『日本語文法の謎を解く−「ある」日本語と「する」英語』 金谷武洋 (ちくま新書)
こちらで私を大いに刺激してくれた金谷さん。この新書でもいろいろとやってくれています。
この本を読んでどのような感想を持つか、私たち日本語に携わる者は試されていると言ってよいかもしれません。私は実に楽しく読んだ。その楽しさにはいろいろと理由があります。
まず、私がいわゆる学校文法が大嫌いであるという理由。あんまり嫌いだから最近は授業でちゃんと教えなくなってしまい、生徒から文句が出ます。でも、不自然なものを平気で教えられるほど私はずうずうしくなれません。本書でも指摘されているように、現在教えられている学校文法はほぼ1世紀前、西洋語文法に真似て作られたものであり、しかし一方でまた江戸時代以来の伝統に縛られている、まったく不自由で不自然なものであります。思わず笑っちゃうほどなんです。まあ、そのへんについては、専門的な話になるので割愛。で、そんな学校文法をバッサリやってくれてるんで、そりゃあ楽しい。
次に、その学校文法の代わりに、外国人に対する日本語教育の立場から、新しい視点を提供してくれているということ。そこには、「日本語には主語はいらない」が象徴しているように、一見斬新ですが、実感としては実にスムーズにのみこめるものが多い。私も三上章さんの文法が好きですので、そのへんの共感もあるのかな。今回もなかなかユニークな視点で、私を刺激してくれました。楽しかった。
続きまして、そんな刺激的な論に、ちょっと「トンデモ」臭がある点。これは勇み足かなあ、と感じるところ多々有り。やや我田引水、牽強付会。そのあたりのツッコミどころは、やはりここでは書きません。直接もの申したいと思います。一方的な批判とかじゃなくて、意見交換したいんで。
そして最後に、この本のテーマ、「ある」日本語と「する」英語、にこめられた強いメッセージが、私の「モノ」「コト」論と共鳴しているから。これがやっぱり一番の理由でしょう。
金谷さんは、日本語のいろいろな表現は「ある」というスーパー動詞によって成り立っている存在文である、と言います。一方の英語は「do」というスーパー動詞が活躍する行為文。そして、それらの特徴は、それぞれの話者の「心」や「文化」を象徴していると。つまり、「自然」と「人為」どちらを重視するかということです。それを語る金谷さんは熱い。なかなか説得力あります。特に、地名や人名などについての言及は、実にな〜るほどでありました。力士のしこ名がなぜ「〜花」とか「〜海」とかなのか…。
で、私がいつもしつこく言っていることをご存知の方は、もうお気づきだと思いますけれど、まさにこれって「モノ」と「コト」の対比なんですね。自分の外部に「ある」、自分(人間)の意志とは関係ない「モノ」と、内部で「する(処理する・処理した)」、自分(人間)の意志による「コト」です。鈴木孝夫大明神的に言えば、それぞれが「ファクト」と「フィクション」ということでしょうか。ものすごくおおざっぱに絡げちゃうと、それが「日本文化」と「欧米文化」の違いということになるわけです。
同様な対比に注目したものとしては、現代文のテキストとしても頻出の(頻出だった?)、丸山真男の『「である」ことと「する」こと』や池上嘉彦の『「する」と「なる」の言語学』なんかがありましたが、より私の発想に近いのが、この金谷さんの著書でした。やや立つ位置は違いますけれど、文化論的にはかなり似た発想をしているようです。
いずれにせよ、私たちがいかに主体的に考えていないかを気づかせてくれる、いい本だと思いますよ。私たちは、自分のまわりに「ある」「モノ」を基底として発想・行動しているのでした。基本的に謙虚で、自分たちの思い通りにならないことを楽しみさえする。「もののあはれ」を知るというわけです。「あはれ」は「哀れ」であり「天晴れ」であります。また、(例えば学校文法のような)旧習を無批判に踏襲しているということも、そんなところに根ざしているのかも。ま、良きにつけ悪しきにつけ、日本人ってそういう民族なんですね。
Amazon 日本語文法の謎を解く
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コメント
はじめまして、languagestleと申します。ブログを拝見させていただきました。この記事のおかげで私も本書を読んでみようと思いました。ありがとうございました。私のブログ内でも一応紹介させていただきましたので報告させていただきます。トラックバックも送らせていただきます。
投稿: languagestyle | 2006.08.10 00:05
languagestleさん、どうもです。
ご紹介ありがとうございます。
この本、日本語の歴史の立場から言いますとちょっと行きすぎもありますが、視点としては、かなりいい線いってますよ。
勉強になりましたね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2006.08.10 11:24