『ソナチネ』 北野武監督主演作品
今日は小津安二郎の誕生日にして命日。毎年氏にちなんだ記事を書いております。昨年はThe Complete OZU、一昨年は秋日和でありました。
今年も何か一つ観ようかと思いましたが、ちょっと都合により違う監督さんの作品になってしまいました。
で、無理やり小津さんに結びつけましょう。え〜、「東京物語」とこの「ソナチネ」だけなんです!って何かと言いますとですねえ、Wikiから抜粋いたします。
『この映画は公開当初、それ以前の北野映画と同様に非常に難解な映画と受け取られ、1週間で上映が打ち切られる映画館が出るほど興行収入は不振を極めた。
しかし1994年にロンドン映画祭やカンヌ国際映画祭で上映され、欧州を中心に高く評価されるようになった。これを契機に、現在でも「キタニスト」として知られる北野映画ファンが世界的に誕生したのである。前世紀末にはイギリスのBBCによって「21世紀に残したい映画100本」にも選ばれた。ちなみに同選考にラインナップされた日本映画は、本作と小津安二郎監督「東京物語」のみである。
また現在では日本においても、本作を高く評価する向きは多い』
なんとか結びついた。というわけで、久々に観ましたが、いいですねえ。本当によくできた映画です。なんか好きだなあ。
先週は同監督の「みんな〜やってるか!」を観まして、こちらも久々に感動いたしました(ただし、感動した脳ミソの場所は全然違いますけど。あれはあれですごいよなあ)。
で、その「みんな〜」の前作にあたるこの「ソナチネ」、世界のキタノを決定づけた、北野武監督の第4作であります。
えっと、あっちこっち行って申し訳ありませんが、流れを確認しておきますと、「ソナチネ」の後、例のバイク事故があって幽明の境をさまよい、復帰後ビートたけし名義で「みんな〜」、そして次が私の大好きな「キッズ・リターン」になります。私にとっては、このあたり、具体的に言いますと、1993年から1996年くらいまでの彼の作品が好きですね。
中でもこの「ソナチネ」は何度観てもなんかジ〜ンと来るものがある。私、ヤクザも血も暴力も大っきらいなんですけど、なんで、それらがこんなにも美しく切なくいとおしく感じられるんでしょうか。
そう、私にはどう観ても小津安二郎が作ったヤクザ映画のような気がするんですよ。ものすごく静かに記号化されている。それが結局この世ではないものを作り上げているんです。現実的でない。だから苦手な暴力も普通に受け容れられる。
そう、いつも言っていますが、記号化(コト化)の結果「モノ」が生まれる…これは天才の仕事の特質、いや条件です。普通メディアを通じて形作られた「コト」というのは、はっきりわかる、腑に落ちる、安心するものになるわけで、余計にわからなくなったりすると、ダメ出しされちゃうわけです。しかし、天才たち、たとえばこのブログで紹介した人たちで言いますと、赤塚不二夫とか丹下健三とか実相寺昭雄とか寺山修司とか出口王仁三郎とか、そういう人たちの作品は、さらに豊かな生命力を持つ「モノ」になってしまう。ふつう「情報」というのは固定されて不変な存在、つまり死んでいるんですね。養老孟司さんの言い方では「スルメ」ってこと。というか、普通はどんどん殺そうするんです、表現者は。スルメにしとかないと逃げちゃいますから。自分のものにするためにはつかまえて殺して干す必要がある。
西洋の科学なんかはそっちに一生懸命になっちゃった。まあそれも極めればすごいスルメになるんですけどね。芸術でもバッハとかね。でも、中にはいるんですよ。特に日本人には多いんじゃないですか?自分なりのスタイル(それが全然西洋的じゃないことが多い)でものすごい「モノ」を作り上げちゃう人が。北野武(ビートたけし)もその一人です。
「モノ」だから変化するんで(生きているんで)、時代が変ったり、場所が変ったりするだけで、さらに進化していく。そんな感じなんですよね。勝手な解釈施されたりして。たとえば、このソナチネでも有名な相撲のシーン、あそこにヨーロッパの研究者(!)は、土着的、呪術的な何かの象徴を見出してしまう。作者本人の意図しない進化をしていくんです。歴史的には浮世絵なんかもそうでしたね。
んなわけでして、この映画は素晴らしい。ヤクザという私たちからすると「もののけ」的な輩が、実は「モノ」性の強い「子ども」であったということを、見事に語っている。まるで子どもの見る夢のように構成され展開していくシーンの連続。
「ソナチネ」というタイトルも意味深ですね。私は大バッハの息子カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの「鍵盤楽器と管弦楽のためのソナチネ」を思いだしました。その作品群に多い「急−緩−急」という楽章構成が、この映画の構成と似ているのです。前古典派の特徴である早い楽章での「Strum und Drang(疾風怒涛)」の感じも、この映画の一方の基調になっている象徴的なシーンとイメージが重なるんですよね。
やっぱり北野映画の中では、これが一番好きなのかもしれないなあ(今日はね)。
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