「お金」と「言葉」〜コト化の魔力
メディアっていう言葉がありますよね。メディアってミディアムの複数形なんです。ミディアムレアのミディアム。中間ってことです。もともとは何かと何かの中間を表す言葉でした。まあ、今でもそうか。媒体。
昔はミディアムって霊媒のことだったとか。イタコですね。今風に言えば江原啓之さんですかね。実は私もちょっとそういう才能があるんですが、最近はあまり公言していません(って思いっきりパブリッシュしてますな)。
で、イタコさんって、見えないものを見えるようにするわけで、これは「モノ」を「コト」にする行為です。その際の道具(手段)が「言葉(コトノハ)」です。つまり言葉はメディアの内の一つです。
では、「お金」はどうでしょう。お金と言葉はよく似ているという論がずいぶんとはやりました。確かに似ている部分もあります。「モノ」に価値を与えるわけですからね。記号論的論法ですか。ま、深く考えず、お金もメディアの一つとしておきましょう。
しかし、考えてみると、これらメディアは実に不安定なものです。あるルールのもとに、ローカルに流通しているものにすぎません。大多数がそのルールをなんとなく守っているから、そこに意味や価値が生じるわけです。そんなものに依存している我々人間というのも実に不安定な存在です。
「お金」というメディアの魔力に取り憑かれて、結果として暴走してしまった彼。メディアの一つであるマスコミに持ち上げられ、そして潰される。実に皮肉なことです。彼の言動及び周囲の言動、そして官憲及び報道の対処を見ると、あのオウム事件の時と非常に似ていることに気づきます。あの時のメディアは「宗教」でした。「宗教」にも「お金」にも、もちろん「言葉」や「パフォーマンス」が付随していますね。マルチメディアってことか。
こっちの彼はどうでしょう。夢で聞いた呪文(言葉)を唱えたら、若いキレイな女がたくさん集まってきた。うらやましい…いや、困ったことです。なんとも不思議な呪文ですね。しかし、そこに意味や価値を、それもものすごい意味や価値を見出した方々がいたということですから、多少ローカルであってもれっきとしたメディアであったわけでしょう。こちらも「呪文(言葉)」というメディアの魔力に取り憑かれて、結果として暴走してしまった。
怖いですね。メディアはあくまで間をつなぐ手段であったはずなのに、いつのまにか目的になっている。自分たちが生み出したメディアに、我々がコントロールされている。悪しき「言霊」です。あっ、そうそう、私は「ことだま」という言葉、「言葉が持つ不思議な力」とかいういいかげんな定義は認めていません。「固成(実現・内部化)のエネルギー」です。「コト」の意味を「言葉」に限定するのは、近世以降の発想ですよ。古くは「事霊」という表記もたくさんあります。
というわけで、現代のコト化社会を象徴するような事件が、テレビのニュースを賑わしています。そしてこのニュースもまたコト化の産物であり、それをこうして語っているコトもまた…ああもう人間のコト化の欲望には際限がないということですね。
この状況を憂えて瞑想したのがお釈迦様ということでしょうか…。私も今日はちょっと瞑想してみようっと。
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