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2006.05.04

ディスカバリーパーク焼津

Menu_img11 焼津は私が生まれた街です。いろいろと事情がありまして、母の実家のある焼津市が出生地となりました。私にとってはいろいろな想い出のつまった街ですが、中でも心に残っているのは、港から見る星空でした。
 私は東京育ち。高度経済成長の東京、それも京浜工業地帯に隣接する地域。夏など光化学スモッグで昼間は外出禁止、夜になっても1等星も見えない、というようなひどい公害・光害地帯に住んでおりました。ところが、人間は手に入りにくいものに憧れるのでしょうか、私は小学生の時から重症の天文狂になってしまったのです。
 夏休みはそんな私にとってとても大切な時間でした。そう、焼津の祖父母宅にしばらく逗留して、夜空を楽しんだのです。歩いて10分くらいの焼津港まで出れば、水平線ぎりぎりまで星が見えました。冬休みにも、カノープスを眺めながら年越ししたりしましたっけ。
 さらに焼津は天文マニアには特別な土地です。知る人ぞ知る、法月鉄工所(のちの法月技研)があった街なのです。そう、法月惣次郎と言えば、天体望遠鏡界のカリスマ的存在です。彼は日本の大型望遠鏡や電波望遠鏡製作のパイオニア的存在です。いちおう天体望遠鏡を自分で設計製作していた天文少年の私にとっては、彼と同じ土地に生まれたことは大変な誇りでありました。母の実家と同じ苗字ですし。
 で、東京にいる時はもっぱら五島プラネタリウム通い。自転車で数時間かけて行ったこともありました。とにかく毎月通いました。そこで満天の星空に触れ、イメージトレーニングし、また多少の勉強もして、そして恒例の観測ツアーin焼津に備えたというわけです。
 そして、今日四半世紀ぶりにプラネタリウムを見ました!それも焼津で。自分の子供たちと。なんか感慨深いものがありましたね。もう今では、庭先から6等星が見えるようなところに住んでいますから、当時より都会化した焼津の生空には正直なんの感慨もありません。しかし、不思議なもので、こうして見上げるプラネタリウムの、あの独特のスケールダウンした箱庭的宇宙には、涙が出るほど胸をしめつけられちゃいました。
 少年ワタクシの無垢で前向きな心が、あの星空に映し出されたんですね。30年前の自分に久々に会ったような気がしました。ある意味箱庭的空間に収まっていたのだとも思います。そこから現実の果てしない世間に放り出された。ああ、夢や自由というものは、制約の中でのみ輝くのかもしれない。そんな切なさ。
 焼津のディスカバリーパークにも、そうしたたくさんの少年少女の夢が詰まっていました。ヴァーチャルからリアルに興味を持つというのも悪くありませんね。そして、夢や自由を失っていく。しかし、それもまた悪いことばかりではありません。決して大人や世間を悲観的に見ているんじゃありませんよ。
 ところで、プラネタリウムのウソくささの原因の一つ。星に瞬きがないことですね。もちろんそれをもヴァーチャルに作る出せる装置もありますが、今日の投影では基本的に一切揺らぎありませんでした。いわば宇宙空間から見た星空。なんて、実は大人になった私、あることに気づいてたんです。基本的にと書いたのには理由があるんですよ。
 今日投影されていた数千の星の中で、唯一瞬いているのがあったんです!うしかい座のアルクトゥールスです。こいつだけは妙にリアルに不規則に瞬いてました。おそらくマシン(ミノルタのジェミニスター)内の接触不良だと思います(笑)。こんなこと考えながら見てるようじゃ、やっぱりダメだな。夢が全くないよ〜。

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