされたのは10月11日ですので、この曲がヒットしたのは、寒さの厳しい頃だったようです。寒々とした焼け野原で、いったいどれほどの人々がこの歌を口ずさんで頑張ったことでしょう。
 実は、来月の歌謡曲バンドのライヴで、この曲をやろうと思っているんです。そのライヴのお客様はお年よりの方々がほとんどだということなので、今回は戦後の歴史を歌謡曲でふり返ってみようかと考えているところなんです。ですから、この曲ははずせない。
Photo118167 しかし不思議なもので、並木路子さんの「リンゴの唄」が手に入らないのです。レンタルされていないどころが、どうも現在は発売されていないようなのです。映画の方もいちおうビデオがあるようですが見つからず、オリジナルの曲フルコーラスを手に入れるのは無理でした。なんでかな。
 とは言っても、アレンジして楽譜などを作らねばなりませんので、ネット上に公開されているMIDIデータを探してみました。すると結構あります。どれがオリジナルに近いものなのか分かりかねますが、いずれにせよ改めて聞いてみますと、実によく出来た名曲であることを再確認できます。例えばシンプルなアレンジのこちらなんかどうですか。聞いてみてください。
 作詞は詩人サトウハチローさん、作曲は万城目正です。まず、前奏がすごいですよね。思いっきり長調で始まって歌に入る直前で短調になります。戦後日本を元気づけるという意味では、全体を長調にして明るくという手もあったと思いますが、そこはやはり日本人ですね。夢や希望だけではなく、どこか哀愁を要求するんですよね。それはそうです。ほんの数カ月前まであの悲惨な戦火にまみれていたわけですし。日本人は切り替えが早い能天気な民族ととらえられることも多いのですが、そうではなくて、案外哀しみを直視して、それをベースに明日を生きていく力を得るという部分があるように思えます。
 映画で主役を演じ、この歌を歌った並木路子さんも、戦争で両親とお兄さんを亡くしたそうで、事情を知る人はなんであんなに明るく歌えるんだと思ったそうです。しかし、これはある意味哀しみの中の明るさであって、その結果として多くの日本人の共感を呼び、日本の復興のエネルギーになっていったのではないでしょうか。なんとなくですが、そんな気がします。万城目正さんは、藤山一郎さんをイメージして作曲したそうですが、藤山さんはまだ復員していませんでした。清純な中にかすかに哀愁をたたえた並木さんが歌ったことは、結果として良かったのかも。
 間奏もなかなか面白いですね。全体を通して、日本の歌謡曲の特徴がよく出ています。いろいろな国の音楽が雑多に、しかし絶妙に配合されていますね。歌詞も面白い。リンゴと言えば、戦中は本当に贅沢なものでした。その憧れのリンゴを擬人化して、淡い恋心を歌う…今となっては単純なしかけとも言えましょうが、当時の方々にとっては、本当に心に秘めていた(秘めざるをえなかった)様々な心情が表現されており、なんともたまらない魅力があったのでしょうね。
 そんなわけで、来月はこの曲も心を込めて演奏させていただきます。こんなふうに歌を通して、当時の人たちの心に灯った小さな、しかし強い光を感じることができるのは、私たちにとっても嬉しいことであります。うん、ホント歌謡曲バンドやってると勉強になるし、音楽がますます好きになりますね。

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2007.02.12

『ジャンボ鶴田の受験は格闘技だ』 ジャンボ鶴田 (ごま書房)

志望校を突破する"七つの必殺ワザ"を伝授しよう
Jumbo22 うん、これは素晴らしい本だ。生徒に読ませなければ。
 ちょうど昨年の今日、家族でジャンボの墓参りをしてたんですね。
 最強・伝説のプロレスラーであり、かつオレゴン州ポートランド大学教授、慶應大学、中央大学、桐蔭学園横浜大学講師の肩書きを持っていたジャンボ鶴田。心から尊敬する彼が亡くなってそろそろ7年が経とうとしています。
 ちょうど昨日の記事でもAHさんがコメントしてくれましたが、ジャンボ鶴田は強すぎて苦労したレスラーでした。相手を引き立てるためには、どうしても自分の強さを隠さなければならない時があるわけで、それがオーバーアクションと取られたり、もっと攻めろと言われたり、今彼の試合の録画を見ると、そのあたりの涙ぐましい?努力がうかがわれて、なんか辛くなってしまいます。
 そんな彼、42歳の時に「B型肝炎です。このままプロレスを続けたら死にます」と宣告されます。世界を極め、最強の名をほしいままにしていた、まさに絶頂期のことだっただけに、本人はもちろん、私たちファンも大きな衝撃を受けました。42歳と言えば、今の私と同じ年齢です。自分の仕事のことを考えても、その「死刑宣告」がどれほど彼の体のみならず心にダメージを与えたか、想像を絶するところです。
 しかし、「人生はチャレンジだ!」を標榜する彼は、すぐに新たな目標を掲げ、それを困難の中で実行し、そして夢を叶えていきました。その夢とは、筑波大学大学院に入学し、教授レスラーになるというものでした。結果としてアメリカの大学の客員教授として招かれたその1年後亡くなってしまうのですが、そのまさに男らしい生き様は、リング上の彼以上に、私たちに感動を与えてくれました。もともと、山梨の牧丘出身ということもあり、身近に感じていたのですが、こうした生き様を見せつけられた私は、いつからか本気で彼を心の師と仰ぐようになっていたのでした。
049jturuta1 日川高校のバスケットボール部で活躍し、オリンピックを目指して中央大学に自力合格を果たします。その後、レスリングに転向、たった3年でミュンヘンオリンピックに出場します。神の子KIDのお父さん、これまた私の大好きな「神の子の父=神」山本郁榮さんと一緒にミュンヘンに行ったってことですね。郁榮さんは7位でしたから、もしかして「神」>「怪物」?なんてね。そう言えば、郁榮さんも高校時代はバスケの選手だったんだっけ。鶴田はその後、全日本プロレスに「就職」。どんどん新しいことに挑戦して、そして結果を残していきます。
 そんな彼が残した名著がこの本です。そのへんに転がっているレスラー本やタレント本とは違いましたね。本当に学ぶべき点がたくさんありました。何しろいろいろなことに挑戦し、苦難と戦い、挫折も経験しつつそれを乗り越えてきた男です。一つ一つの言葉に非常に重みがありました。内容的には、筑波大学大学院を受験した際のことが中心で、あくまで受験生のための本という感じですが、実際には人生全てに通用する「ワザ」が余すことなく開陳されています。
 この本を読んで、同じ男として、職業人として、父親として、彼と自分の違いがいったいどこにあるのか、正直痛いほど知ることができました。先を読む力、発想の転換、堅固な意志、計画性、不言実行力、そしてなんと言っても「チャレンジ精神」…当たり前ですが、私には全て不足しています…orz。
 もちろん、世界一になるくらいの人ですから、たぐいまれな素質を持って生まれてきたのだと思います。私にはもちろんないものを持っています。しかし、彼の生き様から学び、まねぶべき点は本当にたくさんあると感じました。
 特に、彼の言う「プラス思考」は素晴らしい。単なる楽天的思考とは違います。それは、「失敗の分析」であり「反骨精神」であり「発想の転換」なのです。どんな境遇であれ自分の糧にしていく、一般にはマイナスでしかないことの中にこそ光明を見出していくその姿勢には、正直感動しましたね。
 その他にも、情報収集、体力、友人、家族の重要性や、スランプの脱し方を説いたりと、受験のみならず仕事でも役立つ内容満載でした。また、挿入されている彼自身の体験談、ちょっとしたエピソードなんかも面白いものが多く、プロレス好きならずとも充分に楽しめる内容になっていると思いますよ。私は、しょっちゅう出てくるラッシャー木村さんのお言葉に、すっかり癒されてしまいました(笑)。
 さ〜て、この本を読み、さらに昔の全日のビデオを見まくり、家族で「つ〜る〜た、オーッ」をやって気合いが入ったぞ〜!連休は終わったぜ!明日から頑張るぞ!!人生はチャレンジだ!!

