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2006.02.25

『をかし』の語源…『萌え=をかし論』の本質に迫る!

Shonagon21 今日は国立の2次試験の日です。教え子たちは我が校の伝統「勉強は楽しく、受験はもっと楽しく」を貫き、ホントにノリノリで試験に臨んでいるようです。すごいやつらだ。あの乗りで結果出すからなあ。
 で、担任は何をやっているかというと、いちおう古文のお勉強です(笑)。
 昨日予告しました「萌え=をかし」論です。今日は本質的なことを書いちゃいましょう。
 「萌え=をかし」は、私のオリジナル説ではありません(たぶん)。私のほかにも、そして、私より先に同様の実感を持たれていた方もいらっしゃるでしょう。しかし、本気度で言いますと、私はかなり高い方だと思います。自分の実感というか予感をなんとなく学問のステージまで持っていきたいのです(気持ちはね)。もちろん「物語論」の一部として、また日本文化史、日本精神史の一部として。
 さてさて、「萌え」と等号で結ばれている「をかし」ですけれど、「をかし」の語源にはいくつかの説があります。こちらで「痴(をこ)」説を採らないと書いていますが、では私はどの説を支持するかと言いますと、これです。

 「をく(招く)」が形容詞化したもの

 で、ちょっと専門的な話になってしまうのですが、日本語には「動詞が形容詞化したもの」がけっこうたくさんあります。古語で申しますと、たとえば次のようなものたちです。思いつくまま列挙します。

 あさむ→あさまし
 いとふ→いとはし
 なげく→なげかし
 なやむ→なやまし
 すさぶ(む)→すさまじ
 さわぐ→さわがし

 こんな感じです。おわかりになりますよね。で、こんな連中の中で私が注目したのは「ゆかし」です。
 「ゆく→ゆかし」 
 ですね。この「ゆかし」の原義は「行きたい」です。何かの目的があってどこかに行きたいんですね。当時はネットもありませんし、テレビもありませんし、本屋さんもありませんから、「見たい」「聞きたい」「読みたい」「知りたい」と思ったら、基本的に自分で行ってみるしかなかったわけです。ですから、「ゆかし」は現代語訳ではいろいろの「〜たい」になります。
 私は、「をかし」を、この「ゆかし」とペアとなる感情の形容詞として注目したのです(この二つをペアリングするのはたぶん世界初?)。
 「をく」は「まねく」という意味です。自分で足を運んで、未知の「モノ」を確認して「コト化したい」と思う感情が「ゆかし」なのに対して、眼前にあってすでに認知した「コト」でありながら、その「コト度」を高める、例えば「所有する」ために、こちらに「招きたい」と思う感情が「をかし」であると考えたわけです。
 枕草子の有名な冒頭部分で考えましょうか。「春はあけぼの」の後に「をかし」が省略されているという定説に従えば、春は「夜明けの時間帯」を「招き寄せて所有したい」ということなのです。現代人なら、写真に撮ったり、ビデオに撮ったりするでしょう。平安人ならやっぱり「和歌」でしょうか。そういう願望が、この前書いた紀貫之の言う「ことわざ(事業)」だと思うのです。
fl1 どうでしょう。「をかし」のニュアンスをおわかりいただけたでしょうか。「こちらに招き寄せて所有したい」です。そうすると、現代における「萌え」との共通性が見えてきませんか?「所有する」ということは「自分の思いのままになる」ということでもあります。「自分のもの(ワタシ的には「コト」ですが)にしてしまって、自分の思いのままにしたい」感情ということでは、「萌え」=「をかし」とならないでしょうか。
 昨日も書きましたように、私は残念ながらいわゆる商業的な「萌え」には萌えませんが、たとえば、このブログで毎日おススメしているような「モノ・コト・ヒト」は、常に自分の近くにおいておきたい。所有するというとおこがましい場合もありますが、とにかく自分の頭の中から消えてほしくない「モノ・コト・ヒト」なのです。つまり私の「モノ・コト論」的に言うと、「コト化」したい、そして「コト」であり続けてほしい存在というわけです。
 何度も繰り返しますが、時間的な変化をするのが「モノ」の本質です。それをなんとか固定しようとする行為が「コト化(例えば…カタル…そのほかにもあります)」です。その瞬間(たとえば「あけぼの」)を切り取って、自分の中で永遠化したい。それを現代のデジタル技術などでかなりの程度実現してしまったのが「オタク」たちだと思うのです…。
 ところで、枕草子の第一段で、省略ではなく実際に「をかし」が出てくるのは、ここですね。『(蛍が)ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし』…先ほどの「あけぼの」もそうですが、ここでも清少納言は「マイナー」を選びます。「春」は「宵」がメジャーです。「蛍」は「たくさん飛んでるの」がメジャーです。こうしたマイナー指向に、清少納言の現代的オタク性があるんですね。面白いことです。枕草子は全編にわたってこんな調子なんですよ。貴族には受けたでしょうね。古今東西を問わず、「貴族性」が「をかし・萌え・オタク」の条件ですから(ちなみに「武士道」が「もののあはれ」の条件です)。
 
 …というわけで盛り上がってきまたが、今日はこのへんで。すみません、生徒たちの報告が入り始めましたので。またいつか。

 ps「萌え=をかし」の対照概念である「もののあはれ」についてはこちらの記事をお読み下さい。

「萌え=をかし」論が國文學に載りました
 
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コメント

岡田氏のブログから飛んできました。

感動しました。私達の身近な「萌え」という概念についてですが、これほど納得のいく説明は初めてです。

ただ、時間を微分して、感動や恍惚を永続させたいという感覚自体は、ファウストの「時よとまれ、お前は美しい」のように、日本固有というより人類に普遍的な価値観のような気がします。

彼は萌え死んだんですかね。Oh stay!

投稿: tomcat | 2006.03.03 04:03

tomcatさん、コメントありがとうございました。
感動しただなんて…。そんな大げさなものではありませんよ(汗)。
自分の実感と経験からの推論ですので。
なるほど、ファウストにもあるように、たしかに人類究極の本能でしょうね。
世の芸術・文化・科学などと呼ばれるものたち、みんなその本能の塊なんです。
そんな本能と闘って唯一勝ったのがブッダだと思っています。
私も萌え死なないように仏教の勉強しようっと。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2006.03.03 07:58

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受信: 2006.03.30 20:05

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