『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』 西林克彦 (光文社新書)
なかなかいい本でした。当たり前のことが書かれているのですが、それこそ読者が「わかったつもり」にならないよう、「より深くわからせる」気づかいに感心させられました。
こんなふうに書きますと、ああいつものアマノジャク書評か、と思われそうですが、つまりそういうことです(笑)。あまりにまっとうな内容なので、つい。
そのまっとうな内容については、実際に読んでいただくとしましょう。必ずやなるほどと思われましょう。いや、もちろん筆者の書いたことについてですよ。私の感想ではなく。
簡単に言えば、一番困るのは「わからない」状態ではなく、「わかったつもり」の状態であり、そこから脱却するためにはどうすれば良いか、が書かれた本ということになりますか。たしかに「わかったつもり」が前進を妨げる可能性はありますね。
実は、これを読みながら、橋本治さんの「わからないという方法」を思い出したんです。ちょっと似てるけどだいぶ違うなって。あそこでは「わからない」→「わかる」→「わかった」でした。こちらでは「わからない」→「わかる(実はわかったつもり)」→「よりわかる」です。ま、その微妙な違いも面白いんですが、やっぱり両者の書き方の違いですね。橋本先生のは正直まどろっこしくて「わからない」。西林先生のは少なくとも「わかったつもり」にはなる。
で、ものすごく意地悪というか性悪な言い方をしますと、これはもう書き手の問題だと思うのです。まず第一にテキストの責任が大であると。読解力がつかない以前に、読解を促す文章か、妨げる文章か、そこが問題だということです。
いやいや、促すのが善で、妨げるのが悪だなんてことは言いませんよ。そうじゃなくて、すんなり「わかる」ことを提供するか、すんなり「わからない」ことを提供するか、ということです。すんなり「わかる」喜びもありますし、すんなり「わからない」喜びもあるのです。そのどちらを提供するかは書き手の意志次第です。そして、そのどちらを読もうと思うかは読み手の意志です。
論説文、エッセイ、小説、詩…本当にいろいろな「わかってほしい」レベルがありますよね。それぞれに適した読みというのがあると思うのです。そして、書き手の意志に乗るもよし、対抗するもよし。
一方、「よりわかる」ことによって得られた「わかった」状態も、次のステップのための「わかったつもり」に過ぎないとも言えます。そして、その「わかったつもり」は橋本流に言えば、まだ、あるいは、また「わからない」状態であるのです。そうして永遠にグルグル回りながら螺旋状に登っていくんですよ。だって自分が書いたものですら、後で読むと「わからない」ことが出てくるんですから。
ところで、最後の方にある、「試験問題を解いてみる」章は、教師として大変勉強になりましたねえ。センター試験の国語の問題などを、単なる正誤ではなく、本文との整合性という基準をもってして解き直していきます。教えつつモヤモヤしていたものが晴れました(全部ではありませんが)。
とにかく、この本はとてもわかりやすく書かれています。それは筆者の善意によるものです。その善意に乗るもよし、ひねくれて対抗するもよし。私は読んでいる最中は前者だったんですけど、なんか今は後者だなあ。これは読者の悪意か…。
PS この本には、今泉吉晴さんの文章「ムササビのすむ町」がサンプルとして出てきます。山梨県都留市の石船神社のお話です。この神社については来月おススメする予定です。ムササビ関係ではありませんけど。
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