Amazon ジャンボ鶴田の受験は格闘技だ

ps そう言えば「受験は格闘技だ」っていう本、もう一種類あるんですよね。佐藤忠志の受験は格闘技だ—大学合格のための“必殺ワザ”一挙公開というやつです。金ピカ先生ですよ。今何してるのかな。しかしタイトルが似てますねえ。こっちの方が古いんですけどね。金ピカ先生も武道か何かやってたと思いますけど、どう考えても「ジャンボの勝ち」でしょうね(笑)。

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2007.02.11

『第14回蔵開き』 (井出醸造店)

Ide2007 屈辱のあの日から雌伏2年、ようやくリベンジの時が来ました。なんちゃって。昨年は、急用が出来て山梨市に行き、ついでに牧丘のジャンボ鶴田の墓参りに行ってきたのでした。
 地元河口湖の酒蔵「井出醸造店」の蔵開き。今年は都合がつきましたので、村のお友達家族数軒と行って参りました。で、今年は当てましたよ、利き酒。なんか今年は簡単だったような。サービスでしょうね。お客さんの3分の2は賞品の純米生1合をゲットしてましたよ。
 その後は地元商店会の出店でつまみを買って大試飲大会です。例年は寒くて寒くてついついお酒の試飲がすすんでしまうんですけどね、今年は異常な暖かさでして…でも、やっぱり試飲は進みます(笑)。午前中から日だまりの中で飲む日本酒というのもいいものです。見知らぬ人たちとの会話も弾み、ホント昼間っから平和でのほほんとした雰囲気に包まれておりました。
Ide0702 さて、だいぶ酔っぱらってきたところで正午になりました。すると、突然建物の上からラッパの音が。征露丸…ではなく正露丸のテーマ、すなわち「食事ラッパ」がパッパラッパッパ…と。店の方でしょうかね、進軍ラッパで私たちに「もっと飲め」とばかりにエールを送ってくれたのです。このラッパ、いわゆる信号ラッパでありまして、自然倍音で演奏されます。今日吹いておられた方、なかなかの名手で、見事な唇のコントロール。思わずアルコール…ではなくアンコールを促してしまいました。
 そこでちょっと思い出したことを一つ。あの野坂昭如作詞による「おもちゃのチャチャチャ」に「鉛の兵隊トテチテタ ラッパならしてこんばんは」っていうところがありますよ。あの「トテチテタ」というのは、信号ラッパの音階というか、唇の形を表現したものなんですよね。
 夜は友人宅で飲み直し。河口湖冬の花火を見ながらゲットした純米生酒をいただきました。というわけで、今日は朝から晩まで飲み通しでした。すんません。記事もスカスカですな。まあ、たまにはいいでしょう。

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2007.02.10

Lili Haydn 『Light Blue Sun』

B0000agwf901_aa240_sclzzzzzzz_ 昨日録画したモントルー・ジャズ・フェスティバルを観ていたら、ハービー・ハンコックの5tetが出てきました。メンバーの一人がなかなかの美女。彼女、ヴァイオリンを弾いています。そのヴァイオリンがまたうまい。弓の根元を使って鋭いリズムを刻むあたり、ちょっとロックっぽいなと思いましたら、Lili Haydnでした。
 彼女のデビュー・アルバム、ウチにありました。それがちょうど10年前の録音でして、その後全然音沙汰なかったので、すっかり忘れてました。というか、そのアルバムがあまり自分の趣味に合わなかったので、正直興味が失せてたんですね。なんとなく、当時は美人ロック・ヴァイオリニストみたいな感じで売り出されてたんで、ついついジャケ買いしちゃったんですよ。そしたら、まあうまいしロックなんだけど、私のロック趣味からすると、ちょっと「痛い」系だった。2回くらい聴いておしまいにしちゃったような。
 で、10年ぶりに聴きました、彼女の音色。いや、動く彼女は初めて観たな。ハービーが選ぶだけのことはあって、なかなかいいものを持っていましたね。ソロで弾いたパッセージも、なかなか堂に入っており、少なくとも寺井尚子嬢よりはセンスよかった…と思う。私、いかにもクラシック的なボウイングとヴィブラートが大嫌いなんで。
 それで、彼女のこの10年ってどんなだったんだろ、と俄然興味が湧いてきちゃいまして(単純だな)、もしかしてジャズに移行したのかなとかね。とりあえずアルバム出してるのかな、検索してみよう。というわけで調べたら2003年に1枚出してました。それがiTMSにあったので早速ダウンロードしてみたというわけです。
 あっそうそう、彼女ってヴァイオリニストであるのと同じくらいのレベルでヴォーカリストなんですよ。よくケイト・ブッシュみたいだって言われるんです。味のある美しいヴォーカルを聴かせてくれます。そう、それがロック的じゃなかったんだよな。そうだ、それで違和感を持ったんだ。
 で、2003年のこのアルバムは上手に路線変更してまして、ケイト・ブッシュと言うよりはビョーク的な世界を表現しておりました。まあ、アンビエントと言えばアンビエントだな。どこか民族音楽的な要素も感じさせ、デビュー・アルバムもそうでしたが、どちらかというとクラシック的なものから離れようという意思が感じられます。
 打ち込みのいかにも無機的な伴奏の上に、彼女の生々しい(とは言っても比較的控え目ですが)ヴァイオリンとヴォーカルがうごめきます。なんとなく女子十二楽坊の雰囲気もあるな。東洋的なメロディーも満載ですしね。
 こうして聴いてみますと、ヴァイオリンという楽器のルーツが、決して西洋的なものでないというのが分かってきますね。いわゆるクラシック音楽の代表的な楽器のように思われているヴァイオリンでありますが、実は非常に土俗的で、ある意味野卑な楽器なんですよね。とっても根本的なことなんですけど、フレットがないというヴァイオリン族の特長が活かされてないですよね、クラシックの世界って。胡弓にせよ、三味線にせよ、とにかくフレットのない弦楽器を思い出してみてください。みんなフレットレスを武器にしてるじゃないですか。最近そんなことをよく思うんです。
 というわけで、このアルバムはなかなか良かったっすよ。癒し系と言えば癒し系です。でも、それだけではすまされない彼女の世界観が表現されいます。彼女のホームページに行きますと、いろいろと音を聴くことができますので、とりあえずそちらへどうぞ。
 ところで、Lili Haydnってリリ・ヘイドンって書けばいいのかな…。ネット上でもいろいろなので。

