良寛→(漱石)→グールド?
録画していたNHK「美の壺〜良寛の書」を観たんですね。そしたら、妙にグールドが聴きたくなった。
あとで考えたんですよ。良寛→漱石→グールド。ね?これなら自然な流れでしょ。でも実際は漱石を飛ばしてくっついちゃった。そんな自分の頭の中の処理システムにびっくりなんですよ。ショートというか短絡というかね、バシッと火花が散った。で、煙の中から漱石がようやっと現れた。
天才ピアニスト(って言っちゃいます)グレン・グールドが死んだ時、枕元に聖書と草枕があった、というエピソードは半ば伝説化しておりますが、本当なんでしょうかね。ま、その真偽は別として、彼が夏目漱石の大ファンであったことは確かです。最晩年にはラジオで自ら編集した草枕を朗読してますから、それは本物です。今で言えば、ちょっとした漱石オタクでしょう。
そして、これもまたオタクなんて言ったらホント失礼ですけど、私のことですから許して下さい(笑)、いつもの調子で言っちゃいますと、漱石さん、かなりな良寛オタクだった。相当の傾倒ぶりです。
グールドにも良寛にも漱石にもあんまり詳しくない(つまりオタクではない…笑)ワタクシめは、この三者をつなぐ「コト」がいったいなんなのか、とんと分かりませんけど、つなぐ「モノ」は無責任にも分かってしまいました。それはまさにへんちくりんな「モノ」です。「コト化」される以前の存在そのもの。あるいは、認識(コト)をあえて破壊したところに再び存在する「それ」自身。ん?違うな、「コト」の偽善を暴くがごとき、無意識の抵抗かな。わけわからん…そうそう、「分け」「分からん」、つまり分節不可能な、ほらやっぱり「モノ」なんですよ。言語(分節)化できない次元の現象ね。
そんな「モノ」をまた、ちょっと遠くから観察すると、不思議な暗号が見えてきたりする。たとえば、今回私が聴いたグールドは、あの衝撃のデビュー作品、1955年版(盤)と言われる「ゴールドベルク変奏曲」ではなく、その1年前に円盤に刻み込まれていた幻の(とよく伝説化されますね)1954年版(盤)です。
お聴きになったことがありますか?実に普通な演奏なんですよ。あまりに普通で気味が悪いくらいです。例によってNMLでも聴けますからね。お聴きになるとよい。私はこれが好きなんです。一番若いのに一番達観してるからです。自然体です。
デビュー盤も遺作盤も、あまりに造型されていて、たしかに面白いし、けっこう好きだけれど、どうも疲れるんですね。その点、54年のものは充分に眠気を催します。
さて、それで、漱石の草枕に行きますと、あれもちょっと作風が違いますよね。猫や坊っちゃんも書けたのに、どうもいち早く諦念しているように私には思われます。ま、最近数十年読んでないんで、いい加減な印象ですけど。
そして良寛の書。これは面白い。崩れているようで実は均整が取れてる、なんて簡単に言いがちですけど、やっぱりいろんな方向になびいてしまっていて、抵抗した形跡が見られない。力が抜けすぎている…ような気がします。
ああ、そうか、私の中の火花の原因は、これかあ、造型しない「モノ」なんだ。なるほどねえ。私の頭だか胸だか足の先だか知らないが、とにかくそういう引き出しがあって、たぶんそこに無造作につめこんであったんだろう。それが自然発火したと。じゃあ、やっぱり分節してたんだな。無意識下で。引き出しに入れるって「分ける」作業ですからね。
でも、面白いんですよ、実は。だって、私のバカな意識は、良寛→漱石→グールドって流れを勝手に作りそうじゃないですか。実際作ったし。そしたら、草枕を書いた時の漱石はまだ良寛オタクじゃなかった。1954年のグールドはまだ漱石オタクじゃなかった。見事に不正解でした。
というわけで、そんな勝手な「物語」が出来なくてめでたしめでたしですよね。だって、たまたま時間軸での位置関係がうまく行ってたら、私、胸を張って「漱石を介して、良寛のスピリットがグールドに乗り移った」とか書いちゃいますよ。ああ痛い。
というわけで、世の中、そんなにうまく「コト化」できるわけないということで安心。一方、ちょっとした偶然がいい加減な「歴史」や「文化」や「学問」を生み出してるんじゃないのかという疑念が…。
ま、そういうことで、妄想の旅は終わりました。まじ眠くなってきた。やるな、グールド…zzz…ん? 夢の中から誰かの言葉が…「出会ったから変ったんじゃない。出会うべくして出会ったんだよ。もともと俺たち三人はそういう心を持ってたのさ」…zzzZZZ
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コメント
漱石の草枕についておとといより、考え始めていました。あの中の煎茶を頂く場面がきっかけでしたが、ぼくの疑問は、漱石の伝統にケチをつけるような文体で実はその伝統的な日本の感性にいかされているということの発見と驚き具合です。
くしくもここにも漱石が登場しましたので、、、
また、グレン・グールドの逸話なども初めて知りました。
投稿: 渡辺敏晴 | 2007.01.20 10:19
敏晴さん、こんにちは。
いやあ奇遇ですねえ。
なんか最近シンクロしてませんか?私たち(笑)
私もふと思い出したので久しぶりに読み返しているところです。
良寛やグールドを知った上で読むと、もしかすると何か分かるかも、と期待しています。
グールドが憧れたものってなんなんでしょうね。
81年盤ゴールドベルクは「草枕」そのものだという人もいるようですが。
やっぱり漱石って大人になってから読むべきですね、いろんな意味で。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.01.20 10:47
おもしろいですね!
