« アルプス一万尺〜「こやり」って? | トップページ | 『伴大納言絵巻(絵詞)』 »

2006.10.14

『犀の角たち』 佐々木閑 (大蔵出版)

480433064x01_scmzzzzzzz_v62553667_ この本はとても面白い。しかし、ベストセラーにはならないでしょう。たくさん売る気はないのかもしれないけれども、それではちょっともったいない。いろんな方に読んでいただきたい本なのですが。だいたいタイトルに商魂が感じられません。私も、和尚様から借り受けなければ、一生知らずに終わってしまったでしょう。
 腰巻きには少し商魂が感じられます。曰く「科学とはなにか?仏教とはなにか?まったく無関係にみえるこの問いの根底にある驚くべき共通点を、徹底した論理性だけを用いて解き明かす、知的冒険の書」。
 しかし、内容はまたちょっと違った。巷でまことしやかにささやかれる、いやけっこう大声で唱えられる、「科学と仏教は実は同じ地点を目指している!ブッダは最新科学をも予言していた!」的な論法と思いきや、全然違うんです。私も実はそこに期待してワクワクして読み始めたんですが、結果、全然違った。でも、最後は筆者のその姿勢に好感を持つに至りました。
 京都大学で工業化学と仏教学を修めた佐々木先生の基本姿勢は、冒頭部分に次のように表明されています。
「両者を並べて見る場合の、そのスケールをしっかり見きわめることである。(中略)このことをわきまえず、自分の勝手な思い込みで独断的に結論すると、科学を汚染し仏教を冒涜する怪しい神秘論になってしまう。自分が比較したい点だけをひっぱり出してきて並べて見せて、『ほら、科学と仏教にはこんな共通点があるんです。だから科学の本当の意味を知るためには、仏教の神秘や直感を理解する必要があるんです』といった愚論を開陳するはめになるのである。(中略)私は本書で、科学と仏教の関係を論じるが、両者の個々の要素の対応に関しては一切無視した」
 神秘論大好きな私の期待は裏切られましたが、もう一人の私、神秘論に懐疑的な私の期待には大いに応えてくれたわけです。おそらく人はそういう二面性を持っているんでしょうから、その両方を鍛えていくバランス感覚というのが大切だと常々思っている私です。
 そんなわけで、この本の244ページ中155ページまでは、仏教の話は全く出てこず、「物理学」「進化論」「数学」の現在とそこに続く過去の歴史の流れが滔々と述べられています。ここを読んでいる限りは、筆者が仏教学者であることを完全に忘れてしまいます。科学の大まかな流れをつかむ親切丁寧な概説書といった感じです。量子論や不完全性定理がわかりやすく解説されていて、たいへん勉強になりました。
 結局、佐々木先生はその中で何を強調したかったかと言うと、「科学の人間化」です。世界はこうあるべきだという人間の直覚に基づく「神の視点」が、例えば実験や証明などの作業によって提示される新情報によって、どんどん否定されていく。直覚が情報の軍門にくだり、神よりも人間の方が信任を得るようになっていく。そういう流れは、今後もとどまることはないでしょうね、たしかに。
 ここで私のおバカな頭の中を開陳するのは、それこそ恥ずかしいのですが、まあ、ここは俗なブログという媒体ですのでお許しを。佐々木先生のおっしゃるパラダイム・シフトは、ワタクシ的に申しますと、「モノ」から「コト」へのシフトということになります。いつも言っているように、近代化とは「コト」化そのものです。不随意を表す「モノ」から随意をあらわす「コト」への流れ。まあ、こういう実感といのは、なんとなく万人が持っていることでしょう。ですから、佐々木先生もワタクシも別に目新しいことを言っているではない。
 さて、そうしたパラダイム・シフトと仏教がどのように関連しているのかが、後半部分に語られます。すなわち、仏教もまた、「神なき世界で人間という存在だけを拠り所として、納得できる精神的世界観を確立するために生まれてきた宗教である」というわけです。ただし仏教と言っても、大乗などはほんの少し触れられるだけで、ほとんどが原始仏教に関する解説です。それはそうですね。例えば日本に伝来し成長した仏教は、あまりに釈迦の教えからかけ離れています。間違っているという意味でなく、発展させすぎたという意味で。そこには絶対者も偶像も存在していますし、法則性よりも実人生における実効性の方が重視されているとも言えますから。
 さて、大変面白く楽しみながら読了したんですが、なんか不思議な感覚が残りました。どうも私、最近そういう傾向があるんですけど、科学にせよ、宗教にせよ、なんかこの浮世の処世術に過ぎないような気がするんですよね。あの世なのか、霊界なのか、パラレル・ワールドなのか知りませんが、とにかくこちら側は本体ではないような気がするんですよ。時間や空間に縛られるという、ある意味不自然な状況に置かれている私たちの、とりあえずの生活の知恵が科学や宗教なんじゃないのかなあって。私たち凡夫のために、頭がいい人たちが考えてくれたんですよね、きっと。私は、そういう知恵のお世話になって、この世でうまくやりながら、将来本体の方でどうやって生きていくか、じっくり考えていきたいと思っています。
 というわけでして、そんなレベルで考えると、腰巻きにある「驚くべき共通点」というのは、ちょっと大げさだったような気がしますね。

Amazon 犀の角たち

不二草紙に戻る

|

« アルプス一万尺〜「こやり」って? | トップページ | 『伴大納言絵巻(絵詞)』 »

モノ・コト論」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

歴史・宗教」カテゴリの記事

自然・科学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55913/12289271

この記事へのトラックバック一覧です: 『犀の角たち』 佐々木閑 (大蔵出版):

« アルプス一万尺〜「こやり」って? | トップページ | 『伴大納言絵巻(絵詞)』 »