Amazon Light Blue Sun

lilihaydn.com

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2007.02.09

『JetFlash V90(USBメモリー)』 トランセンド

Transcend JetFlash V90
V90 最近、私の(脳の)メモリーはすこぶる不調でして、まあ42年も前の製品ですからね、そろそろ寿命なのかな、あとはだましだまし使おうかと思っています。もともと容量が少ないタイプでしたので、すでに満タンなのでしょう。古い記憶はしっかり残っているのですが、新しい情報が記録されません(笑)。メーカー保証もとっくに切れてるし(すでにメーカーも廃業寸前ですしね)。それでも、ハードディスクよりは長持ちしてるな。
 さて、そんなわけで、自らのメモリーの頼りなさを補うために、たとえばこうしてブログなどを書いて、外部記憶装置、いわば外付けメモリーに記録したり、バックアップを取ったりしてるわけです。
 ちょっと前までは忘れっぽい…え〜、記憶をなくすというのと、物を置きっぱなしにするというの、両義を含みます…私はこういうのを使っていました。ただ、その後ちょっとワケあって腕時計をこちらに替えまして、あまり活躍の機会がなくなってしまった。それに、年々進む情報の肥大化(肥満化)のために、128MBでは何かと不足することが多くなってきちゃったんですね。
 それで、今回新たにUSBメモリーを買いました。それがトランセンドのV90です。しっかし、フラッシュ・メモリー安くなりましたよね。再来年くらいにはハードディスクはなくなるかもしれませんね。HD不信の私にはうれしいことですけど。えっと、このV90は2GBです。で、3000円ちょいですかね。
Saifu これ、ちょっとオシャレでしょ?天然パールシェルって書いてありますけどホントかな。実際アクセサリーとして持ち運べるように、ネックレス・チェーンとストラップが付属しております。しかし、普段からファッションに疎く、だいいち坊主頭でアクセサリーが根本的に似合わない私は、それらを付けずそのまま財布の小銭入れにポイっと入れています。重さはたった8gです。そうそう、最近トランセンド、2gのやつ出したんだよな。それは軽すぎそう。風に吹かれて飛んでったりして。
 まじ小さいですよ。小さすぎてなんとなく使いにくいと感じることもあるくらいです。しかし、こうして財布に入れておけるというのは、忘れっぽい私には便利です。財布はあんまり忘れないので。
Hand55 さて、先ほど「忘れっぽい」と書いた時思ったんですけど、記憶をなくすというのと、置きっぱなしにするというのは、実は同じ意味なのかもしれませんね。記憶とは情報であり、情報自体は永久不変であるはずです(消えたり、変形したり、美化されたりするのは、情報自体でなはく情報処理の問題です)。私の言う「コト」というやつですね。ですから、さっきの言い方で言えば、前者はコト忘れであり(世間では物忘れといいますが)、後者はモノ忘れなんです(世間では忘れ物と言いますが)。で、コト忘れというのは、つまり脳内のどこかに情報を置いてきてしまって、見つからなくなっている状態なんじゃないですか。モノ忘れの場合は、取りに帰ればあったということがほとんどですが、場合によってはどこに置いてきたか忘れることもある。でも、地球上のどこかにはあるわけですよね。なくしモノです。それと同じように、情報自体が消えてしまうのではなくて、なくしコトしてるんじゃないでしょうかね。脳という閉じた世界のどこかにはあるわけです。だから、突然思い出したりすることもあるのでは。
 まあ、そんなことを考えたからと言って、脳のメモリーは回復しません。というか、やっぱり処理の方の問題なのかな。ということは、脳のCPUの調子が悪いってことか。Intelの最新型と交換しようかな(笑)。
 なんか頭が痛くなってきた。CPUが暴走しないうちにスリープします。てか、強制冷却するために脱力系写真を最後に載せておきます。いちおうV90の小ささを伝えるという意味があるつもりです。ああ、猫はいいなあ。
Yae55 Shin55

厚さ4.8mmの薄型USBメモリ:Transcend USBメモリ JetFlash V90シリーズ 2GB

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2007.02.08

おかたぶち講(富士吉田市向原地区)

