『さくらん』 安野モヨコ (イブニングKCDX)
マニアックな生徒が貸してくれました。非常に面白かった。思わず引き込まれ、なぜか共感までしてしまった。うるうる。
江戸時代、吉原の花魁「きよ葉」の一代記第一部であります。想像通り、不自由あり、いじめあり、脱走あり、折檻あり、手練手管あり、ウソあり、マコトありの世界です。
一見暗くじめじめした世界のようですが、単純にそうとも言えないのが、楼内の魅力であります。もちろん、単純に美化、文化化、学問化してはいけないことは知っています。しかし、そこに不思議な輝きのあることも事実。
その輝きとはなんなのでしょう。このコミックはその答えを教えてくれます。コミックならではの手法で。
そう、映画(たとえば「吉原炎上」)や案内書(たとえば「こちら」)とは違って、その本質にある虚構性、虚構であるからこそのあでやかさと切なさを、マンガという強い記号性を持った媒体が見事に表現しているのです。
そして、その虚構に命を懸ける…いや、生活をかける遊女たちの強靱な矜持。それがまた記号を通じて輝きを増してまぶしい。
コミック(マンガ)というメディア、やはり浮世絵の系譜上にあるんだな、と思いましたね。浮世絵も、花魁、力士、歌舞伎役者など、虚構性、演劇性の強い世界を描いているわけです。フィクションが究極のリアリズムになるという皮肉。芸術や宗教の本来の意味とはそこにあるのでした。
つまり、虚構だからこそ、記号だからこそ、自分との関係の中でそれをとらえることができるわけです。自然科学のように、自己を滅したところにあるマコトもあるのでしょうが、実は人間にとっては、それは自然ではなく不自然なのです。それはみんなが知っていることでしょう。主体があればこそ、モノクロのマンガの世界も百花繚乱に輝きます。
さて、「さくらん」の内容については、もう読んでいただくしかない、そしてその世界に自分をリンクさせ、遊ばせて何かを感じていただくしかない。私はこれを読んでいる間、自分が女になったり、男になったり、子どもになったり、しまいにはかんざしになったり、きせるになったり、妙な感覚に襲われました。それが実に気持ちいい。
そんな中で意外だったのは、男の私が完全に女の気持ちになった瞬間が、何度もあったことです。本気にさせるつもりが本気になっている、そうした女の性の切なさ。しかし、それが男のように浅く長く持続するのではなく、深くほとんど一瞬に爆発する、だから結局それが花と散れば、自ら再びビジネスの世界に舞い戻り、「てめえで帰って来ましたのさ」とタンカを切ってしまう、そんな女ならではの強さ。
つくづく男は勇気がない、常に安全策をとる小心者だと思いましたよ(笑)。ま、だからこそ現代のビジネスには向いているのでしょうけど。女は単純だなんて言えないな。ある意味、「安全」というレールの上でしか生きられない男の方が、ずっと単純かもね。
ぜひ第二部も読んでみたいですね。究極的にはまだわかりません。彼女たちは女として幸せなのか不幸せなのか。いい女なのか悪い女なのか。美しいのか醜いのか。もう少し勉強してみたいところです。できれば江戸時代に行って登楼したい(笑)。そういうツアーでもないかな。
Amazon さくらん
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