こういう、なにかしら縁のある人たちのことを嗅ぎ取るという感覚は、聞いているだけでもおもしろいです。
他のお二人のことはよく知らないのですが、良寛さんは好きです。
良寛さんの書、抵抗した形跡が見られないのですか・・・。
かっこいい!私も普段ボールペンなどで書くとき、まねしてみようかなぁ。でも私がやると、ただの読めない字になってしまうのでしょうねー。
投稿: カズ | 2007.01.20 11:07
カズさんどうも。
良寛さんいいですねえ。
榊莫山先生も大絶賛していた「いんきんたむし」が大好きです。
薬を恵んでくれという手紙なんですが、なんともカワイイんです。
字は人柄ですね。
私の字はとても国語のセンセイとは思えないほど…略
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.01.20 11:25
ご存知かもしれませんが、10年ほど前に『「草枕」変奏曲―夏目漱石とグレン・グールド』(横田庄一郎著)という本が出ています。久しぶりに中を覗いてみたら、グールドが『草枕』を「二十世紀の小説の最高傑作の一つ」と評価していた事実を指摘し、グールドの頭の中には音楽としての『草枕』全文が入っていたのではないかと書いています。
また、漱石自身『草枕』を「俳句的小説」と呼んでいますが、グールドが俳句のような詩を作っていたという証言もあるそうです。グールドの演奏に俳句と響きあう要素があるかどうか…久しぶりにグールドのバッハを聴きたくなってしまいました。
投稿: mf | 2007.01.20 20:57
mfさん、こんばんは!
「草枕」変奏曲は知っていますが、まだ読んでいません。
面白そうですね!さっそく探してみます。
しかし「草枕」を「二十世紀の小説の最高傑作の一つ」だと言うなんて、さすがグールド!
一方、その最高の小説を、漱石自身が「俳句」と呼んでいるとは、皮肉というかなんというか。
でも、たしかに俳句的な感覚、言葉自身に任せてしまうような感覚は、グールド的とも言えるかもしれませんね。
私自身、昨日のひらめき、もともとは単なる自然発火だったんですけど、なんか特別な意味があるような気がしてきました。
まずはちゃんと草枕を読み直します。
センター解くのが非常に面倒な気分です(笑)。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.01.20 21:53
う〜ん、なかなか刺激的な記事でした。
私は一時期漱石マニアで、最近読み返すのは「草枕」や「夢十夜」が多いです。
「草枕」いいですよ。でも、どう良いかを言葉にするのはやはりすっごく難しいです。グールドも一時期はまってましたね。また聴きたくなりました。
投稿: よこよこ | 2007.01.21 00:52
よこよこさん、おはようございます。
そうですね、「草枕」と「夢十夜」は漱石の中でも何か特別ですね。
特に私たち音楽を志すものには、特別な感興を呼び起こすような気がします。
私もこれを機にいろいろと見直してみます。
大人になると(年取ると)いろいろ分かること、教えてもらえることが多くて楽しいですね。
私も皆さんに多いに刺激を受けました。
ちょっとした思いつきも、表現すると小さいながら波紋を起こして、それが向こうではねかえって自分に還ってくるもんなんですねえ。
ちょっと感動しちゃいました(笑)。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.01.21 05:58