Mukaibara 今朝、クレマン・ジャヌカン・アンサンブルのコンサートの模様がテレビで放映されてまして、なんとなく見ていたんですね。それが終わって、さあそろそろ出勤しなくちゃ、と思っていたら、ティリリ〜ティリリ〜♪ってあの曲が流れてきまして、見慣れた富士山が画面に。NHKの「小さな旅」が始まったのです。国井アナが訪れたのは、地元富士北麓の富士吉田市小明見の向原地区です。4日に放送されていたんですね。今日のは再放送でした。
 この地区は、民俗伝承や古い風習が色濃く残っている地域でして、私も何度か生徒と遊びがてらフィールドワークしたことがあります。というのは、私の取り組んでいる「宮下文書(富士古文献)」で展開されるドラマの中心的な舞台にもなっているからなのでした。まあ、そういったトンデモ伝承は、最近では当地の人もあんまり知らないようですけれど。写真でおわかりになるとおり、富士山の手前に小さな山がありまして(古代富士王朝の中央政庁があった!あたりです)、そのおかげで、噴火の際も溶岩流が流れませんでした。そういうところには旧石器時代から集落が形成されています。縄文、弥生、平安、鎌倉、江戸と、各時代の遺跡が多数発見されています。そういうところなんです。
 で、番組では前半、当地で盛んな(盛んだった)織物業に関すること(これも元を辿れば「徐福」に行き着くんですけどね)が、後半は小正月の行事が紹介されていました。この地域では道祖神信仰が盛んでして、それにまつわる「ご神木」「ほうこう」「おかたぶち講」「どんど焼き」などを見ることができました。そうそう、先週は節分の豆まきが行われましたが、向原の豆まきもなかなかユニークなものです。
Okatabuchi2 「おかたぶち講」は今回初めて動く映像で見ました。生徒からは「自分もやった」とか、いろいろと話を聞いていました。なんか面白い行事だなと思っていた。こんな感じなんです。前年に結婚した新婚さんの家に、中学生が扮する神様(天狗やおかめのお面をかぶっている)が訪れ、棒で畳をたたく。まあちょっと暴れるわけですね。で、家の主人がお金をつつんでお盆に載せて渡すわけです。それを受け取った神様たち(子ども)は中身をチェックしまして、これじゃあ足りないとばかりに、のし袋を投げ返したり、お盆ごとひっくり返したり、まあさらに暴れるんです。もっとよこせと。新婚の婿と嫁はただ困って座ってるばかり。それを取り囲む親戚衆や近所の衆は、威勢の良い野次を飛ばします。それがまた楽しい演出になっていたりします。それで、家中のお金を集めてきました、とかなんとか言って中身を増やして行くんですね。で、ある程度になったところで、神様たちも納得し、無病息災、家内安全、子孫繁栄なんかを約束して帰っていきます。
 これって、やっぱり日本全国にある「神様の家庭訪問」の形ですよね。神様が乱入して大暴れして、それを一家の主が供物やお酒やお金で解決するというのは、たとえば秋田なまはげとも共通しています。昔は人身御供もあったんだろうなあ。
Okatabuchi1 「オカタブチ」というのはどういう意味なんでしょうね。「お方」というのが「お嫁さん」だというのはなんとなく分かります。「ブチ」は「打ち」でしょうか。それとも「扶持」でしょうか。「嫁の座」だという説もあるようです。まあ、とにかく、新しいお嫁さんを迎えるちょっと荒っぽいセレモニーなんですね。お嫁さんは子どもを産み、地域を未来を担っていかなくてはならないんですね。そういう大切な人(遺伝子)を外から迎えるわけです。こうした激しさによって一気にこちら側の共同体に引き込んでしまう、そういう風習は全国に残っています。ある意味、日本の共同体の間に引かれた境界線の濃さ、強さを感じますよね。
 こうした「おかたぶち講」や類似のものは、長野の佐久地方や山梨の奈良田などにも残っているようです。いずれも落人伝説の色濃いところです。てことは西から来たのかな、この風習。そして、それぞれの地域によってそれぞれのスタイルがあるんですね。そういうのを見て歩くのも楽しそうだなあ。ま、いずれにせよ、こうして共同体に守られる、世間に囲まれている個人というあり方こそ、今見直されるべきものだと思いますよ。比較的そういうものから遠いところで生活してきた私は、ちょっとうらやましく思いながら番組を見ていました。ま、原住民の生徒に言わせると、それがうざったいらしいですけど。

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2007.02.07

永遠の抱擁…!?

Fgtt

 今日のYahoo!ニュースの画面です。何がツボが分かりますよね。ホントたまたまなんでしょうけど、私が見た時こういうことになってました(笑)。合成じゃありませんよ。思わずキャプチャしちゃいました。
 まずまじめに左右の抱擁について述べておきます。
 左はイタリアのマントバ近郊で見つかった5000〜6000年前の抱擁であります。こういう形で発掘されるというのは非常に珍しいらしく、発見者たちは「興奮した」と語ったとのこと。まあ、見つかっちゃった彼と彼女は、なんとなく気まずいっすよね。普通暗所でこういうことしてて、いきなり光が差したら、サッと何事もなかったかのように離れますけど、このお二人は動くことあたわざる状況ですので、正直見てるこっちが辛い。照れます。「永遠の抱擁」じゃなくて、ホントは6000年ぶりに離れたかったんですけどね。かわいそうです。さらにこうしてネットのニュースになって世界中に発信されるわけですから。「興奮した!」じゃないですよね。のぞきじゃないんだから(笑)。
 右は昨年公開された映画「イルマーレ」のDVDが発売されるという広告です。キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロックが12年ぶりに(?)抱擁せんとしています。この二人と言えば「スピード」ですよね。もうあれから12年もたったんですか。「イルマーレ」はもともと韓国映画で、それをハリウッドでリメイクした、エンディングにはポール・マッカートニーの曲が使われている、くらいしか知りません。今後も残念ながら観る予定はありませんね。
 というわけで、この、古代と現代の抱擁を並べたのは誰でしょう?よく見較べてみますと、なかなかにうまい演出ですね!?まるでレントゲン写真を撮ったように完璧な対応になっています。身長差とか絶妙ですよね。
 いや、キアヌとサンドラ、右のように抱擁せんとして、そこで土の中に埋まってしまったのかもしれません。なぜかはわかりませんが、とにかく埋められたか埋まったかして、そして6000年後、西暦8000年くらいですかね、発掘されたのかもしれません。
Tr89 全体像としてはこんな感じです。最初見た時、まじで一瞬考えちゃいましたよ。えっと、こっちがこうなったってことか…、いや骨から復元したらこうなったのかな…って。
 さてさて、ちょっと気を取り直して古代のロマンスに思いを馳せてみましょうか。どうもこの二人、歯の状態からみて若い内に亡くなったらしい。こうして葬られているということは、同時に亡くなったということでしょうね。いったい、どういう状況だったのでしょう。同時に亡くなる状況と言えば、やはりなんらかの形で殺されたと考えるべきなんでしょうか。戦争とか陰謀とか。病死は考えにくいですね。まあ事故ということも考えられます。
 う〜ん、でもドラマ的にはやっぱり「心中」でしょうかね。紀元前4000年、禁断の恋に落ちたキアヌとサンドラは、永遠の愛を誓って抱きあったまま毒をのみました…って「失楽園」かいな。有島武郎もあのまま発見されなければ、こんなふうにある意味美しい姿をとどめることができたのでしょう。あの方は一ヶ月で見つかっちゃったから。

