WBC準決勝 『日本vs韓国』
いやあ、久々に燃えましたね。これは萌えではなく、燃えです。
こうした緊張感は「燃え」なんですよね。「萌え」じゃない。「運命」や「命運」がかかってるから。「萌え=をかし」の対象には、そういう「本気」はありません。貴族ですから。
まあ、試合内容やら感想やらは、ほとんど全ての日本人と同じですから、ここには詳しく書かないことにしましょう。とにかくいい試合に燃えました。
テレビで観戦していて、ちょっと面白いことに気づいたんで、それを書きます。
7回、代打宮本がタイムリーを打った時のことです。TBSのアナウンサーが絶叫しましたね。「神様、仏様、宮本様」って。かなり笑いました(「韓国のピッチャーはペ・ヨンジュン」っていうのにも笑いましたけど)。
もちろん、「神様、仏様、稲尾様」のパロディーというか、パクリというか、二番煎じでありましょう。まあ、それはいいとして、こうして人間が瞬時に神や仏と同列に並び立てられるというのが、日本文化の面白いところです。現人神か。
現人神と言えば、メキシコが吹かせた「神風」も興味深かったですねえ。ちょうどあの日、皇太子様がメキシコの地に降臨なさった。「Edo & Water」を語るために。そしたら、あんなことになった。運命的なものを感じますなあ(以上、シャレですよ。真面目に書いてませんから、あしからず)。
ところで、その「神様、仏様、宮本様」にこめられた気持ちってどんなんでしょう。感謝でしょうか。それとも尊敬でしょうか。いや、瞬間的崇拝かな。とにかく、かなりプラスな感情ですよね。
一方、こちらはどうでしょう。よくMBLの中継を観ているとですねえ、むこうのアナウンサーが、「Jesus!」とか「Oh my God!」とか言うんですよ。案外多い。それって、よくないシーンなんですよね。「ちっ!」とか「なんてこった!」とか「冗談じゃねえよ!」とか「信じられない…」とか。
日本人も困った時に「神様、仏様、ご先祖様」みたいに言うときがあります。しかし、それはだいたいコトが起きる前、あるいは結果が出る前のことですよね。それも、公衆の面前では言わない。心の中で唱えるのが普通です。大失敗してしまった直後に、そのことに関して「神様…」とは言わない。失敗に関しては神仏からの罰と考えることの方が多いですよね。あくまで自分が悪いんです。
佳きこと、悪しきこと、いずれも神様がかかわりますけれど、基本的には、佳きことは神様のおかげ、悪しきことは自分のせいです。
なんとなく、日本人の宗教観、神仏観って、御利益主義、御都合主義って感じで、絶対的な依存心が強いのかなと思っていましたが、案外そうでもないのかもしれませんね。失敗に関しては自分のせいにするのが普通ですから。むこうの「Jesus!」なんかには、「神様このあとなんとかしてちょうだい」というよりも、「おいおい、しっかり守ってくれよ!」とか「いつも祈ってるんだから頼むよ〜」みたいなニュアンスが感じられます。ある意味そちらの方が、依存してるのかもしれません。いわゆる契約関係、give&takeなんでしょうか。
いざという時の神頼み的な部分と、神も仏も人間もなんでも祭り上げてしまう部分と、それらには絶対的屈服の姿勢を保つ部分、これらが日本的宗教観の特徴のようですね。いや、宗教でもないか、それは。
あさって、勝利の女神ニケ(NIKE…ナイキとは読みたくないですな)は、そんな日本人に微笑みかけてくれるでしょうか。楽しみですね。案外、サンテリアのオリシャスまでも味方につけちゃったりして(笑)。
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