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2006.12.14

『命』からいろいろと…

Inochi
 一昨日のニュース、今年の漢字は「命」に決定!というのがありましたな。毎年、日本漢字能力検定協会が発表するやつです。で、なぜか清水寺の貫主が揮毫する。こうやっていろいろあった1年を一気に揮毫化する、じゃなくて記号化する。まあいいんじゃないですか。人はこうやって記号化して、ハイ次!ってしたい生き物ですので。印を押して、これはこれでおしまいと。
 生まれた命、消えた命。考えてみれば、毎年それは繰り返されることであって、特に今年に限ってどうのという漢字ではないはずです。でも、たしかに命って、たまに省みないと当たり前になってしまう存在ですからね、いいんじゃないですか。人はこうやって時々反省して、また忘れる生き物ですので。
 で、平成18年という年に「命」という印を刻したのか、なんて考えていたら、そうそう「○○命」って(ニセの)刺青するのがあったなと。花魁の手練手管の一つですな。あれもやっぱり、ちょいと消して違う名前にしちゃったりする。ハイ次!ってね。そういうもんかなと。けっこうずるいかも。
 で、で、「○○命」と言えば、なんか昔記事に書いたことがあったなと思ったら、ここに書いてた。秋田のお盆ネタです。これは「いのち」じゃなく「みこと」でした。
 そうそう、「命」という字は「口」+「令」なんですよね。「いいつけ」つまり「命令」「使命」「任命」という意味です。まあ「命名」も一方的ですから、基本は「いいつけ」でしょう。それが、どうして「生命」の意味になったか。これはたぶん、その間に「天命」「運命」というのがはさまってるんでしょうね。「寿命」は基本自分で決められません。一方的に神様が与えるものだと。まあ、そういうことでしょう。
 おっと、また話が飛んだ。「みこと」だ。えっと、だから「命」を「みこと」と読むのは当然でして、自分より偉い存在からの一方的な「いいつけ」ですので、「御(美)言」だと。ただこういうふうに、偉い存在自体を「みこと」と呼んで、「命」という漢字を使うのは日本だけです。中国ではしない(と思う)。
 と、ここまでは一般論です。私は、さらに得意の「モノ・コト論」で「ミコト」について語っちゃいそうなんですけど、ここではやめときます…と書いた途端あることが「コト化」されたのでコトノハで刻印しきとますわ。備忘ってことで。
 私の説では、「コト」は「モノ」の対照概念。前者は固定・秩序・実現・随意・成就・認知・既知・分節・思考・(自己の)内部なんかを象徴します。後者は「コト化」されていない「もやもや」・渾沌・無常・不随意・未知・(自己の)外部なんかを表します。
 で、なんでそうなったかというと、上で書いた「ミコト」が関係してるんですね。古事記に出てくる「こと」と「もの」についてはずいぶん前にこちらのエッセイに書きました。奈良時代以前は、まさに神様の意志で全てが現実化していく、それを表す記号として「こと」を使った…という解釈です。だから「言霊(事霊)」は「(神による)現実化のエネルギー」の意味でした。一般に言われる「言葉が持っている不思議な力」ではありません!
 しかしその後、だんだん人間はいろんな悪知恵やら道具やらを手に入れ、神の意思を軽視するようになっていくんですね。そして、自らの意思でモノをコトに変換している(ちなみにそれが「カタル」という行為)と思い込むようになってくるわけです。平安時代頃です。その時、便利な道具として使ったのが「言の葉」であります。
 紀貫之の書いた古今集仮名序を読むとそのへんがよくわかります(あれもずいぶん曲解されて1000年以上ですねえ)。人間が「コト」を駆使しはじめた。だから彼は「ことわざしげき」と書きます。「ことわざ」は「事業」です。「わざ」は人間のなす行為であり、「災い(わざはひ)」という言葉が示す通り、あんまりいいことではない(ちなみに「幸い」は「さきはひ」っすね)。人間はなんでも現実化、作品化、記号化したがる。刻印したがる。烙印を押したがる。今年の漢字がそのいい例。
 ま、そんなこんなで、「みことのり」で動いていた人間界が、人間自身の「ことわざ」で動くようになった。それでこんな馬鹿げた世の中になったということです。面白いでしょ。でもなあ、数十年前に復権したこちらの「みことのり」や「神意」、あれはあれで正しくないよなあ。あっそうか、あれは神のいいつけじゃなかった。人間宣言したんだもんね。ニセ神様だったと。
 …と、こんなふうに私の脳の内部でも、モノがコトになっていく。物語ができていく。これはあくまでつくりごとです。私は正しいと思っていても、宇宙全体からすればどーでもいいことです。人間ってバカで可愛いですね。
 ああ、だんだん眠くなってきた。さて、しばし「コト」から解放されて、夢の中で「モノ」とたわむれますか。では、おやすみなさい。

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