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2007.02.06

『ウィルバー・メッセージ 奇跡の起こし方』 尾崎真奈美 (グラフ社)

「みんなつながっていて だれもが正しいんだよ!」
76gh998_1 すごくいい本でした。予想以上に得るところが多かった。昨日に続き「尾崎さん」ですね。全くの偶然で意味はありません。いや、スピリチュアルレベルにおいては何らかの意味があるかも…。
 と、こんなふうに語り出されると、けっこう引いてしまう方もいらっしゃるようです。最近は江原さんの影響もあってか「スピリチュアル」ブームでして、特に女性の方なんかは抵抗がない、どころか非常に興味津々という感じですよね。男性ですとちょっと世間の冷たい視線に弱いですからね、あんまり積極的にそういう話をしたり聞いたりしないようです。
 私のように、根っからスピリチュアルな生活をしている者にとっては、違う意味で「スピリチュアル」という言葉に赤面します。だって自分に似合わずオシャレなんだもん(笑)。私は「霊」でいいと思うんですけれど。そう、でも「霊」っていうと、今度は「幽霊」だと思われてしまう。残念です。
Wilber さてさて、私がこの本を買ったのには理由があります。この前、近所の画家の方とそれこそスピリチュアルな話で盛り上がったんですが、その時画家の方に「ケン・ウィルバーに似てる」って言われたんです。私、その時ウィルバーのことをすっかり忘れていて、えっとそれ誰でしたっけ?みたいな感じだったんですね。で、ウチに帰って、似てるってどんなだ?と思いつつ検索して、そして思い出したんですよ。ああ、あの「インテグラル思想」の人かって。似てるっていうのは、風貌のことだったんですね。彼もまた私同様スキンヘッドですので(ついでに頭頂部がとがり気味)。
 で、ウィルバーの存在は知っていたけれど、なにしろ難解だということで有名な方でしたから、その著書を読んでいないのはもちろん、いつの、どこの人なのかも知らなかったわけです。で、似てると言われて「知りません。赤の他人です」とは言えない(笑)。これも何かの縁だから、ここでウィルバーを勉強しようと思い、まずは入門書からと考えて、この尾崎さんの本を購入したというわけです。
 そんなわけで読んでみた。「奇跡の起こし方」というタイトルや、尾崎さんの語り口、これはいかにもスピリチュアルやら心理系お好きな女性層を狙ったという感じで、いや、内容も確かにそうと言えばそうなんですけれど、実際のところは実に優れたウィルバー入門書でした。全体の雰囲気は尾崎色が濃いのでしょうが、そのベースにあるのはあくまでウィルバーの思想そのもののようです。
 専門用語というか、ウィルバー自身が使った言葉で説明すると、それこそ難解な哲学になってしまいそうなので、尾崎さんの表現を使わせていただくなら、たしかに「みんなつながっていて だれもが正しいんだよ!」ということですね。私はこの文の前半にも後半にも全面的に賛成いたします。というか、このブログをずっとお読みの方は、ある意味、ウィルバーと私が、頭の形だけでなく、思想的にも似ているとお感じになるかもしれません。私の言葉で言うなら「古今東西硬軟聖俗なんでもござれ!」です。なんて、ウィルバー先生、先生と私を同列に並べちゃってごめんなさい!
 また、私の「モノ・コト論」は、ウィルバーの描く世界観に近いかもしれません。当然違いもありますが、外と内、可視と不可視といった区切り方は似ているとも言えそうです。もちろん、レベルが違いすぎますけどね。
 まあ、半分は冗談としましても、とにかく私の基本的な考えが、ウィルバーや尾崎さんとかなりの部分でかぶっているというのは事実のようです。たしかに、彼らの思想の通りに世の中が進化してゆけば、この本の帯にあるように「いじめも戦争もなくなるよ、ほんとうに!」ですね。そして、それはたしかに「奇跡」であるかもしれない。ウィルバーは、今、分節されつくしているそれぞれの分野を「インテグラル(統合)」しようとしているんです。科学、宗教、哲学、芸術…ワタクシ流に言えば、分節された「コト」をもう一度つなぎ合わせて「モノ」を再構成し、もっと巨視的にとらえなおそうということなのだと思いました。
 それにしても、尾崎さん、見事な咀嚼ぶりですね。非常によく勉強され消化されているのでしょう。おそらく世界で最も親しみやすいウィルバー入門なのではないでしょうか。難しいことを難しく言うのは簡単ですが、難しいことを易しく優しく言うのは難しい。尾崎さん、本当の意味で頭がいいんでしょうね。あまりにすんなり理解できるので、その理解できたことをここに書いてしまうと、もうこの本を読む必要がなくなってしまいそうなので、今日はここまでにします。興味を持たれた方は、ぜひ読んでみて下さい。
 筆者の専門は「トランスパーソナル心理学」です。日本ではまだまだメジャーではありせまんし、それどころかちょっと眉唾視されているかもしれませんね。欧米では第4の心理学として注目されているようですが。日本の土壌では根付きにくいのかもしれません。もともと「心」「魂」「霊」の問題に「科学」を持ち込むことに抵抗があるわけですから。
 ところで、私は今、何色のミームの住人なんだろう。みなさんは?気になる方はぜひご一読を。

Amazon 奇跡の起こし方

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2007.02.05

尾崎圭司選手(K-1 WORLD MAX 2007〜日本代表決定トーナメント〜)

