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2006.04.25

『文化的支配に抵抗する』 中西新太郎 (『日常世界を支配するもの』収載)

40194 本、というか文章というものを、まあ仕事柄よく読むわけですが、どうも頭に残ってないんですね。大量消費、大量廃棄って感じで。たぶん、必要な情報かどうか、頭の中で選別してるんだと思うんですけど、なんかいかにも現代人という感じで、自分としてはいやですね。単に記憶力がないとも言えますけど。
 毎朝、センターの過去問をやったりしてるんですけど、これもまた忘れてるんですよね。もう何回もやってるはずなのに。あれだけ集中して読んで解釈していても忘れる。これはどういうことでしょう。やっぱり、底が抜けてるんですかね。
 ただ面白いもので、再読してハッとすることがある。その文章は寸分違わないのに、そう、自分や時代が変わって突如として腑に落ちることがあるんですね。今日解いた98年のセンター評論もそうでした。妙に納得してしまった。
 横浜市立大の中西さんの、10年以上前の文章です。今まではふ〜ん程度だったんですけど、急にリアルに感じられた。
 大衆文化の特徴について語ってるんですね。それもテレビを中心に。だから、ちょっと前までの自分は、その受け手として読んでいた。それが、今、ネット時代になって、自分が発信側になった結果、「オマエモナ〜」と言われてしまった。だからギョッとしたんです。
 例えばこんなところ。
 『「俺のこと無視してもいいからね」と枕詞を用意しておいて語り出すのが現代の大衆文化に行き渡った話法なのである』
 『大衆文化の下劣さやずうずうしさがまかり通るのは、「お互いに無視しあう自由」というニヒリズムを武器として懐に隠しもっているから…』
 まさに、ネット世界ですね。中西先生は、こういうやり方、つまり『卑小な自分の言うことなぞ大したことでないのだから目くじら立てるな、と下手に出ながら対手をこきおろす』『道化の振り』が、『弱者が強者に抵抗するとき使用する「戦術」』だと言います。なるほど〜。
 まさに、オレじゃん!って思っちゃったんですよ。まさに「不二草紙」のいやらしい語り口そのものじゃん!ってね。で、そこに食いついちゃった強者の方もいたりして(右の人気記事参照)、そうか、オレって弱き大衆の代表なんだ、って気づいちゃったわけです(笑)。この(笑)が大衆の証。
 で、文章の後半では、「無視してもいいよ」と言っておきながら、述べることに影響力を持たせるには(つまり無視されないってこと?)どうすればいいか、その新しい話法としての「自己語り」を発見します。矢沢永吉、長渕剛、ビートたけし、久米宏…挙げられた人物の名を見れば、おわかりと思いますが、その話法とは、『「自己」になんらかの説得力をもたせることで迂回的にその言説の影響力を強める』という方法です。『あいつの言うことだから信じられる』というやつです。そこにいわゆる「語り口」「語りの巧みさ」の重要性が立ち現れる。
 なるほどねえ。その通りだ。で、生徒に「はったり・ちゃっかり・がっぽり(?)」先生と呼ばれ、「あいつの言うことだから信じられない」と言われる私は考えちゃうんですよね。やっぱり、語られるモノ、語られたコトよりも、「カタリ」という行為自体が影響力を持つ時代になったんだなあ、って。
 つまりメディアの時代なんですね。本体よりも媒体の時代。それは、いつも言うように、我々が「マコト(真事)」なんてないんだ!って気づいちゃった結果なのか、「カタル(語る・騙る)」行為自体が経済システムに呑み込まれちゃったのか、デジタル化が進んだせいなのか、まあそれら全部だと思いますけど、とにかく空虚な物語に翻弄される時代になっちゃったわけですね。あ〜あ。

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コメント

昨日はごちそうさまでした。
盛り上がりましたね。楽しい宴会でした。
気合い入れていただきました。
そう、本体でなく媒体の時代…。身体でなく脳の時代
ってことなんですね。やっぱり畑仕事とか漁とか猟とか
「思い通りにならないこと」を必修科目にした方が良い
んじゃないでしょうかね…なんてことを言うととっても
引かれるんでしょうね(笑)。
ともかく東北の真ん中辺りでど演歌、いや宴会しましょう。
長くなってすみません。また。

投稿: よこよこ | 2006.04.26 22:49

よこよこさん、どうもです。
今どの辺を旅しているのでしょうか。
なんか楽器積んで新天地へ北上するなんて、
ほんとフロンティアって感じで、いいなあ。
ちょっとジプシー入ってるかも。
その土地土地が持っている身体性が、
メディアである音楽のジャンルを決定するのでしょう。
だから、やっぱり東北は演歌です!
バロックの貴族性は似合いませぬ。
北海道はその点案外貴族なんですね。
それでは、よい旅を!気をつけて!

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2006.04.27 05:48

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