源氏物語「須磨」より…「ひなまつり」にちなんで
雛祭りと言えば、なんとも平和なイメージがありますよね。ウチにも二人ほど娘がおりますので、それなりにお祝いします。まあ、それはそれとして…。
雛祭りは元々は「上巳」、人形(ひとがた)に厄を乗せて流しちゃえ、という行事です。源氏物語の「須磨」にちょっとこわいシーンがあります。物語的にも非常に重要なシーンなんですが、私の「モノ・コト論」にとっても興味深い部分であります。なんともおどろおどろしいんですけど、新解釈を紹介します。
弥生の朔日に出で来たる巳の日、
「今日なむ、かく思すことある人は、御禊したまふべき」
と、なまさかしき人の聞こゆれば、海づらもゆかしうて出でたまふ。いとおろそかに、軟障ばかりを引きめぐらして、この国に通ひける陰陽師召して、祓へせさせたまふ。舟にことことしき人形乗せて流すを見たまふに、よそへられて、
「知らざりし大海の原に流れ来て
ひとかたにやはものは悲しき」
とて、ゐたまへる御さま、さる晴れに出でて、言ふよしなく見えたまふ。
海の面うらうらと凪ぎわたりて、行方も知らぬに、来し方行く先思し続けられて、
「八百よろづ神もあはれと思ふらむ
犯せる罪のそれとなければ」
とのたまふに、にはかに風吹き出でて、空もかき暮れぬ。御祓へもし果てず、立ち騒ぎたり。
いきなり古文を載せられても、一般の方にはなんのことやらって感じですよね。すみません。こういうのを多少仕事にしている私でも、かなりよく読まないとわかりません。簡単に言うとこういうシーンです。
いろいろと密通やら裏切りやらを重ねた光源氏さんは、自らの禊のため都を離れて須磨という所に行きます。そこで、「上巳」の日に海に行って、自らの罪を「ひとかた」に乗せて流すんですね。で、歌を詠むんです。「ああ、悲しいなあ。だけど、悪いことなんてしてないから、神様は憐れんでくれるだろう」と(反省してないやんか)。そしたら、神様が怒って、突然嵐になっちゃうんです。
この和歌や嵐については、いろいろと深い解釈も可能なんですが、まあとりあえずこんな感じに軽く読んでおきましょう。
さて、今日もまた、いつものやつを見ていきましょうよ。おつきあいください。
まず、最初に「海づらもゆかしうて出でたまふ」ってありますね。この前書いた「ゆかし」です。そう「萌え=をかし」と対にしたやつです。自分にとって未知(外部)の「モノ」を既知(内部)の「コト」にするために自ら足を運ぼうとする。だから「海の様子も知りたくて(見たくて)おでかけになる」と訳せるでしょう。まだ実際には行ってないから、「をかし」ではない。「をかし」の予感だけです。今風に言えば、「萌え」の予感ですね。現代ではデジタル技術やらなんやらのおかげで、実際に行かなくても「コト化」できる。インスタントな「萌え=をかし」が可能なんですね。まあこれもコンビニですな。
次、「人形(ひとかた)」のことを「ことことしき」と言っています。ふつう「仰々しい」とか訳される部分です。私の解釈は違います。「コト」は人為的、随意的なものを示す言葉ですので、あくまで「モノ」との対比としての「ことことしき」です。つまり、光源氏自らの「無常観」「不随意感」を乗せて流すには、あまりに儀礼的、作り物的で頼りない「ひとかた」なのです。だから「ひとかたにやはものは悲しき」と歌います。
ほら「もの」が出てきたでしょ?今までこういった解釈というか視点で読んだ人はいないのでしょうか。で、「ひとかた」に「人形」と「一方」をかけて洒落たりして余裕があるんですけど、気持ちは切迫してる。「やは」という反語的な風味の言葉をはさんで、「もの=自分の思い通りにならないこと」は悲しいと言ってるんですよ。「ことことしき人形」だからこそ「もの悲しい」というコントラストが効いてる歌でしょう?紫式部さん。
そして次の歌に「あはれ」が出てきます。「もののあはれ」です。「もののあはれ」を神様も解ってくれるよね、だってボクちゃん悪いことしてないもん!って、光源氏はちょっと甘えちゃったんですよ。最初の歌を詠んでみたら、海はものすごく静かだったんで。そしたら、八百万の神々は怒っちゃった。ゴルァ〜!!調子に乗るなっ!!ってね。
どうです?前後関係を知らなくても、なかなかドラマチックな展開でしょ。これはやはり「モノ」と「コト」をしっかり対比させたから見えてきたストーリーなんですよ。はっきり言って、こういう読みをしている人は他に誰もいないと思います。正しいか正しくないかは分かりませんけど、こういう風に読んでいった方が生き生きとしてくるんです、物語が。
ひなまつりになんとも物騒(モノが騒ぐ)なお話になってしまいましたが、本来のひな人形の意味を思い出すためにもいいエピソードではありませんか。では、ウチに帰ってフツーのひなまつりを祝います。
娘たちが作った「ひとかた」いや、ひなずしです。
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