Thumb2_im00054421 あんまり好きじゃないと言いつつ、ついつい見てしまうK-1。おいおい、小比類巻くん負けるなよ。でも、ボビーの弟アンディも頑張りましたな。両者骨折で消えちゃうし。
 というわけで、大晦日のヌルヌル事件以来、どうもK-1に対する不信感というか、まあ、以前からそれほど好きではなかったんですがね、とにかく最近マッチメークや演出のセンスがどうも私の趣味に合わない。たぶん谷川さんと趣味が違うんですな。いやTBSが嫌いなのかも…。
 ま、どうでもいいや。ただ今日はちょっと収穫がありました。テコンドーの尾崎圭司選手ですね。彼の戦いっぷりというか負けっぷりには、プロレスラーの私(?)もけっこう惹かれました。いいもの持ってますねえ。
 私、テコンドーやったことあるんですよ。それも本場韓国で。もちろん、道着も持ってます…なんて書くと、え〜!?うっそ〜!?って感じだと思いますけど、いちおう書いたことはホントです。
 いやいや、実は、韓国に仕事でホームステーに行ったことがあるんですね。姉妹校みたいなのがあって。それで、いろいろ話してて、私が格闘技(プロレス)が好きだと言ったら、その学校の体育の先生がなんかオリンピックに出るだか出ただか、とにかくすごい選手だって言うんです。それは、ぜひ会ってみたいということで、道場を訪問したんですね。
 そしたら、たしかにすごかった。私その時初めてテコンドーを生で見たんですけど、動きが派手でかっこいいんですよ。私のためにいろいろとパフォーマンスをしてくれまして、板を蹴り割ったり、コンタクトありの試合をしてくれたりですね。で、すげ〜って興奮してたら、なんか道着を持ってきて、これを着ろと。言われるままにそれを着て、言われるままに、いろいろ技のまねごとをしたんです。そうとうかっこわるかったんでしょうね。道場の子どもたちがみんな大笑いしてました。まあ、私はプロレスラーですから、それはそれで徹底して笑ってもらいましたよ。最後はなぜか「アチョーッ!」って言ったりしてね。バカうけしてました。国際交流ということで(笑)。
Thumb2_im00054430 あっ、そうそうそんなことはどうでもいいんだ。尾崎選手ですね。彼は身長はありませんが、顔や体つきが実にいい。かっこいい。そして、戦う姿勢が前向きでよろしい。礼儀正しく潔いのも素晴らしい。優勝した佐藤選手はとにかくデカ過ぎですよ。馬場さんもよく言ってましたが、格闘技では身長が最大の武器になってしまいます。でも、そんなハンディを感じさせない尾崎選手の戦いっぷりでしたね。
 ただ、K-1のルールでは、テコンドーの良さはあんまり出ませんね。もっと派手に跳んだり回ったりして、お客さんを楽しませてほしいんですけどね。とにかく、K-1はそれぞれの競技の良さを殺してしまうんで、私は好きじゃないんですよ。そんな中で、今後尾崎選手がどのようにお客さんの心をつかんでいくか。そして、それとともにテコンドーの良さ(強さじゃなくて)を伝えていけるか。これは大いに楽しみであります。ひそかに応援していきたいと思います。彼が出てきたら、韓国でお土産にいただいた道着を着て「アチョーッ!?」ってやろうかな…って全然ひそかにじゃないな。

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2007.02.04

玉砕!漢字検定

click!
Kanji343 昨日のYahoo!ニュースに「<漢字検定>いま、なぜ人気?」みたいなのがありました。私の学校でも今日たくさんの生徒が受検いたしました。正直もうけてますな、漢検協会。英検にくらべてセールスもかなり積極的です。
 で、で、で、本日、ワタクシめも生まれて初めて漢検を受けました!そして、これが最後の漢検となるでしょう!
 受検したのは、な、な、なんと「1級」であります!最初で最後の漢検が「1級」って…。もしかして受かったのか!?と、と、とんでもない…見事な玉砕でありました…orz。
 だいたい、なんでオレが1級受けなきゃなんないんだよぉ。いじめだぁ。いや、実は自ら志願して難局に赴いたのです。
 11月だったかなあ。12月入ってからだったかなあ。ウチのクラスの生徒が英検準1級を受ける!って言い出したんです。そいつはたしかに天才的な才能の持ち主なんですけど、さすがに高校1年でいきなりは難しいだろ、2級も持ってないのに…と。それに、そいつは最初は気合いが入るのですが、あとが続かないタイプなので、それじゃあ賭けをしようと私がもちかけたのです。教育的配慮であります。
 それで、私も英検準1級受けてもいいなと思ったんですけど、なんとなく大人として先生として、彼女以上のムチャじゃないといかんような気がしたんですよ。そんでもって、なぜか漢検1級というのが頭に浮かんでしまった。まあ、難しいのはわかってるけど、やる気になりゃあ漢字くらいなんとかなるだろう。いちおう国語の先生だしな。…し、し、しかし、それは甘かった。
 当然ながら何冊かのテキストを購入したんです。そしてそれをめくった瞬間から、私の地獄の日々が始まりました。まさに地獄です。なんすか、あれ。あれら。見たこともない不思議で複雑な記号が何千も出てくる。読みの段階でまずショックを受けました。見開きの中で一つ読めればいい方。おいおい、これってホントに実在する言葉なのか!?辞書引いても出てこないし…。オレ、だまされてるんじゃないのか?これはどこか他の銀河の文字では…。
 てな漢字でして、いや、感じでして、もう最初の三日くらいで戦意喪失しました。それが12月の中旬くらいだったと思います。それから年末年始まで、テキストは完全に封印…というか完全に忘れようとしていました。悪夢を。地獄を。
 1月の4日になり、進学合宿というのをやりました。さすがに1ヶ月前ということもあり、また当該生徒がコツコツ英検の勉強などしながら私のところに来て、「先生どう?」なんて聞きやがるから、これはもう逃げてばかりはいられない。というわけで、合宿の4日間はそれなりにテキストをこなそうと努力しました…が…。
 全然覚えられない!ありえないんです。難しいとか、そういうレベルではない。漢字って、偏とか旁とかで、ある程度読みやら意味やらを推測できたりするじゃないですか。そういう戦略というか常識というかが、全く通用しないんですよ。答えを見ても、その意味すらわからないんです。もう、私の(衰えつつある)脳では全然処理できません。
 そうですねえ、感覚としては、全く知らない人、数千人の名前を1ヶ月で覚えろって感じですかね。その人の人となりとか分かってれば、それなりに覚えられますけど、国籍も性別も年齢も性格も全然わからない人たちなんですよ。そりゃあ無理です。
 その合宿での成果は、私が漢字アレルギーになってしまったということだけでした。アレルギーです。漢字を見ると吐き気と頭痛が起きるんです。マジです。そんなんですから、その後テキストが再び封印されたのは当然です。第一、センターはあるし、自校の入試はあるし、忙しい時期でもあるわけでして…。
 と、こんな過程を経まして、本日検定日でありました。私は山を越えて市川大門にある検定場へ向かいました。私の受検番号は100001番。その会場で1級を受けたのは私だけでした。
 そして、試験が始まりました。試験を受けること自体、本当に何十年ぶりかです。なんかノスタルジックな気持ちになってしまいました。そう、心のふるさと、高校時代を思い出してしまったのです。全然授業についてゆけず、ちんぷんかんぷんだった数学。そのテストの前日、気合いを入れれば一夜漬けでなんとかなるだろうと思いつつ、夜眠気に襲われ、ちょっと30分くらい寝てから続きをやろうとコタツで寝てしまう。そして起きたらもう朝!ガーン…という状況に非常に近い感覚だ!しかも、最初の数題からして全然分からなくてパニック(上の写真参照)。もしかしてオレ、0点取るんじゃないだろうな。おいおい、これこそ悪夢であってくれ〜。こんなところまであの日によく似てるなんて…。
 そして、結果は…玉砕!勉強してないのにできるわけねえだろって。え〜、結果としてですねえ、たぶん5割行ってません。
 あっそうそう、最後、解答が配られたんですが、なんか自分が書いた答えとあまりに違う。いや、風景として違うんです。なんかいい人たち(漢字たち)が並んで、こっちに笑いかけてきている…と思ったら、なんと「7級」って書いてあるじゃないですか!そしたら、前に座ってた小学生が「1級」の解答を見ながら固まってました(笑)。即座に交換してあげたんですが…すると当然目の前にはオレの大嫌いな連中が…いやホントに全く初対面のやつらもたくさんいるぞ…テキスト完璧にしても受からないよ、これじゃあ…orz。
 しかし、今回とってもいい経験にはなりました。この歳になって、これほど自分の思い通りにならないものがあるなんて。それも自分のフィールドでね。まさに私の「モノ・コト論」で言うところの「モノ」であります。ああ、ある意味世の中まだまだ捨てたもんじゃないなと。知らない世界が恐ろしくたくさんあるんだなと。物の怪に教わりました。あと、練習には筆ペンを使ったんです。一番力がいらず、疲れないから。それは気持ち良かった。脳の眠っていたある部分が目覚めた感じです。久々にた〜くさん字を書きましたよ。最近、こうして打ってばかりだから。
 もうリベンジはないでしょう。だって、意味ないんだもん。国語の先生でも絶対一生使わないような言葉ばっかり。意味のないことをやることほど辛いことはありません。お金もらってもやりません。絶対。世の中で1級取ってる人、何人くらいいるのか知りませんが、本当に尊敬しますよ。どういう精神力をお持ちなんでしょうね。
 ちなみに上の問題の解答は以下の通りです。
1ろぼ 2かいよう 3きゅうぜん 4たいまい 5きょきん 6ぜいゆう 7ぼんばい 8やじょう 9こうば 10へいし 11けんてき

