『世田谷一家殺人事件−侵入者たちの告白』 齋藤寅 (草思社)
ついに犯人を突きとめた!
これはたしかに衝撃的な本です。私もそうとう動揺しました。いろいろな意味で。
筆者は完全にこの事件の犯人を特定しています。その特定の道筋も、ある意味詳細に描かれていて、なんとなく信憑性があるような…。
しかし、一方で、あまりにできすぎたストーリーのようにも思えます。世間ではさっそく疑問の声も上がっていますが、どうなんでしょうね。あまりに明瞭に「コト」化されると、よくできた「モノガタリ」になってしまうわけで、つまりはフィクション化してしまう。「物語」に必ず存在する、受け取る側への協力要請で生じるのであります。わかりやすく言いますと、こちらも積極的に参加することを要求してくるんですね。プロレスがそうでしょう。あの「カタリ」にある意味上手にだまされなければ楽しめない。協同作業、コラボレーションなんですよ、モノガタリの本質は。
だから、この本の内容も、こちらの姿勢でいろいろな色合いに変わります。現段階では、私たちはここで提示されている犯人が本当の犯人なのかどうか判断できませんから、もう信じるか疑うかのどちらかしかないわけですね。まあ、プロレスと違って、こちらが語りに加担してもしなくても、どちらにしても不快なカラーなんですけどね。
ただ、たとえフィクションだったとしても、そこにリアルが記号化して立ち現れることはよくある。全て作品というのはそういうものですよね。ここでは、警察やマスコミの体質、ネット社会やマフィア的裏社会といった、ふだん我々が接しえないリアルが象徴的に描かれています。そこのところの価値は、この本がフィクションであれ、ノンフィクションであれ、変わらないでしょう。
とにかく一読の価値はあると思います。私たちが安穏とした日常の中でついつい忘れてしまいがちな「裏社会」のことを思い出させてくれるだけでも、十分説得力がある本だと思います。ここで想定されている国際的クリミナルグループというのは、現実に存在するでしょう。どんな時代にも独自のネットワークを持った殺人プロ集団はありました。日本の歴史を翻って見てもそのことは明らかですし、そうした「モノ」の存在に身震いしてきた一般庶民のあり方も、昔と今、別に変わっていませんよね。
どの時代にも力(金)ある者は狙われる。そして、自分の価値観が全て正しいとは限らない、特に「善」とか「悪」とか、「正義感」とか「人として」とかいうものですね。残念ながら国際化と情報化によって、私たちの「安全神話」「安心神話」は崩壊してしまいました。神話も時代に合わせて進化するということでして、それに対応する力も私たちは持っていなくてはならないということです。
最後に、筆者の文体がいかん!という人が多いようですが、私は特にそうは感じませんでした。「モノガタリ」文体としては秀逸ですよ。知らぬ漢語がいくつかあってショックでしたが。
Amazon 世田谷一家殺人事件−侵入者たちの告白
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