『孫が読む漱石』 夏目房之介 (実業之日本社)
今日もまた昨日の続きですかね。西洋文明と格闘した知識人。
なんで、こんなにいろいろと考える時間があるかといいますと、実は今合宿中なんです。1日中生徒たちは黙々と勉強していますので、私もたっぷり時間が取れます。したがって、黙々と観たり読んだり考えたりできるというわけです。
で、今日はこちらの本を読んでみました(他にも3冊ほど読んだ)。たいへん面白かった。面白い上に勉強になりました。これはおいしいことです。私はいつも思うんですよね。本って、そうあるべきだって。読んで楽しく、勉強になる。そうじゃないと、私は読まない。楽しいだけでもダメだし、勉強になるだけでもダメ。わがままでぜいたくな読者です。
この本は、そういう意味で屈指の名著でしたね。なんというんでしょうか、とにかく、心がこもっている。リキが入っている。だけれども、押しつけがましくなく、優しい。
心がこもりリキが入る理由は容易に想像できます。だって、おじいちゃんのことを書かなきゃならないんだもん。で、そのおじいちゃんが、あの文豪なんですから。
また、押しつけがましくなく、優しい理由もわかりました。やっぱり、おじいちゃんだから。
これが結局希有な名著を生む原因になってるんですね。単に文豪に対する批評だったら、それはリキんだあげくに玉砕っていうパターンになるでしょう。あるいは、房之介さんも言及されているように、漱石の多様性に呑み込まれて、結局手のひらの上でクルクル廻ってコテっていうコマみたいに終わっちゃう。
というわけで、血のつながっている人、それも世界レベルでの有名人について書く、その決意と実行だけでも、私にしてはもう尊敬に値するわけですが、それを、適度に縁者的に、また適度に第三者的にこなした、ということは、ほとんど驚嘆すべきことです。
そこのところがこの本のリアリティーなんですよね。普段の房之介さんの漫画批評とは一味違う。いつもながらの鋭い考察の中に、ふと、おじいちゃんへの、そして自分への愛情が顔を出す。そこに私などは安心するんです。文豪が房之介さんを通して、ものすごく身近に感じられた。こういう経験は本当に初めてのことでした。文豪という記号が崩壊する、いや、そうじゃないな、記号の意匠が変わった感じですね。あのクソ真面目な、近代自我的な、千円札的な漱石像が、一瞬にして漫画調になる感じ。
そんなふうに思ったとき、ふとこんな考えも浮かびました。漱石が晩年封印したユーモアと俳味なリズム感は、孫のために取っておいたんではないかって。そうだとしたら、実にうらやましい遺産ですね。
内容の詳細についても、感心しきりであったわけですが、今日はそんなことよりも、もっと根源的な快感を味わうことができて、なぜか爽快であります。
Amazon 孫が読む漱石
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コメント
ありがとうございます。
とても嬉しい感想です。本書いてよかったな、と思わせていただきました。
投稿: 夏目房之介 | 2006.03.26 01:21
房之介さま、コメントありがとうございました。
素晴らしいご本に感動させていただいた上に、
ご本人様から、このようなコメントをいただけるとは…。
ありがたや、ありがたや、です。
これからもご活躍楽しみにしております。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2006.03.26 11:10