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2007.02.03

3月号(?)

ごちゃごちゃした表紙ですねえ。「3」という数字はいずこ?
Chao 節分ですね。節分と鬼については昨年書いてしまったんで、全然関係ない話題で行きましょう(季節には少し関係するかも)。
 今日、娘が「ちゃお」という雑誌を買ってきました。子どもにとって漫画雑誌というのは特別な存在ですよね。宝物みたいなものです。月刊誌であれば、1ヶ月間、何度も何度も読みます。大人になるとそういう読書(?)というのは、しなくなりますよね。なんとなく寂しいような。CDとかもそうです。私なんか、ブログの記事にするために一回だけ聴くということも多い。なんとなく罪の意識があるんですよねえ。
 さて、それはいいとして、今日、娘が「なんで2月なのに3月号なの?」と言い出しました。そして、それにうまく答えられない両親。世の中そういうものだから覚えとけ…ってか?
 考えてみると、これって、私もなんとなく疑問に思いながら、そのままにしていた課題なんですね。この前も、ある雑誌、12月末の発売だったんですけど、しっかり「2月号」だった。なんとなく雰囲気的には分からないでもないけど…で、今日はちょっと調べてみました。
 なるほど、これって旧習が残っているんですね。昔は物流が今ほど発達してなかった。だから、全国津々浦々に出版物が出回るまで、1ヶ月近くかかったと。東京で2月5日に発売しても、地方では20日になってしまう。20日過ぎて2月号と言われると、たしかにちょっと損した気分になりますね。その損するべき方にもお得感を与えるには、たしかに3月号にするのがいい。得する都会の方は、さらにお得感が大きくなりますから、文句は言われませんね。
 じゃあ、思い切って4月号にしちゃえば?と思うわけですが、なんか、2月に桜の表紙の4月号が出ると考えると、たしかに胡散臭くなる。極端な話、冬に水着やら浴衣やら花火やらの表紙は見たくないですよね(笑)。
 実際問題として、たとえば売れずに本屋さんに陳列されていることを考えても、当月号よりは翌月号の方が売る方買う方とも気分的に損がないような気がしますしね。本屋さんの営む教え子の話によれば、返品は奥付にある発行日から3ヶ月後から始めるのが普通だと言います。皆さんもご存知の通り、あの日付って未来だったりしますよね。結局あれを基準にするわけで、本の賞味期限が延びるわけです。ん?これって捏造、偽装、不祥事じゃないの?
 いちおう業界でも40日以内のフライングというか、40日以内のさば読みはOKがルールになっているようです。まあ、みんなが得した気分になればいいということでしょうかね。
 でも、多少無理が生じることもあるわけでして、今ここにあるテレビ番組ガイド誌なんか、3月号ですけど、収載されているのは1月末から2月末までの番組です。だからですかね、ものすごく小さく3月号って書いてあります。たしかに、その「3月」というのを信じて買ったら、実は2月の番組しか出ていなかった…ではシャレになりませんね(そう言えば昔だまされて買っちゃったことが一度あったっけ)。
 週刊誌はたしか2週間くらい先の日付の表示まで許されていたと思います。季刊誌、年間誌ではそういうことはありませんね。もちろん日刊誌である新聞もそんなことはありません。外国ではどうなんでしょうか。いろいろ新たな疑問も湧いてきますけど、今日はこのへんにします。

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2007.02.02

『フォークの達人 長谷川きよし』 (NHK BS2)

