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2006.10.18

『やすらぎセラピー 愛はすべてを癒す』 ジェラルド・G. ジャンポルスキー (著), ダイアン・V. シリンシォーネ (著)石井朝子 (翻訳) (春秋社)

LOVE is the ANSWER
439336622009_scmzzzzzzz_ 職場の同僚にお借りして読んでみました。
 たいへん面白かった。全体としてはキリスト教的な「愛」が語られているなという印象でしたが、そこからさらに一歩踏み込んでいる、そこがこの本の売りでしょう。つまり、より現実的、現代的に「愛」の方法を語っているということです。私はどうも聖書からだといまいちなんですよね。2000年前の砂漠の民のお話なんで(笑)。
 この本ではまず最初に「愛」の対照概念として「エゴ」が提示されます。ただ、この「エゴ」の定義は一般のものと違うのでやや注意が必要です。「自我」という意味ではなく「霊的な自己をもつことを否定する生き方」ということなんです。この時点で抵抗感を持つ方もいらっしゃるでしょう。そういう方にはこの本は非常に「非現実的」に感じられるに違いありません。あるいは「偽善的」だと。場合によっては「トンデモ」だと。ちなみに私は全然抵抗ありません。
 最近、「スピリチュアル」という言葉が流行ってくれたおかげで、私のような「霊的」な人間が(えっ?そうだったの?)白い目で見られることが少なくなりました。どうも「霊」というと「幽霊」「亡霊」ってイメージなんですよねえ、日本では。「大霊界」とか「霊界物語」とかも誤解されてるし。
 さてさて話を戻します。「エゴ」は怒りや恐れを生みます。その怒りや恐れは、人に対する非難や攻撃、自己に対する過剰な防衛を生むことになるというわけです。そして、それは反面で「愛」を求めている姿でもあると。相手の自己に対する否定的な言動も「許し」という視点で見直すと、違ったふうに見えてくる。自分の中の他者に対する攻撃や批判も、実はその他者に原因があるのではなく、自己の心の中に原因がある…。
 この本では、このような考えにそって、実際的な事例やアドバイス、レッスン方法が披露されていきます。なるほど、実生活でも、特に教育活動や育児の中で役に立つ知恵満載ですね。
 私が一番なるほどなと思ったのは、「他人に対する脚本を捨てよう」という主張です。たしかに、人に対して不快に思うのは、自分の思うように相手が思考したり行動したりしない時ですね。思い通りにならないことにイライラしている。自分の勝手に作った脚本に相手を従わせようとしていることによって生じる無理なんです。たしかにずいぶんとワガママですよね。勝手にシナリオ作って勝手に怒ってる。相手にとっては迷惑な話です。特に先生に多いんです。勝手な生徒像、先生像作っちゃう人。ドラマじゃないんだから、そんなにうまく行きませんよ。
 さて、こうした「愛」のあり方、仏教や神道の立場から言いますと、いろいろと矛盾もあったりしますが、たしかに実生活の知恵としてはたいへんに有効でしょう。特に対人関係に悩む人にとってはすばらしい導師となりうる本と言えます。自己の探求という意味でも、「他者を愛する自分像」を作れるという意味において力を持つかもしれません。
 ところで、原題のLOVE is the ANSWERですが、この言葉は私にとってはジョン・レノンですね。ジョンも結局は、「愛」が自分をも他人をも世界をも癒すということを言ったのでしょう。ジョンの宗教的バックボーンはなかなか複雑なようですが、やはり基本にあるのはキリスト教です。彼はキリスト教は滅ぶとか、自分たちはキリストより人気があるとか、キリストの弟子がバカだったとか、いろいろ問題発言をしましたし、宗教のない世界を歌ったりしたものですから、教会からはよく思われていない存在ですけど、やはり彼の作品や言動にキリスト教の「愛」が底流しているのはたしかでしょう。
 そうした「愛」のあり方が本当にありうるのか、それが究極の方法なのか、それは正直私にはわかりません。ジョンは自分を殺した男を許したのでしょうか。この前のアーミッシュの事件もそうでしたが、「許し」に違和感を持つ私がいることも確かです。そして、お隣の国のみならず、今の世界全体を観察した時、本当に「許し」や「愛」が世界にとって有効な手段なのか、私はちょっと不安になってしまうのでした。では、どうしたらいいのか…。

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コメント

コメントが遅れまして。(^_^;)
この本は親友がくれたもので私には特別な思いがあるもので大切なものです。多彩な本を読まれている方に率直に面白かったと言われて大変嬉しく思います。
さて、この本の内容ですが、私は心のパイプが詰まるときに指南役として読んでいます。今は、霊的真理の側面からこの考え方がいかなる位置になるのか見直している最中です。私はキリスト教的なことにあまり詳しくないのですが、心理学的な思考形態、つまり学問として捉えました。本の中ではよく「霊的な存在」と表記されていますが、そこは人間の本当の性質であると解釈したと思います。なので直感的にはおそらくこの心理学的な思考形態は攻撃、非難から心を自由にし、自由になることで次の霊的真理に目を向けられる。そんなものになるのではないかと思っています。
世界が本当の霊的真理に目を向けることでよりolderになることは確かですが、世界が真の霊的真理によって幸せになるか最近は疑問なところです。この世界がもしかすると負を抱えていることにより正を学ぶものならば、ここは正がチラチラとかいまみえる負の領域かもしれないとも考えられる。霊的真理を知ってもなお、我々はまた日常に戻れば黒い世界を歩き接していかなければならない(それを知る以前とは捉え方は全然違いますが)それは自分の日常に常に存在しつづける。しかし、それはあえて光を知るためにあるのなら黒、それもまた善なのかな・・・。

投稿: baubau | 2006.10.21 06:12

baubauさんコメントありがとうございました。
私は変わり者なので21世紀は心よりモノの時代だ!なんて言ってます。
心というのは「凝る」から来たことばですので、結局エゴなこだわりだと思うんです。
一方「モノ」は物の怪のモノ。
まさに霊的世界のことです。
ここ数百年、あんまりにも「人間の心」を重視してしまった。
これからは霊的な世界観の復権の時代だと真剣に考えています。
この本も結局はそういうことを言っているんだと思いました。
キリスト教的と書きましたが、「自己」を解放するというより「自己」からの解放を説いている点で、仏教的なのかもしれませんね。
とにかく大変勉強になりました。
ありがとうございました。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2006.10.21 07:05

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