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2006.05.23

パンダ再び受難…天災か人災か?

Vol87 富士山が噴火しました。で、噴石が飛んできて、それを踏んだウチのパンダちゃんがパンクしました。
 というのはもちろんウソでして、写真はインドネシアのムラピ山です。有名なコニーデですね。富士山もいずれこうなるのでしょう。対岸の火事ではない。
 パンダがパンクしたのは本当です。カミさんいわく、道に溶岩が突然転がってきて、それを踏んだと。なるほど…。しかし、なんで踏むかなあ。金網突撃の次は溶岩かあ。
 パンク修理剤で応急手当をほどこしましたが、なにしろ相手が溶岩でしたので、予想以上に裂傷がひどく、すぐに空しくペッシャンコ。これは修繕不可能と判断して、仕方なくピレリーのP6000をネットで緊急購入しました。
 これは天災でしょうか、人災でしょうか。なにしろここは富士山ですから、そりゃ溶岩も転がっています。というか、地盤自体が溶岩ですからね。まあ、天災ということにしておきましょう。私自身を納得させるためにも、これは噴石が飛んできたということにしましょう。金網は降ってこないけど、石は降ってわいて、突然そこにあるということもありうる。 
 降ってわくで思い出しましたけど、株価が下がったらしいですね。そしてその原因がトンデモな「彗星が降って津波がわく説」だというからビックリ。ノストラダムスとか聖書とか言ってる時点でトンデモの芳香が漂う。しかしそのトンデモに左右される経済の世界って…。ホントに人間は「集団気分」が好きですね。悲観的になって盛り上がる(盛り下がる?)。
 おそらく人間は一人じゃ生きられないからでしょう。そういう疑似的な危機的状況を作ることによって、互助意識を高めて安心する。人に助けられて、一方で人を助ける、ということを妄想の危機(実際は安全)の中でシミュレーションするんでしょう。みんな一緒。同じこと考えてる。自分は一人じゃない。
0321xx_1 おっと、こちちはヴァーチャルじゃなかった。ホントにパンクしてたんで、そんな美しい互助意識はわきません!車が1台使えないという現実的危機の中で、私たちは犬も食わぬケンカをしているのでした。
「なんで踏むんだ!」
「だって突然転がってきたんだもん!」
「よければいいじゃないか!」
「だって突然転がってきたんだもん!」

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