Hktt 天才!!完全KOされました!!やっぱりすごいわ、この人。もう、なんていうか武者震いみたいなのが止まりませんでした。
 以前、こちらでもその天才ぶりについて書きましたね。今日の放送でも、つのだたかしさんが出演されていました。また「達者でナ」やってましたよ。去年の夏、つのださんに改めて長谷川きよしのすごさをお聞きしたしたんです。その時のつのださんの表情は、今こうやって語ろうとしている時の私の表情と同じだったんです。僭越ながら。つのださん自身たいていのことでは驚かない大ミュージシャンなんですけどね、ホントになんか一ファンのような目で「きよしはすごい!」って言ってました。今日、それが大げさでもなんでもないことを再確認。参った。それにしても、「スカボロー・フェア」でのつのださんの伴奏、シュールだったなあ。かっこよかったっす。
Hksr そして、今日の目玉は、椎名林檎さんとの共演でしょうねえ。これはもう圧巻でした。へえ、そうだったんだ。長谷川さん、映画「さくらん」の音楽に参加してたんだ!で、まず長谷川さんが林檎さんの「化粧直し」をカバー。めちゃうまい。甘い。そして、林檎さんが長谷川さんの「灰色の瞳」をカバー。渋い。そして、そして「りんごのうた」!しびれましたねえ。長谷川さんの甘さと、椎名さんの酸味が絶妙のハーモニー、実に美味なりんごでありました。映画のテーマ「錯乱」もかっこよかったなあ。椎名林檎も天才じゃあ。お二人の出会いのお話も面白かった。相思相愛ですね、この二人は。
 このあと演奏された「死んだ男の残したものは」も心にしみましたね。谷川俊太郎作詞、武満徹作曲ですからねえ。何をかいわんや、です。曲に負けない唄とギター。これが本来の歌の力か!これは椎名林檎ならずとも惚れるわ…。
 冒頭で言ってました。ジャンル関係なくいいものを全部吸収したと。そして、例えば浅川マキさんにいろいろ教えられたと。その彼が、今度は例えば椎名林檎さんに歌のスピリットを伝えていくわけです。素晴らしいことですね。なんというか、彼の人間性が彼の歌そのもののような気がしますし、いや、もしかすると、世界中の歌こそが彼の血であり肉であるのかもしれませんね。壁を作らず受け入れることの大切さを、彼は教えてくれます。
 盲目の彼は、数千曲の歌詞とメロディーと伴奏を記憶していると言います。それこそ世界中の曲を。スティービー・ワンダーよりすごいかも。現代の検校、長谷川きよし。近いうちに必ず生で聴きます!今夜は感動をありがとう(つきなみな言い方ですが、こうとしか言えません)。
 ご覧になれなかった方、ウチに録画がありますので。

NHKフォークの達人 公式

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2007.02.01

『市丸利之助歌集』 市丸利之助 (出門堂)

Ichimarukashu さて、昨日は富士山を眺めながら、宇宙に想いを馳せてみた、そんな記事を書きました。
 実はもう一つ頭に浮かんだことがあったんです。

 天空の青と大地の紫と富士の白雲まじはれる朝

 あの硫黄島で玉砕した市丸利之助海軍少将が、昭和19年任地に赴く前に詠んだ歌の一つです。
 先月このブログで紹介させていただいた『ルーズベルトニ與フル書』の試訳、本当にたくさんの方に読んでいただけたようでして、彼の聡明さや志しの高さが、こうして現代メディアを通じて世界中の方に少しでも知っていただけたこと、私としましても大変うれしいと言いますか、感動をしております。
 その後、少将が優れた歌人であったこと、そして特に富士山の歌を多く詠んでいるということを知り、不思議なご縁と運命を感じた私は、さっそく出版されているこの歌集を注文したのでした。その後、少しずつ読み進め、ようやく冷静に何かを書けるような気がしてきましたので、今日ここに紹介したいと思います。
 市丸さんは、軍人としてだけでなく、歌人としてもたいへん優れた業績を残されました。もののふと歌という日本の伝統的な関係性から、出征の際に辞世の句を残すということは多くあったと思われますが、市丸さんのように戦地においても、日々歌を詠み続けた人というのは、そう多くはないと思われます。
 市丸さんは、昭和15年から与謝野晶子主宰の「冬柏」に歌を寄せはじめ、戦死の寸前昭和20年2月発行のそれに掲載されるまで、千首近い作品を残しています。時節として、自らの戦意を鼓舞するものや、八紘一宇の精神を称揚するものが多いのは当然ですが、そんな中にも、任地である南の島の自然を愛でた歌や、冷静に現地を描写した歌、さりげなく家族への愛情を表した歌などが目を引きます。
 任地は重要機密事項でしたから、その名は出てきませんが、昭和19年夏以降の歌は、当然あの硫黄島で詠まれたものです。硫黄島に赴く寸前、彼はこう決意します。

 艦砲の的ともならん爆撃の的ともならん歌も詠むべし

 彼はその通りに、硫黄島で激しく厳しい戦いに呑まれつつ、歌を詠み続けます。表面上はよく奮闘しているという内容ではありますが、明らかにそれまでの歌とは趣が変っているように感じられます。私などあのNHKスペシャルを観た後ですので、地熱と水不足、そして島の形さえ変えてしまう米軍の狂ったような攻撃に苦しむ兵隊たちの様子が想像され、胸がしめつけられるような気持ちになります。
 そんな硫黄島での戦いの前に、市丸さんは「富士」「続富士」「暁富士」「続続富士」という題の下、富士山を詠んだ歌を大量に残しました。それまでにも、富士山に対する特別な感情を表した歌をいくつか残していますが、戦況極まりつつあり、日本の命運、また自らの命、部下たちの命のことを思う機会も増えたんでしょうね、そんな様々な心のありようを全て包括する存在として、富士山の歌を詠もうと決意したに違いありません。いや、自然と富士山に引き寄せられていったのかもしれませんね。
 そこに詠まれる富士山は、この平和な日本で暢気に生きている私が日々接している富士山とは、明らかに違います。壮大な自然の造形であるとともに、やはり日本国の、そして大和魂の象徴であり、自己の精神の気高さの指針であり、武運長久を約す守り神であり、雄々しさと繊細さを併せ持つ和合のシンボルであり…。
 それぞれの時代に富士山が担ってきたもの。あるいは、それぞれの時代に人々が富士山から得たもの、富士山に託したもの。また、戦争と文学、個人の命と作品との関係。それらについて語る余裕はここにはありません。しかし、富士山に住み、言葉に関わる仕事をしている者として、それらについて考えていくつもりだ、ということだけはここに表明しておきます。
 最後に、市丸さんの富士山の歌、私が最も純粋に共感できた歌を紹介して終わりにします。

 群山のはざま立ち籠め湧く雲の上に聳えて富士いさぎよし

市丸利之助歌集

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