『「日本のうた」歌唱法』 藍川由美
父親が貸してくれました。これは面白いアプローチでありますが…。
なぜ日本の歌を西洋の歌唱法で歌うのだ。日本語の歌にはそれにふさわしい歌唱法がある(あった)はずだ。というのが藍川さんの主張です。ごもっともです。そういう問題意識にもとづいて、藍川さんは主に表記・発音の面と、曲の変遷(異稿の存在)に注目して、「日本のうた」のあるべき姿に近づこうとしています。
藍川さん、今までもコンサートや楽譜の出版、本の出版、CDの録音を通じて、その姿勢を貫いていらっしゃいました。その活動の集大成的なものが、このCDの内容と50ページに及ぶ解説書でしょう。
で、先に言っておきますが、藍川さんの提唱するものはあくまでアイデアであって、学問的なものではありません。それを意識していないと、ちょっとトンデモ系になりかねない。あくまで御自身の経験に基づく「藍川流」歌唱法(発音法)です。
たしかに日本の音楽においては、ある意味伝統が重んじられながら、西洋の原典主義のような研究作業はほとんどなされてこなかったと言っていいと思います。もちろん、研究対象になる資料が圧倒的に少ないという事情もあるのでしょうが、それ以上に演奏家の問題意識の低さに問題があります。たとえば、私のやっていた箏曲の世界でも、プロの方も含めてみんなナイロン弦を張ってバンバン弾いている。大きなホールで弾くことが多いので仕方ないとも思いますけど、やはり、江戸時代にどういう楽器でどういう声で演奏していたかを探求してみる必要はあると思います。絹糸自体手に入りにくいんですけどね。そういう人たちがいないので、誰も作らない。
オリジナルに帰ることが、現代の私たちにとって最高のことであるとは言いません。このへんは、西洋古楽の世界でも大きな問題です。楽譜、楽器、奏法をオーセンティックにしたところで、弾き手も聴き手もモダン人ですからね。これを言っては野暮ですけれど、たとえば現代日本人が西洋古楽をまじめに演奏する価値や理由というものも、考えようによってはお笑い草になりかねないわけです。もちろん、私はそんなふうには思っていませんけどね。
で、日本の歌曲、特に明治、大正、昭和の楽曲に対して、藍川さんのようなスタンスで臨むというのは悪いことではありません。ある意味非常に健康的で正常な精神と活動だと言えるでしょう。
私は古楽をやったりしていて、オリジナル主義的な考え方も勉強してきましたし、また専門が日本語の音韻史だったりして、それから山田流の箏曲を習っていたので江戸時代の歌唱にも触れ、しまいにはそれをテーマに卒論書いたりしましたので、このへんについては総合的にちょいと詳しい方だと思います。
それで、はっきり言ってしまうと、藍川さんの提唱するものは、決してオーセンティックなものではない。私の知る限りにおいても、実際の日本語の表記・発音の変遷と、藍川さんのアイデアとはズレがある。アイデアとしては秀逸なのかもしれませんが、それが「本当の」「本来の」であるとは言えません。いや、それがいけないと言っているわけではありませんよ。価値のあることです。しかし、ちょっとそのあたりのさじ加減、つまり、学問的なのか、思いつきなのか、そのへんの姿勢というか、立場というかが不明瞭なんです。
だから、私は最初、なんだこりゃ?と思ってしまいました。西洋的オリジナル主義の視点から聴いて、読んでしまったものですから。で、よく考えてみたら、これは単なる提案であったと。どうもそのあたりがわかりにくいんですよ。文章もわかりにくいし。論文なのか、随筆なのか。
ですから、ここに示されているのは、決して「本当の」とか「本来の」とかではありません。ご注意あれ。
と、なんとかここまで譲って、そうして藍川さんを擁護しようと思ってきましたが、どうしても私が受け容れられないのは「発声法」です。
解説に「日本語を西洋風に歌うのは滑稽です」と書いてあるんですが、私は藍川さんの歌にもそれを感じてしまいます。なぜなら、江戸時代以前の「日本のうた」における発声法とはあまりにかけ離れた「芸大式発声法(?)」バリバリなんですもの。発音以前の問題ではないかと思うのは私だけでしょうか。「発声と発音は表裏一体」ともお書きになっているんですが。全体に「発声」と「発音」がごっちゃになっている印象を与えます。う〜む、やっぱり文章のせいだよなあ。でも、そこは責められないか…。
Amazon 「日本のうた」歌唱法
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 追悼 吉田秀和(2012.05.27)
- 頑張れ!虚構新聞(2012.05.15)
- 風呂には何日に1回入ればよいか(2012.05.14)
- 大宮八幡宮薪能〜藤戸(2012.05.12)
- (学校における)紙飛行機について(2012.05.08)
「文学・言語」カテゴリの記事
- 追悼 吉田秀和(2012.05.27)
- 「怒り」=「生かり」(2012.05.26)
- 「目には青葉山ほととぎす初かつお」の句碑(北杜市上教来石)(2012.05.20)
- 頑張れ!虚構新聞(2012.05.15)
- 「萌え=をかし」論(2012.05.03)
「音楽」カテゴリの記事
- 追悼 吉田秀和(2012.05.27)
- 追悼 ロビン・ギブ(2012.05.22)
- 追悼 フィッシャー・ディースカウ(2012.05.18)
- 追悼 ドナ・サマー(2012.05.17)
- 東方ヴォーカルArrange~TU・RALALA~(2012.05.13)

コメント