『センター試験作問エッセイ』 佐藤恒雄(千葉大学名誉教授・元センター試験作問委員)
なんか久々に良質のドキュメンタリーを観たような感覚です。裏世界を垣間見。かなり渋い話題ですけれど、ホントに面白かったんで。
私は国語の教員ですが、読んだのは数学のお話。センター試験の数学の問題がどのように作られるのか、に関する一連のエッセイです。お書きになったのは、3年間作問委員をされたという佐藤恒雄先生です。3年間委員を務めるということは異例のことだそうで、いかに佐藤先生が優秀な作問者であったかがうかがえます。佐藤先生は「佐藤の…」という冠参考書を多数書いておられる、大学入試数学の神様的存在でもあるようです。
さて、今年もセンター試験が行なわれましたが、あの問題たち、誰がどうやって作っているのでしょう。これは受験生や教員ならずとも気になるところではないでしょうか。間違いがあったとか、悪問があったとか、問題が洩れていたのではないかとか、いろいろと取り沙汰されることも多く、いろいろな意味で大変責任が重く緊張を強いられるお仕事であると思います。私も毎年入試問題やら何やらを作りますが、試験が無事終了するまでの、あの独特の緊張は、正直いやなものです。それどころか、作問会議の段階でもけっこう緊張する…自分の問題を他の先生に解いてもらっているだけでも。それがセンター試験レベルとなると…。
そんな現場の何とも言えない緊張感やら、ほんのちょっとの和む瞬間やら、はたまた微妙な力関係に象徴される業界(学会)の構図やらが、静かな中にも実にダイナミックに活写されたエッセイ、それが佐藤先生一連のシリーズです。
同僚の数学の先生が「2003年センター試験問題(数学)作問委員の非凡な努力の日々−その1」「同−その2」という文章のコピーをくれたことが始まりでした。「大学への数学」という雑誌に載っていたものです。私は食い入るように読みました。ものすごいドキドキ感です。
だいたいこんなにリアルに書いてしまっていいものなのでしょうか。まずはこの文章の存在自体に後ろめたいものを感じてしまいます…なぜか私が…。でも佐藤先生は委員任期中にこれらを発表しているわけですから問題ないということですね。
数学的な内容については私はほとんど分かりません。ですので国語科的に申しますが、何しろ佐藤先生の文章がうまい。いわゆる上手な文というのとは違うのかもしれませんけれど、とにかく無駄がなく洗練されています。ほとんどが実際に交わされた会話です。ものすごい臨場感です。だいいち先生はこれらの詳細な会話を全て記憶しているということですか。まあ、全体として問題ができ上がっていくという文脈があるわけですから、記憶の再構成はしやすいかもしれませんけれど、誰がどのタイミングでどう言ったかを、ここまで正確に再現されると、もうこちらはその優秀な脳ミソにひれ伏すしかありません。その再現力が自ずと文体になっている…。
ここにはその文章を載せることはできませんが、ネット上に違う年度の同様のものが公開されていますので、下記リンクからぜひお読み下さい。なんか興奮しますよ。
他の教科についてはどうなんでしょう。同様の作成過程を踏むのでしょうか。やっぱり国語に興味がありますね。どうするとああいう悪問が作れるのか。ぜひドキュメンタリーを読んでみたいところです。国語の俊英たちがどういう意見を交わしているのか、とっても興味があります。数学の俊英たちでも、それぞれの得意分野苦手分野があったりして、意外に解答にてこずったりしています。国語なんか絶対みんな満点取れませんよね。
ところで、今回この興味深いエッセイを読んで初めて分かったことがありました。それは私がなぜ数学ができなかった、ということです。漠然と何かが欠如しているなとは思っていたんですが、今回初めてそれが一つの言葉として解せました。それは『翻訳力』です。中学までは計算力でなんとかなりましたが、高校に入った途端私の数学はなんとかならなくなりました。その原因が「翻訳力」の低さだったのです。
センター数学の作問において重視されているのがこの「翻訳力」でありました。なるほど、私にはその力がなかった。残念ながらこれは、運動神経とか文章神経とか音楽神経とかといっしょで生来のものだ…と思います。
佐藤先生は問題を解く時に働く力として、「読解・分析力」「目標設定力」「翻訳力」「遂行力」を挙げています。数学に関しますと、私はやはり「翻訳力」に劣っていたと感じます。しかし、この四つの力、数学に限らず全ての「問題」の解決に必要な力とも言えましょう。学問のみならず、生活のあらゆる場面でも、これらの力が試されていますね。
数学では残念ながら問題解決ままならぬ私でありましたが、なんとか他の何かの分野でこの四つの力を発揮してみたいものです。
大学入試センター作問委員の理想と現実1
大学入試センター作問委員の理想と現実2
2002年センター試験問題(数学)はこうして作問された
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