『やきそばパンの逆襲』 橘川幸夫 (河出書房新社)
「ロッキング・オン」と「ポンプ」、私の青春そのものとも言える雑誌たちです。その伝説の二つの雑誌を創刊されたのが、橘川幸夫さんです。
もちろんロッキング・オンはいまだ現役。1972年、若き渋谷陽一さんと橘川さんによって日本で初めてのロック専門誌として創刊されて以来30余年。一つの文化・歴史を作ったという意味では、「伝説の」という枕詞を冠されてしかるべきですね。
「ポンプ」については、昨年末にちょこっと書きました。こちらの記事です。あの時代にあの形態(完全投稿形式)で雑誌を作ろうだなんて、いったい誰が思いつくでしょう。今となっては、インターネットの掲示板やソーシャル・ネットワークが、当たり前のことのようにそれを実現しています。そして、確固たる文化として成熟しようとしています。つまり、そういう場を30年も前に提供してしまった人がいたわけです。それが橘川さんだった。
というわけで、その後のメディア世界での活動も含めまして、橘川さんは私の中のカリスマの一人であったわけです。なんていうのかな、最先端メディアの使い手でありながら、どこか温かい旧来の人間関係に根ざしている、というか。なんとなくそんな勝手な想像をしていたんですよ。
そしたらですねえ。たいへんビックリすることが起きました!1月にですねえ、その橘川さんからメールをいただいたんですよ〜突然。「なぬ〜っ!!??」って感じでした。ニセモノじゃないか?って思いましたけど、私の脳内カリスマを騙って私にメールをよこして得する人なんていませんからね。やっぱりホンモノでした(失礼)。それも、いきなり「本出しませんか」「宴会やるので参加しませんか」ですからねえ。もうデメ研のロゴよろしく目ん玉飛び出しちゃいましたよ。
ネットってそういう世界なんですね。新しい縁の創造、それもそれまでのシステムからすれば、絶対に出会うことのない人たちとのご縁、そういう場をいとも簡単に提供してしまう。それは考えようによっては画期的なことですが、そのエポックが成熟すれば、スタンダードになるわけでして、実際すでに私の中ではそうなりつつあります。そうして歴史は紡がれていくんですね。
さて、さて、そんなふうにいきなり身近になってしまったカリスマ橘川幸夫さんの小説『やきそばパンの逆襲』です。これは本当に「やられた〜」って思いました。お世辞抜きで面白かった。「また、やられた〜」です。
私はこの前「小説が読めない」と書きました。でも、この「小説のようなもの」は読めた。なぜなら、いわゆる小説ではない新しい「物語」だったからです。
「電車男」に「今週妻が…」に「やきそばパン」。そして「源氏物語」に「枕草子」に「古今和歌集」。現代的なものを読むのと、古典を読むのは好きなのに、どうもその中間に位置する、あの独特の空気を持った特殊なジャンルが苦手らしい。いえ、あくまで私がおかしいので、笑ってやって下さい。いわゆる小説のせいではありません。
で、「やきそばパン」の何が新しいって、そりゃあもうその存在自体が新しいですよぉ。腰巻きのおなか側には「実名マーケティング小説」「メタビジネスノベル」とあります。また、せなか側には「文芸書とビジネス書の『間』」とあります。たしかにそうかもしれません。しかし、私には、これは「○○」と言うべき存在であると感じられました。
つまり、「実名…」とか「メタ…」とか「○○と○○の間」とか、既存の概念の組み合わせ的存在ではなくて、これ自体、いずれ「○○」と呼ばれるべきものであると思うのです。「ポンプ」が「おしゃべりマガジン」とか「完全投稿雑誌」とか既知のスキーマの組み合わせで表現されつつ、しかし実際にはそれらでは表現され尽くされず、そして数十年後に2ちゃんやmixiとして復活し成熟しているように。
そうした先見性というか、理に根ざした発想の自由さというか、そういうものが橘川さんの「ことわざ(事業)」を支えている。だから、この新しいノベルも、全く違った媒体に乗って語られる時が来るような気がします。
何度も言っているように、私は、「本」という形式に乗った「小説」は、特異な時代の特異なメディアであったと思っています。文豪の時代には、まさに時代の要請に見合った優れた媒体であった。それは認めますが、そこにいらぬ権威を与えて、そこにいつまでも依存して(甘えて)いることに、正直違和感を感じます。古典を古典として扱うのは大切なことですし、意味のあることです。しかし、いつまでも「本」や「小説」という「文化的な気分」に乗っかっているのはどんなものでしょう。
その点、「やきそばパンの逆襲」は、一見旧来の型を踏襲しながら、実に先を行っている。ある意味逆説的な皮肉に満ちているとも言えるでしょう。だって、古典的でありながら、「今」を恐ろしいほどに活写しているんですから。「やられた〜」です。
内容的には、正直メチャクチャ勉強になりました。田舎教師なんてものをやってると、こういう最先端(と言っても2年以上前の発行なんだよな)のことにホント疎くなっちゃうもんで。そう、2年前にこの本で予言されたものが、今かなりの確率で現実のことになっているわけでして、そういう意味でも今私が読んだのは幸運だったかもしれません。予言ではなくて預言だな。先見性ですよ、まさに。
「やきそばパンの逆襲」…私も大賛成です。世界中が日本になればいいと真剣に思ってる私ですから(笑)。
私はかねがね「これからはコトよりモノの時代だ」って叫んでたんです。いや、私流の「モノ・コト」ですよ。つまり、人間の認知した「コト」ばかりがいいんじゃない、自己の外部である「モノ」を大切にしよう、ってことです。もう科学とか宗教とか、説明し尽くすのはやめた方がいいんじゃないか、って。「もののけ」の存在も尊重しようよ、って。
橘川さんは、この本の最後で登場人物に「モノの単純生産は、中国にお任せしよう。これからの日本は、コトの生産を、すなわち文化を胚胎し普及することが大きなテーマになると思います」と言わせています。一見、私と反対のような気がしますけれど、実は同じなんですよ。私の言う「モノ」は「物体」でも「商品」でもありません。自分の外部です。ですから、ワタクシ的には、「商品」「製品」は人間の意思による「コト」の象徴的存在になります。それは私も他の国にまかせていいと思います。それより日本が得意なのは「コトの生産および消費」の仕方なんです。つまり「語り方」、すなわち「カタリのテクニック」「カタリのプロセス」が得意、いや世界的に特異なのです。
人間は「コト化」しないではいられない存在です。紀貫之の言う「ことわざしげきもの」ですね。「コト」を為すのが「しごと(仕事)」です。仕事しなければいられないんです。しかし、その仕事の仕方は、民族によって、個人によっていろいろと個性がある。私は日本の、日本人の「ことわざ」「しごと」「かたり」が好きなんです。「モノ」を尊重しつつ、「モノ」に敬意を払いつつ、「モノ」の性質も残しながら「コト化」する、そういう姿勢が好きなんです。自分の思い通りにならない部分にも、「あはれ」や「いき」や「わび」や「さび」を感じる。そんな言わば、デジタルでない、原理主義的でない生き方(仕事ぶり)に誇りすら感じています。
ですから、橘川さんの語る「コトの生産、すなわち文化を胚胎し普及すること」こそ日本の役割である、というのには大賛成なわけです。「やきそばパンの逆襲」を私は全面的に支援します。
長文になってしまいましたねえ。それほど私をインスパイアしてくれる本だったということです。ポンプを読んで頭を活性化させていた(ちょっと暴走していた)頃を思い出してしまいました。
Amazon やきそばパンの逆襲
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