『not simple』 オノ・ナツメ (小学館)
異文化交流続きます…かな。日本人が描く外国が舞台のマンガ。リアル腐女子の生徒が貸してくれました。オノ・ナツメさんの作品は以前「リストランテ・パラディーゾ」と「さらい屋五葉」を、basso名義での作品は名作?「クマとインテリ」を同じ生徒から借りました。それぞれ私はけっこう楽しめましたので、今回も期待しておりました。
結果、期待以上といいますか、ある意味期待を大きく外れた作風で、また違った作者の違った一面を垣間見たような気がしました。なかなか力のある作家さんですね。
このお話はちょっと辛い。親に愛されない少年が運命に翻弄され死んでいく。悪い偶然がこれでもかという具合に重なり合っていく。かなり辛いかもしれません。救いがない。でもなんだろう、なんか心はあったまる…うん、これって、ヒミズ的なのかもしれない。画風も作風も全然違いますけど。
二作の共通点は、主人公が希望を持っていることなのかもしれせまん。えっ?希望?と思われる方も多いでしょう。二作ともいつまでたっても、救われそうで救われない。そして、結末は「死」。そこに希望はあるのか。いや、私は彼らが常に考え、感じ、動いていた事実に感動します。本当に絶望したら、彼らのように人と関わらないでしょう。彼らはそこに望みを感じて人と出会い、その人の言葉を聞き、行動していきます。たしかに結果としては「死」だったかもしれません。それをもって「最悪」と他人事のように言うのはたやすい。しかし、自分の存在自体や運命といった「モノ」に抗おうとし、その手段の半分を他人に委ねた彼らには、やはり「変えたい」「変わりたい」意思が働いていたと思うんです。
そんな中での様々の出会い、そして彼らを見守る温かい目の存在は、決して私たち読者にも絶望を与えるものではありません。やはりそれは希望です。
私たちは実はそんなふうに生かされているんですよ。ただ、それを意識しない。それに気づかない。こうした極端なストーリーと結末を持つ物語によって照射されて初めて気づく。私たちも同じように生かされているし、そして彼らと違って実際「救い」に溢れてるじゃないかと。
おそらく「物語」の本質はそこにあるんでしょう。「モノ」を「カタル」。そう、自分にとって外側だった「モノ」を、語られることによって内側に「コト」として取り込む。気づかなかったことに気づく。知りたがっている、すなわち予感だけは常に感じている私たちは、そうして物語を欲するわけです。それもまた、他者との出会いによる変貌への希求。
やはり人は一人では生きられないんですね。寂しがりや。私も毎日、モノ・コト・ヒトと関わり合い、変化し、その結果をこうして文章にしているわけです。それをまた読んでくれる方々がいる。ありがたいことです。
『not simple』…複雑であることに感謝。
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コメント
ヒミズとnot simple、読んでみたくなりました。
・・昨日の『一期一会』の彼も、まだ希望を持っていて、強いなあ。。と思いました。確かに、希望を感じました。
投稿: カズ | 2007.01.27 12:28
あっ、一期一会観るの忘れた!
でも、みんな変ろう、変るために力を貸してくれ!って思ってるんですよね。
もうそれだけでも充分強いですよね。
人にまかせることって大切だと思います。
ヒミズとnot simple、きつい部分もありますが,私は感動しました。
ぜひぜひ読んでみてください。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2007.01.27 19:23